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7話 罪滅ぼし

「マデリン・セークという男爵家の娘は?」


 ミートパイを口に放り込んでサングリアで流し込む。こっちはシナモンがよく効いていた。なんというか柑橘系とスパイスってあうよなぁ。


「マデリン嬢をご存じですか? 同じ花嫁候補です」


 きょとんとアリエステが答える。なんだ、いるのか。


 俺が他の2名の候補者の名前を言うと、それもちゃんといるという。

 ……だったら、なんでマデリンとの恋愛ルートが作られていないんだ?


「たぶん、わたくしが花嫁候補を外れるとマデリン嬢が王太子殿下の花嫁となるでしょう。王妃様が随分と気に入っておられるそうです。そのおかげで宮廷内では彼女の人気が高いとか。王太子殿下も、王妃様が勧めるので無下むげには断れないとおっしゃっていました」


 静かなアリエステの声に視線を向ける。


 彼女はサングリアのグラスを両手で持ち、ゆっくりと揺すっていた。真っ赤な液体の中でもったりと揺れるのはブルーベリーだ。黒い影を残しながら、深紅の液体の中で踊っている。


「逆にわたくしの評判は酷いものと聞きます。マデリン嬢を下流と見下し、いろいろと意地悪をする、と」

「お嬢様……っ」


 メアがもの言いたげな顔をするが、アリエステは顎を上げた。


「大丈夫です。わかる人だけがわたくしのことをわかっていればいいのですから。下賤げせんなやからなど放っておきなさい」


 堂々としたその態度は相変わらず気品に溢れ、静かに力を湛える瞳には揺るぎがない。


「……カルロイのことが好きなのか?」


 サングリアを喉に流し込むと、口の中にオレンジスライスが入ってきた。がじがじと嚙みながらもう一度、彼女自身に尋ねる。


 アリエステは俺の方に顔を向けた。相変わらず勝気そうな色を瞳に宿している。


「貴卿との結婚話が持ち上がったとき、一度は別れを決意しました。ですが、災い転じてなんとやらです。きっとこれは神がわたくしに王太子妃になれ、と言っているのでしょう。なんとしても付添人を捜し出し、王太子妃の座を手中におさめます。そしてモーリス伯爵家を再興いたします」


「花嫁候補……なぁ」


 独り言ちる。

 口の中には、オレンジピールの残した痺れに似た苦みが残った。


 本音を言えば、そんなところにアリエステを送り込みたくない。


 いまのところ気は強いが、まだ本格的に悪役令嬢ではないアリエステがいるんだ。変なイベントが発生しそうなところに近づけたくない。もし覚醒でもして本物の悪役令嬢になったらどうするんだ。ざまぁ展開でバッドエンドでもしてみろ、目も当てられない。


 サングリアのグラスを弄びながら、アリエステを見る。

 彼女はメアになにか話しかけ、なだめていた。サングリアを勧め、自分もうまそうに飲む。


 俺の理想のアリエステ。


 カイは悪役令嬢として『君かの』に登場させたが、正直悔しい思いもあった。


 俺の画力じゃ到底あんな風には描けなかった。腹が立つことに、女を描かせればカイはうまい。わずかな表情の変化をきれいに切り取る。そして絵にする。彩色だってうまい。色のセンスがそもそもいいんだ。


 だから。

 俺の脳内にしかいなかった〝完璧なアリエステ〟は悪役令嬢として誕生した。


 そんな彼女は、読者に嫌われ、ざまぁを喜ばれ、破滅の道をたどった。

 そうさせたのは俺だ。


 俺が最も大切にして、最も大事にしたキャラを。


 俺は俺自身の手で破滅させたんだ。嫉妬させ、狂わせ、居場所を奪い、誰からも嫌われるように仕組んだ。


「……なぁ、俺がなってやろうか」


 だからかもしれない。

 気づけばそんな風にアリエステに声をかけていた。


「はい?」


 メアが取り分けてくれたミートパイを食べていたアリエステが、不思議そうに小首を傾げた。くすりと思わず笑ってしまう。口元にパイの欠片がついていたからだ。


「だから、付添人」


 指でパイの欠片をとってやる。アリエステの耳がちょっとだけ赤くなり、慌てて自分の口元を押さえた。


「俺だって資格があるだろう? 王から直接騎士位を授けられたし、なにより公爵家の長男だ。条件としては悪くない。まぁ、邪眼卿だから少々縁起が悪いが、モーリス伯爵家も呪われているんならちょうどいい」


 後半はわざと笑い話になるようにしてみせる。


「レイシェル卿が……。わたくしの付添人に……?」

「あ……っ! ありがとうございます!」


 驚いたようにアリエステが目を丸くしている。メアがその隣でテーブルに額を押し付けるようにして礼を言った。


 それを聞いてようやく感情が追い付いてきたのかもしれない。

 アリエステは満面の笑みを浮かべて目を細めた。


「やはり貴卿はわたくしの結婚相手ではなかったのですね」

「どうやらただの付添人らしい」


 俺が笑うと、ふふ、と可愛らしく微笑んだ。


「わたくしは王太子妃になる運命のようです」


 そうかもしれない。

 いや、そうだ。


 ようするに。

 彼女がカルロイと結ばれればいいのだ。


 まだマデリンがどんな状態なのかはわからないが、彼女とカルロイが結ばれるルートを潰せばいい。


 それが。

 俺にできる彼女へのせめてもの罪滅ぼしだ。


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