15話 物語のヒーロー カルロイ
「まぁ、マデリンさま? お久しぶりでございます」
アリエステがにっこりと微笑む。俺は彼女を席にいざないながら、ストーリーをなぞった。
いったいいつ、このふたりは出会ってるんだ? 原作では、この花嫁候補が集まる場所で初めて会うんじゃなかったか。
「展示会以来ですわ! お元気でした?」
マデリン・セークがいきなりアリエステに抱きつくから、彼女だけじゃなく俺も驚いた。
「展示会?」
ついオウム返しに問う。
「ええ。マデリンさま主催の絵画の展示会に招待されまして。そこで初めてお会いしたのです」
ぎゅうと抱きしめられると、小柄なアリエステなどマデリンの胸に窒息しそうだ。うにゅ、と胸の谷間から顔を出したアリエステが言う。
「……展示会って……。あれか。児童養護施設の」
アリエステの部屋に飾ってあったやつだ。
「そうです」
と答えたアリエステの語尾を食い気味にマデリンが話始める。
「あのとき、たくさん絵をお買い上げいただきありがとうございましたっ! おかげで児童養護施設は閉鎖を免れることができましたっ」
ぱ、とアリエステから離れて、ぺこりとマデリンが頭を下げる。
あ、なるほどと俺は気づく。
本編でもあったのだ。
マデリンがボランティアで支援している児童養護施設が資金繰りに失敗し、閉鎖に追い込まれそうになる。そこでマデリンが子どもたちに絵を描かせ、それを売って運営資金にあてようと奮闘するのだ。
今まで寄付に頼っていた自分たちもダメだったのだ、と、自分たちで稼ぐことを考え、かつ子どもたちの自立について考えるきっかけになるイベント。
……まぁ、結果的に匿名ということで王太子がバカ買いをするのだが。
それでも中には才能を見出されて画家に引き取られる子どもも出たりして、なんだかんだハッピーな結末を迎える。
そのとき、王太子ではなくアリエステが絵を買った、ということか。
「でもそのせいで伯爵家は生活が苦しくなったのでは……。だとしたら申し訳なくって……」
マデリンが眉を下げて悲しそうな表情を作るから、絶句した。
ふつう、そんなこと言うか? それ〝心の声〟だろう。
……な、なんだこいつ。
え。これが天然とかいうやつ……?
「最近はアリエステさま自ら下町に足を運ばれて下女を捜していると聞きました。私、モーリス伯爵家のおうちが大変なこと、本当に知らなくて……ぇ」
マデリンの言葉はしりすぼみに消えるが、他のふたりの令嬢は顔を見合わせ「まぁ、なんてこと」と明らかにアリエステを蔑視している。
かっとなった俺が一歩踏み出す前に。
「持てる者が、持たざる者に援助をするのは当然のことです」
アリエステの声が静かに室内に広がる。
気づけば誰もが彼女を見ていた。
「援助の仕方は人それぞれです。マデリンさまのように行動で気持ちを示される方もいらっしゃれば、わたくしのようにお金でしか示すことができない者もいましょう? わたくしはマデリンさまのように労働という形で子どもたちになにかすることはできません。ですので、モーリス伯爵家が代々してきたように、金銭面での支援をしたにすぎません。わたくしもマデリンさまも、できることをできる範囲でおこなっただけではありませんか?」
静かにアリエステが微笑む。
「また我が家に金銭支援してほしいことがございましたら、いつでもどうぞ。モーリス伯爵家は手を差し伸べますわ。セーク男爵家の代わりに」
途端にマデリンの耳が羞恥で赤くなる。
勝負あった。そんな感じだ。
そのとき、場違いなほどさわやかな声が響いてきた。
「さすがアリエステ。君もあの施設で絵を購入したのかい?」
「お……王太子様」
さ、と誰もが頭を下げる。お訪の声など無視して入室してきたのは、カルロイだ。
できるだけ主要キャラとは出会わないように生活しているんだが……。
公爵の息子なもんで、年イチぐらいは王太子と顔を会わさざるを得ない。
そのたんびに、キラキラ度が増すんだから女性向け漫画のヒーローと言うのはすごい。
「ああ、楽にしてくれ。さぁ、座ろう」
いまもキラキラと花弁をふりまかんばかりに朗らかに笑い、堂々と上座に座った。
それぞれの付添人が椅子を引いて令嬢を座らせるので、俺もアリエステの手を引き、座らせた。
テーブルは丸テーブル。
彼女の右が王太子殿下。左がマデリン嬢。向かいはダーニャ伯爵令嬢だ。
「椅子の後ろに控えている。なにかあれば合図を」
席を確認し、小声でアリエステに伝えると他の付添人と同じように彼女の後ろに立った。
「アリエステ。買った絵はまだ君の屋敷に?」
カルロイが親し気に微笑みかける。アリエステは若干顔を赤らめた。
「子どもたちが一生懸命どのようなものを描いたのか教えてくれたもので……。気に入ったものをいくつか自室に」
「なんだ、悔しいな。マデリンに言われて行ってみればもうほとんど絵がなくてね。では、君の屋敷で拝見してもいいかい? 気に入ったらぼくが買い取りたい」
お、ラッキーと俺は思ったのに、アリエステは楽しそうに笑う。
「まぁ、そうやってわたくしから絵を奪おうとなさるなんて。横暴な王太子殿下ですこと」
「横暴だなんて。権利を譲ってほしいと申し出ただけだよ」
テーブルに頬杖をつき、アリエステの顔を覗き込むようにして王太子は言う。
近い近い近い近い!
ほぼほぼ鼻がくっつきそうだ。
咄嗟に割って入ろうかと思った。
なんか……こう嫌だったんだ。カルロイがアリエステに近づくのが。
アリエステも目を泳がせている。
……だけど嫌がっている素振りはない。
アリエステはカルロイと恋仲だというようなことを言っていたけど……。
これ、本当なのかも。
だったら「近いですよ、王太子殿下」と言うのも変だし……。
だいたい。
アリエステはカルロイと結ばれることを望んでいた。
ならば、これは喜ばしいことだ。そうなのだ。
そう……思うのだけど。
なんかこう、納得いかないというか。
胸がざわざわする、というか。
……父親とか兄貴ってこんな気分なのかな……。保護者的立ち位置というか。
そんな気持ちで俺が椅子の後ろでやきもきしていたら、ちらりとカルロイが俺に瞳を向けた。
ん? 俺?
一瞬背後を振り返る。いやだって変だろう。なんで俺を見るんだ。




