4.依頼完了と父親の背中
熱中症は怖いですよね。なってませんけど。
なんとかレッドボアを討伐した後、巨大な死体をどう運ぶかに困った二人は、リンダ村の猟師であるダンが村へ男手を呼びに行き、その間にエルトがレッドボアの血抜きをすることに決まった。
どうやら村長のフスが何かあった時のためにと村の男達を畑近くに待機させてくれていたようで、思ったよりも早くダンは応援を連れて戻ってきた。
その中にはテオの父親であるトールも混じっておりエルト達が倒したレッドボアの巨体を見て驚愕していたがその様子をダンがテオに教えてやろうとニヤけていた。
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「うおぉおすっげぇ!これがレッドボアかよ!」
村に戻ってきた俺たちを最初に出迎えてくれたのは村の子供達だった。男達が担いでいる自分の何倍もの大きさのレッドボアを見て囲むようにワイワイと騒ぐ。
その騒ぎにつられて続々と村人達が自分らを悩ませていた大猪の姿をみて、ありがとうという感謝をエルトやダンに投げ掛けている。
こうしてレッドボアは村の中央に運ばれて行った。
もう息はないと分かっているが異様に存在感のある巨大なレッドボアを一目見ようと次第に村の人達の輪が形成されていく。
その中でも特に声が大きな少年がいた。
テオは興味津々といった感じで村の広場に置かれたレッドボアの形態を目が穴が開くほど凝視していた。
「これホントにエルトさんが倒したの!?冒険者ってやっぱりすっげぇ!」
興奮気味に喋るテオにエルトは苦笑する。
「一応ね。でもダンさんがいたから勝てたんだよ。」
「何を言うエルト殿。ほとんどエルト殿一人で勝ってしまったではないか。」
「いやいや、ダンさんの弓があったからですよ。」
大人たちのお世辞合戦には全く関心を示さないテオや他の子供達は赤茶毛の大猪に夢中のご様子だった。
エルトは子供達からレッドボアをどうやって狩ったのかや
冒険者はどうやったらなれるのかなど質問責めにあいながらもスゴい、格好いいとチヤホヤされるのが新鮮で笑顔で答えてあげている。
そうしてエルトとダンがチビッ子に囲まれていると一度家に帰って行った村長とトールが戻ってきた。
「エルト殿、お待たせしてすまぬな。依頼書にサインをするから渡してくれるかの?」
「いえ大丈夫ですよ。どうぞ、依頼書です。」
ガサゴソとバッグから依頼書を取り出し、ペンと木製の印鑑を持ってきたフスに渡す。受け取ったフスは依頼書にサインと印鑑を押した。
トールは話の邪魔にならないようにとエルトと代わって子供達の相手をしてくれている。
「そういえばダンさん、このレッドボアの内訳はどうしますか?」
「む、そう言えばエルト殿が七、俺が三だったな。正直そんなに貰うのも申し訳ないのだが……」
「約束は約束ですし、遠慮しないでいいですよ。欲しい部位とかあったりします?」
報酬を遠慮するダンにエルトがそう聞くと、ダンは村長らと相談し始めた。
そうそう見ることのない大きさだしなぁ、俺も使い道考えとかないと。
レッドボアの毛皮は防寒用のコート等に使えるし、この牙の大きさならば武器の素材に充分だろう。肉も食用として申し分ない量がある。
エルトがレッドボアの素材の用途に頭を動かしていると、相談を終えたダンが声をかけてきた。
「エルト殿が良ければだが、レッドボアの肉と毛皮の一部を貰いたい。収穫の時期が終わった後の冬支度に干し肉と上着を村で作りたいのでな。」
「別に全然いいですよ。むしろそれだけでいいんですか?」
「ああ、これ以上貰ってしまっては罰が当たってしまう。」
そう言ってダンは苦笑する。
エルトとしては肉や毛皮は自分の分さえ確保できれば良かったので何の問題もない。
こうして交渉はすんなりと終わってしまった。
すると話を聞いていたフスが何かに気付いたように口を開く。
「このレッドボアの解体は街に行かんとできないのではないじゃろうか。」
「あっ。」
フスの言葉にエルトはダンのことを横目で見る。
「確かに俺は解体の技術は習得してるが、流石にこの大きさは無理だぞ。それに素材の価値を下げてしまうかもしれないしな……。」
「ですよねぇ……。」
エルトから期待した目を向けられたダンは自分には無理だとはっきり告げる。
正直、エルト自身も解体は一通りできるのだが、今持っている解体用のナイフではレッドボアの巨体に対して小さいため全てを捌くのは骨が折れる。
でも一人で街まで運ぶのは……魔法で出来なくもないけども。運んでる間無防備すぎるのは危険だしな……。
悩むエルトにそれならばとフスが言う。
「そろそろ今年の作物の品質を街のギルドに査定して貰う時期じゃからの、 いつもより早いが村の馬車を使ってくれ。」
「良いんですか?俺は有難いですが……。」
「もちろんじゃ。今年はレッドボアのせいで例年より売りに出せる作物が減ってしまったのじゃが、エルト殿のお陰で冬を越せる分の肉も確保できたしの。」
お礼だと思ってくれ、と村長が馬車を貸してくれることになった。
エルトは村長からサインの書かれた依頼書を受け取り帰りの支度を始める。
その間にダンは馬車を用意してこようと小走りで去っていき、村長は村の男達にギルドに見せるための作物を見繕うように指示を出していた。
各々が忙しく動き始めた気配を感じてか、ずっとレッドボアに釘付けだったテオがエルトの所にやってくる。
「エルトさん……もう帰っちゃうの……?」
「あぁ、元々今日は日帰りの予定だったからね。それにそろそろ出ないと街の門が閉まっちゃうんだ。」
そう言うエルトの上の空には既にだいぶ傾いている太陽が見える。
門が閉まるのは8時だからそこまで焦る必要もないが、この大きさのレッドボアを運ぶのは時間がかかるかもしれないので余裕を持って出発したいとエルトは考えていた。
エルトが帰ってしまうと分かったテオは意を決したように声をあげ……
「おれをエルトさんの弟子にしてください!」
エルトはテオの急な頼みに目を見開いた。しかし理解の追い付かないエルトを置き去りにテオは喋る。
「おれもエルトさんみたいな冒険者になりたい!だからっ、おれに修行をつけてください!!」
「ちょ、ちょっと待って。一旦落ち着こう。」
小さな少年の必死の懇願にエルトは制止をかけた。
え~っと、これはどうしたらいんだろう……。
エルトは弟子など取ったこともないし、そもそも冒険者が弟子を取るのかすら知らない。
どう答えればいいのか悩んで狼狽えていると、テオの声が聞こえたのかテオの父親であるトールが駆け寄ってきた。
「どうしたんだテオ。そんなに騒いで。」
「と、父ちゃん……。おれ、エルトさんみたいに冒険者になりたいんだ……。」
だからエルトさんに頼んで弟子にしてもらおうとしていたと、テオが事情を伝えると……。
「あのなぁテオ、いきなりそんなこと言われてもエルトさんだって困るだろう。それに冒険者ってのは普通弟子なんて取らねぇ。」
トールは呆れたようにそう言った。
冒険者は弟子を取らないのか、と自分も初めて知った情報にエルトは表情を変えず、心の中でフムフムと頷く。
父親からエルトさんを困らせるなと言われ、力無く肩を落としたテオにエルトは声をかける。
「ごめんねテオ君。実は俺、王都に向かってる途中なんだ。だから近い内にまたこの辺りから出発するし、またここに戻ってくるにはかなり時間が空いちゃうんだよ。」
だから弟子にはしてあげられない、とエルトは優しく謝るが、「でもね」と言葉を付け足す。
「もしテオ君が大人になって冒険者をやってたら、また何処かで会うだろし、その時は一緒に依頼を受けよう。」
そう言ってテオの肩に手を置いた。
弟子入りを断られて落ち込んでいたテオは少しだけ元気を取り戻したように「分かった」と頷く。
するとエルトは、思い付いたようにバッグから解体用の小型ナイフを取り出してレッドボアの猛々しい牙の一本を切り取り、それをテオに差し出した。
目の前に差し出された大きな牙を見て困惑しているテオにエルトは笑顔で、
「テオ君が成人して本気で冒険者になろうと思っていたならばこの牙を売ったり素材にしたりして装備を揃えなよ。先輩冒険者として特別に無料であげちゃう。」
と言って、テオの手にレッドボアの牙を握らせた。
憧れの冒険者からのプレゼントに胸を昂らせたテオは今度こそ元気を取り戻したようでエルトに感謝を述べる。
「ありがとう!おれ頑張って、絶対にエルトさんみたいなスゴい冒険者になってみせる!」
「あははっ、俺は別にそこまでスゴくはないけどね。でも応援してるよ、テオ君なら立派な冒険者になれるって。」
こうして村での依頼を終え、テオ君の夢を後押ししたエルトは、あとはレッドボアを馬車に積むだけだと伝えに来てくれたダンに頷き子供達に別れを告げた。
村の男達にレッドボアを荷台に乗せるのを手伝ってもらい村を出る準備が完了したエルトを村長らが見送りにきた。
「街のギルドへはトールに行ってもらうことにした。エルト殿はそれで構わぬか?」
「えぇ、むしろご一緒するのがトールさんで助かりますよ。トールさんもありがとう御座います。」
「おう、もう少しの間だけどよろしくな。馬車の操縦は任せてくれよ。」
エルトは御者をしてくれるというトールにもう一度感謝を伝えて馬車の荷台に乗り込んだ。
ダンさんやフス村長、牙を抱えたままのテオや子供達と数人の村人達に見送られて馬車は走り出した。
「エルトさん!ありがとぉぉーーーぉお!!」
段々と小さくなっていく皆の影の中で牙を大事に両手で持ち上げて精一杯叫ぶテオの声が聞こえてくる。
エルトは笑顔で荷台から皆の姿が見えなくなるまで手を振り続けた。
そしてようやく村の人達が見えなくなった頃、エルトは前の方で馬を御するトールに申し訳なさそうに声をかける。
「すいません。勝手に息子さんが冒険者を目指すような事を言ってしまって……。」
エルトがそう謝るのにも訳があった。
エルトも村育ちだから分かるのだが、農家の子供というのは普通、親の畑を継ぐ大事な存在である。そうでなくても大変な農作業の働き手の数を減らしてしまうのは村からすればあまり良くないことだ。
自分の父親も自分には冒険者ではなく村に残って畑の手伝いをして欲しかったはずだと過去を振り返り、その分トールに申し訳なく感じていたのだった。
「なぁにエルトさんが気にすることはねぇさ。テオはもっと小さな頃から冒険者に憧れてんだ。」
「でも……」
「それにな、俺の嫁のお腹には二人目がいるんだ。もしその子が男の子ならばそっちに畑を継いでもらえたらいい。」
「それは何て言うか……、おめでとう御座います。」
テオはお兄ちゃんになるのか……とエルトはトールの子供が無事に生まれる事を願う。
「まぁ確かに、息子が自分の仕事に興味を持ってくれなかったのは寂しくもあるが。それでも俺はあいつが元気良く育ってくれればなんも文句はねぇよ。」
だからエルトさんが気を負うことはねぇとトールは父親らしく語った。
太陽が沈み初めて西日が紅く空を染めている中、手綱を握り前を向くトールの背中を見て、エルトは格好いいと思うと共に故郷の父親の姿が脳裏に浮かぶ。
―エルト、お前が元気ならばそれで良いんだよ―
それは数年前、久々に村へと帰ったときに父親に言われた言葉だった。
ろくに知らせも出さず、母親はもう自分がこの世にいなくなってしまったのではと泣く程酷く心配させてしまったが、父親は頭を下げる俺にお前が無事ならば良いのだと言ってくれた。
トールと言い自分父親と言い、こうも父というのは皆頼れるものなのかとその偉大さにエルトは苦笑してしまう。
そんなエルトにしみじみとした雰囲気を晴らすようにトールは言った。
「テオがいつか本当に冒険者になったときはエルトさんが少しだけ気にかけてやってくれや!」
「はい、もちろんですよ。」
そう答えて、二人は暮れる夕日に照らされる中を馬車に揺られて街へとたどり着くのであった。
やっと書き終わった……( ´Д`)ゼエハァゼェハァ