2.憧れる少年と腹の虫
書き続けるのが最大の困難。
――――タッタッタッ…。
「おっ、あれがリンダ村だな」
しばらく走れば村の家屋が見えてきた。街の建物と違い、ほとんどが木造の建築で自分の生まれ故郷の村もこんな感じだったかと少し懐かしくなる。
村に入ったらとりあえず村長のところに依頼書の確認をしなきゃな。
そう考えながら自分にかけた風の魔法を消す。するとすぐに優しく吹いていた追い風が止んだ。魔法が消えた証拠だ。
「ここは見張りがいないのか、珍しい。」
普通は誰かしら立っているもんだが…。
村の入り口に着いた俺は少し立ち止まる。大抵の村では村の男が交代で村の入り口で見張りをするはずなのだが、見る限りそのような人はいない。
盗賊などに入られたらどうするのだろうか。それとも見張りを立てる必要もないほどこの辺りの治安が良いのか。まあ何にせよ、依頼を受けたからにはきっちり仕事しないとな。
……お邪魔します。
そう心で言って。村の中へ入る。もしや村人が一人もいないのでは、と嫌な想像をしたが全然そんなことはなく。普通に洗濯物を干す母親や走り回る子供達の姿があった。
見渡せる範囲に男がいないのは畑に出ているからだろうか。皆忙しそうだし声をかけて良いのやら。
成人したとはいえ、女性に声をかけるのを何故かためらってしまうエルトである。
ん~、どうしよう―――
「こんにちは!兄ちゃんってもしかして冒険者?」
誰に村長の家を聞こうかとボーッとしてたら村の子供に声をかけられた。自分の目の前に現れた少年は村に冒険者が来るのが珍しいのか、俺の格好を見て目を輝かせている。
六つ七つくらいかな?やんちゃそうな子だ。
「あぁ、こんにちは。その通り、俺は冒険者だよ。」
少年に答えると少年はすっげぇと、ますます目を大きくした。この子も冒険者に憧れているのだろうか。エルトは自分の昔と目の前の少年を重ねた。
ちょうど俺も同じくらいの年頃、村にたまたま来た
冒険者を見てカッコいいと興奮したものである。
もちろん、目の前のこの子が自分を見て同じ感想を抱いてるかは分からないが。
エルトは自分の過去を思い出して苦笑する。
「坊やは何て名前なんだい?あぁ、俺はエルトって名前だ。」
「お、おれはテオって言うんだっ。」
少年―――テオくんは少し緊張気味に答えて声が上擦っている。
………ちょうどいい。この子に聞こうかな。
「テオか。強そうな名前だね。ちょっと聞きたいことがあるんだけどいいかな?」
強そう、そう褒められてちょっぴり嬉しそうなテオ君にお父さんか村長さんの居場所を尋ねる。
テオ君は指を指して言った。
「お父さん達なら今畑に行ってる。たぶん村長さんも一緒にいるよ!」
着いてきて!と、小さな背中を向けて駆け足で走り出したテオに、エルトは慌てて追いかけた。
元気だなぁ。
すると、その様子を見かけた村の子供達は……。
「あれぇ?テオの奴、追いかけられてる!」
「ほんとだ!テオ君また何かイタズラしたのかな。」
「……でも追いかけてる人、知らない人だよ?」
「たしかに…。ちょっと俺たちも着いてくぞ!」
おぉ~!
ドタドタドタドタッ……
テオを追いかけるエルト。そのエルトを追いかける村の子供達。そんな感じで、村の中を走り回る謎の御一行が誕生した。
肝心のエルトはというと―――
テオ君足早いなぁ~。
……自分の後ろにできた列に気付いていなかった。
見知らぬ冒険者と村の子供達が作る列に、村の女達は何事かと見るが、危ない様子ではなかったためにすぐに家事へと戻っていった。
今日もリンダ村は平和そうである……。
/
「ほら!」
前を走っていたテオが急に止まってこちらを振り向く。
「ここが畑だぞ。おーい!父ちゃぁーーーん!!」
テオの案内で村の畑に到着した。
2人の後をついてきていた子供達はいつの間にか見えなくなっていた。
畑では男達が各々自分の畑の手入れをしていた。主に育てているのはタホだろうか。タホは植物の根の部分が膨らみ食用となる穀物である。
俺の村でも育ててたな~、タホ。
一面に広がる畑を見ていたエルトの方に一人の男が作業を止めてやって来た。
「どうした、テオ。お前が畑に来るなんて珍しいじゃねぇか。」
やっと畑を手伝う気になったか?と、テオの父親はガシガシと息子の頭をなでる。
「ちげぇよ!それよりほら、冒険者のエルトさんが村長さんに会いたいって。」
「ん?……おぉ!もしかしてお前さんギルドに出した依頼を受けてくれたのか。」
テオの父親は俺の格好を見て合点がいったように頷いた。
「ええ、そうです。レッドボアの討伐を受けたんですが、一応依頼の確認をしたくてですね。あ、冒険者のエルトです。」
「おう、俺はこのバカ息子の父親のトールだ。ちょうど村長ならあっちの方で話してるぞ。」
着いてこい。と、父親―――トールはテオを連れて歩き出した。
似た者親子だな……。
エルトは先ほど自分を案内してくれたテオとその父親のトールの様子に既視感を覚え、笑みがこぼれる。
テオは無理やり頭を撫でる父親の手に鬱陶しそうな顔をしているが、やめろよと言う口の端は心なしか上がっている。
父さん……元気してるかな…………。
目の前の仲良し親子を見て少し感傷的な気分になっていると、なにやら畑の柵の付近で話し込んでる老人と緑のバンダナを頭にまいた狩人の二人の男がいた。
「村長、ニック。依頼を受けて来てくれた冒険者さんを連れてきたぞ。」
トールが二人の名前を呼ぶと、話を中断した彼らの目がこちらを向く。
「どうも、冒険者のエルトです。レッドボアの討伐依頼を受注したのですが、村長さんに確認をお願いしてもいいですか?」
自己紹介をしつつ、依頼書を差し出す。すると老人の方が思い出したように頷いて一歩足を踏み出した。
「そうかそうか、依頼を受けてくれて有難いのぉ。ワシがリンダ村の村長のフスじゃ。」
どれどれ見せてくれ、と言って村長のフスは俺が持っている依頼書を覗き込み、頷いた。
「ふむ。確かにワシが出した依頼じゃな。最近この村の畑が猪どもに荒らされて困っとるんじゃ。」
依頼書を確認したフスは「ほれ、見てくれ。」と壊された畑の柵を指差さす。
フスと狩人が立っていた後ろ柵は、畑の内側に向かって破られていた。その地面には粉々になった柵の木片と二股に分かれた爪痕がある。
この足の形はレッドボアだな。足跡でこの大きさなら身体も大きそうだ。
「かなり大きめの個体っぽいですね。」
「うむ。猪を見たという人達からも二メートル近くあったと聞いているぞ。」
「あぁ、俺も見たがかなりデカかったぜ。」
「そうですか……。」
フスの発言に実際に見たというトールが肯定する。
もし本当に二メートルもあれば倒した後にもってかえるのがの大変そうだなぁ……。
エルトはレッドボアの大きさに驚くわけでもなく、既に討伐した後のことを考えていた。
そもそもレッドボア自体はそこまで危険な魔物でもない。さすがに丸腰なら危険だが、しっかりと武器を持っていれば銅の冒険者や村の男達でも倒せるだろう。
それでも依頼を出したってことは本当に大きいんだろうな。立派な成体ともなれば村にある槍の強度じゃ力負けしゃうし。
「こうやって柵を壊されるのも今月で五度目じゃ…。」
「それは……多いですね。何か対策は?」
五度も侵入されてるのに流石になにもしてないわけではないだろう。そう思って聞くと、フスは困ったように眉尻を下げる。
「……。それがのぉ、ここにいる猟師のダンに頼んで罠を置いたりしたんじゃが……」
「奴は頭がいいのか毎回罠を設置してない場所を突き破ってくる。それに、俺の弓では奴の外皮を破れなかった。」
ダンと呼ばれたバンダナの男は眉間に皺をよせて答える。その背中にはたしかに弓を背負っていた。
……見た感じ腕の立ちそうな猟師だな。でも矢が刺さらないとなるとレッドボアの毛皮は相当固そうだ。
だがまぁ、見てみないことには分からないからな。
自分が銀の冒険者であることに少なからず自信を持っているエルトはフス達の事情を聞いて問題ないと判断し足跡の消えて行く森へ入ることにする。
「分かりました。では早速レッドボアを狩りに行くので他にも特徴があったら教えてください。」
……だが事前準備は怠らないエルト。しっかりと情報を集めるのは冒険者としての必須スキルであった。
そうしてエルトはフスやダン、トールからレッドボアの見た目や大きい奴以外にも仲間のレッドボアがいなかったかなどを聞いた。
「……。ワシらが伝えられるのはこれくらいじゃな。」
「いえ、ありがとうございます。たぶん問題なく狩れると思いますよ。」
本当に一人でダイジョブか?と聞いてくるトールに笑って大丈夫だと返した。
―――すると、今まで静かに大人達の話を聞いていたテオがその口を開いた。
「お、俺もレッドボアを倒しに行きたい!」
ポカーンと目を丸くした大人達は一斉にテオに注目する。
「おいっ、テオ。いきなり何を言いって……」
「そ、そうじゃテオ。おぬしにはまだ危険すぎるじゃろう。」
突然自分も行きたいと言い出したテオに、父親のトールと村長のフスが慌てて宥める。
だが、二人に止められてもテオは諦めきれないようでなんとか見るだけでもいいからと必死に懇願していた。
俺も子供の頃は父さんの狩りに着いていきたがってたなぁ……。一緒に行かせてもらえたのは十歳になってからだったが。
流石に過保護すぎただろうと、自分の父親を思い浮かべた苦笑したエルトは昔の自分と同じ様に不貞腐れているテオに言葉を掛ける。
「テオ。残念だけど君は連れていけない。危ないからね。」
「で、でも……。俺も冒険者になりたいんだっ!」
―――本当に俺の小さい頃にそっくりだ……。
「そっか。でも冒険者になりたいからと言って焦る必要はないんだよ?」
「それは…………。」
「それに!俺も初めて狩りに着いていけたのは十歳になってからだったんだ。」
だから焦る必要はないんだよと、エルトはテオの頭を撫でる。
……テオは渋々といった感じで頷いた。
「分かった、俺も十歳になってからにする……。」
「うん。いい子だ。辛抱強さも冒険者には大事な事だよ。テオはきっと凄い冒険者なれるさ。」
エルトにそう言われ、テオのキュッと結ばれた口が少し緩んだ。
「……テオが我慢した所すまないのだが……、俺も同行させてもらえないだろうか。」
エルトがテオを説得したのも束の間、猟師のダンのまさかの発言にエルトは困惑する。
「もちろん討伐には協力させてもらう。この森はよく入ってるから案内もできるだろう。」
ダンの申し出に少し考える素振りを見せるエルトにダンは「それに」、と言葉を紡ぐ。
「倒した獲物はすべてエルト殿の取り分にしてくれて構わない。」
えっ、と驚いた顔をしたエルト。わざわざ危険のある討伐に着いてきて何もいらないと言うダンの言葉にどういうつもりなのかとエルトは頭を捻る。
「一応、ダンさんが着いてきたい理由を聞いても?」
「あぁそれは……。魔物が出たときのためにいる村唯一の猟師の俺が何も出来なかったというのでは、俺はこの村いる意味が無くなってしまう……。」
「おいダン、誰もそんなこと思っちゃいねぇよ。お前にはいつも助けてもらってる。」
悔しそうに自分が不甲斐ないと述べるダンに今回は相手が悪かっただけだとトールが励ました。
その様を見たエルトはよしっとダンに提案する。
「たしかに俺はこの森に初めて入りますし、案内ということでしたら助かります。」
「…っ!。では……」
「ですが!獲物の取り分は五分五分にしましょう。危険があるのは一緒なのに俺だけ全部貰うなんてできませんよ。」
「いや、流石に同行させてもらう立場の俺がそんなに貰う訳にはいかん。……せめて三対七でエルト殿が多く貰ってくれ。」
「分かりました。それでいきましょう。」
最終的にエルトの取り分が七、ダンが三。ダンは森の案内と弓での援護、ただし戦闘の際にはエルトが指揮するということで内容が決まった。
さて。やっと色々決まったことだし、そろそろ行きますか!
思ったより時間がかかったが、エルトはこの村に来た目的のレッドボア討伐に乗り出す……
ぐうぅ~~~…………
所だったが腹の虫が鳴った。空を見上げると澄みすぎている青い空に太陽が真上に来ていた。
「ハッハッハッ!そいえばもう昼飯の時間だな!先に飯にしよう。」
「そうじゃの。エルト殿も一緒にどうじゃ?大したものは出せんが是非食べていってくれんか。」
自分の意志と関係なく鳴ってしまった腹に少し顔を赤らめたエルトは、村長の言葉に甘えてお昼を食べることとなった。
―――くっ、何時になったら出発できるんだ!
そんなエルトの嘆きを無視して、もう一度お腹の虫は虚しく鳴り響くのだった。
長引かせてすいません。
次回、レッドボア討伐回です。
あ、これってネタバレ?