13話 花嫁候補の行列2
いや、死亡した順番からすれば、あいつが先に来て、自分が後から来たのだろうが、そんなことはどうでもいい。
(目障りな……っ)
編集者に「カイの原作を担当することになった」と紹介されたときから気に入らなかった。
飾らない人柄と、やさしい笑顔を持った年下の男。
まず痩せているというだけで憎しみが募った。自分など、漫画家としてデビューしてから体重が増える一方で、筋肉は衰えるばかりだというのに。
人間関係をスマートにやりとりできることにも苛立った。自分よりつきあいの長いチーフアシスタントと飲み仲間になったと聞いたときは、口から怨嗟の言葉が漏れた。自分など、一対一で会話したこともないというのに。
また、自分では想像もつかないストーリー展開を楽し気に語ることにも憎悪した。
ただ、やつの絵がそこまで上手くない、と知ってからようやく溜飲が下がった。
だから折に触れてずっと皮肉めいた悪口を言ってやったというのに、羽月は少しだけ困ったような顔をしてやり過ごしたあと、なごやかに仕事を進めて行った。
こいつをなんとしても怒らせて、おれの側から追い出してやる。
結果、思いついたのは、羽月が大切にしている女キャラを潰してやろう、ということだった。
『君かの』には悪役令嬢が登場する。
そいつは意地が悪く、さまざまな奴に嫌われて最終的にざまぁされて処刑される。
そのキャラを。
あいつが大切にしている女キャラにしてやれ。
この思惑はうまくいった。
最終校正の原稿を見たときの羽月の顔。
思い出したらいまでも胸がすっとする。
ただ、自分が予想したような「激怒」はしなかった。
羽月はただ無表情にカイを見つめ、それからは仕事の話以外なにも話さなくなった。
その後、アニメの方でも悪役令嬢がざまぁされたころ、羽月は「原作からおりたい」と担当編集とカイに切り出した。
カイは狂喜乱舞したというのに、担当編集は真っ青になって引き留めにかかった。
『羽月がいなくても、おれがどうとでもする』と言ったのに、あっさり無視され、担当編集は土下座せんばかりに羽月にすがった。
それを振り切るように編集部を飛び出した羽月は、そのまま交通事故死した。
ちょうどそのころ、羽月のデビュー作のヒロインと、アリエステの類似性がネットで指摘されはじめた。そのせいで、自殺だったんじゃないかと騒がれ始めていた。
アシスタントたちは動揺し、カイはいろんなことを編集に尋ねられたが「知らない」で押し通した。
そして自分の思うストーリーで『君かの』を進めようとしたが、編集部からは一旦すべてのコンテンツを停止させるとの指示が下った。
それから酒におぼれたのが悪かったのかもしれない。もともとの不摂生もたたったのだろう。身長は165センチほどしかなかったのに、体重は100キロを超えていたのだから。
カイは肝硬変を発症し、そのまま死んだ。
そして転生したのが『君かの』の世界だった。
「ほら、カルロイ。モーリス伯爵家の行列が来たわ」
バルコニーに出た途端、王妃が華やいだ声を上げた。
私室は王宮の正門が真正面に見える場所にある。
バルコニーに出ると、道路を挟んでシンメトリーになった庭園が一望できた。
そこにいま、四頭立ての馬車を率いてやってくる騎兵たちの姿が見える。
「これは……。いいところをついてきたわね」
王妃は笑顔を消し、じっと行列を見つめる。
カルロイも不機嫌に目を細めた。
一言で表現するなら、その行列は質実剛健であった。
黒を基調とした隊服。騎馬の装具も黒か銀。華やかさなどまるでないのに、つい目を奪われるのは隊員たちの一挙手一投足がそろっていることと、若いことだ。
いずれも十代半ば。どこでどうそろえたのか、容姿端麗な者たちばかりだ。それを率いているのは、二十歳になったばかりのレイシェルだった。
王宮に入るためだろう。眼帯をして邪眼である黒目を隠している。それだけでも目立つのに、切りそろえられた銀色の髪は豊かに輝き、軍服の下には鍛えぬかれた体躯があることが容易にわかる。
(生まれ変わっても反吐が出る奴だ)
気づけばカルロイは下唇を噛んで、レイシェルを睨みつけていた。
「ナイト公爵家の先代は、あなたのおじいさまと兄弟。三公爵のひとつです」
冷ややかに王妃は言い、行列を眺めながら扇で風を送る。
三公爵とは、現国王の血筋が絶えた場合のために用意された家門だ。王家と濃い関係にあり、なにかあればいずれかの公爵家から王となるべき人材を出す。
「今回、なぜモーリス伯爵家に助け舟を出したのか……。なぜ、邪眼卿と呼ばれる息子を付添人になどしたのか」
王妃は独り言ちる。
本来であれば、国王は正妃以外に側妃を何人かおき、数人の子をもうける。
だが、現国王はその側妃を廃した。理由は正妃を愛しているから、ではなく、経費削減のためだ。
こどももふたり。それ以上は経費の無駄だとでも思っているふしがある。
王妃の寝室に国王が訪問しなくなってからもう十数年が経っていた。
だからだろう。王妃は殊の外、宮廷内の人間関係と長男のカルロイにこだわった。
「今まで、王位など興味がないようなふりをしていたが。もしや息のかかった者を王太子妃とし、王宮での力を増そうというのかしら。妾を凌ぐような」
政略的ななにかを勘ぐっているようだ。カルロイはそんな王妃が可笑しくて仕方ない。
(あいつの大事な女を守るために決まってんだろ)
アリエステ・モーリス。
羽月が一番大切にしていた女性キャラ。
そいつがざまぁ展開にならないように守りに来たに違いない。
カルロイはそっと舌なめずりをする。
羽月もこの世界に転生したと知ったときからこの日を待ちわびていた。
主人公のマデリンと出会い、交流を深めると同時に、学院時代からアリエステにも近づき、手なずけていたところだ。
深窓の姫君であるアリエステは、気位の高い女だった。
だがマデリンよりも身持ちが堅く、愛を語り続けたというのにハグに近い抱擁を一度したきりだ。
その後、レイシェルとの縁談が持ち上がったときに別れを切り出された。
バカな羽月。おれに惚れた女を嫁に迎えるがいい、とあざ笑っていたのに。
レイシェルとアリエステの婚姻は破談となる。
それが破滅ルートを潰すためだとカルロイは気づいた。
ならば、とカルロイはアリエステに再度近づいた。
『やはり君を忘れられない。花嫁候補に指名した』
そんなカルロイの愛を本物だと信じ、正妃に迎える日を彼女は心待ちにしている。
「いいですか、カルロイ」
王妃が氷柱のような声を放つ。
「もしも……。もしも、ですが。陛下がアリエステを気に入ったのなら仕方ありません。妃として迎えなさい。しかし、マデリンを第二妃に指名するのです。そして、アリエステを冷遇するように」
「はい、母上」
神妙に返事をしながら、カルロイは喉の奥で笑いを潰した。
(あいつの目の前で、アリエステをめちゃくちゃにしてやる)
大好きな女がおれに惚れ、破滅するさまを存分に見せてやる。
カルロイはひとりほくそ笑んだ。




