3話
3話
朝、いつも通り、缶やコップで散らかった部屋を見ながら起きる。
俺が家に帰るときには片付いているので、きっと一ノ瀬さんが出て行く前にしっかりと片付けていてくれるのだろう。
流石に三度目は悪いので、片付けに入る。
セカセカと動いていると何か柔らかいものを蹴ってしまった。
下を見ると大きく盛り上がったものが二つあった。どうやら一ノ瀬さんの胸を蹴ってしまったらしい。
一ノ瀬さんもその衝撃で目を覚ましたようだ。
「…ごめん。」
「こんな場所で寝でたのも悪いけど、次から気をつけて。次やったらこっちも急所蹴るから。」
絶対に下を見て歩くようにしよう。
「今日は何限から?」
「1だ。」
「へぇ、私と同じね。じゃあ、終わりは?」
「3。」
「それも同じだ。なら、終わったら学内のコンビニ前集合でいい?」
そういえば買い物に行くという話だったな。
「分かった。」
一通り片付けて朝食を食べる。
「でも、朝ゆっくりできるって快適。」
「そう言えば実家遠かったな。」
「そ。朝起きるのは6時。それから化粧して食べて電車乗ってで忙しいのなんの。」
「大変だな。」
「まあね。でもこの家があるからもう安心。」
慣れた手つきで食パンを取り出し、冷蔵庫からいつのまにか入っていたジャムを取り出して塗る。
「いる?」
「欲しい。」
ジャムの有無で味がこんなに変わるとは思わなかった。
「じゃあ、パジャマここに置かせてもらうから。」
服を着替えるとパジャマを部屋の隅に畳んで置いた。
「今度は私用のタンスも勝つ必要があるみたいね。」
「家賃払ってもらうぞ。」
「あは、それは勘弁。」
そう言って授業の準備をすると、二人で家を出た。
「1限の場所どこ?」
「南館だ。」
「あー、理工学部だもんね。」
理工学部は研究棟が南館の近くにあるため教授の移動の手間から講義が南館になりやすいのだ。
「一ノ瀬さんは?」
「1限は北。経営学部講義場所バラバラすぎて面倒臭いのよ。それより、なんかいまだに一ノ瀬さんって距離感じる。」
「一番呼びやすい。」
名前が悪い。ヒメは呼び捨てもちゃん付けもどこか呼び難いのだ。
「まあ、いいけど。じゃあね。また後で。」
「分かった。」
そう言って一ノ瀬さんと別れた。
「なぁ、さっきの可愛い子彼女か?」
突然、話しかけられた。ピアスをした金髪メッシュの男だ。確か名前は葛本だ。実験で同じ班だったことがある。
「違う。知り合いだ。」
「えっまじ?じゃあ紹介してよ。俺あの子ドタイプだわ!」
「紹介とか無理。」
なぜそんなことをしなきゃいけないんだろうか面倒臭い。それになんかムカつく。
「もしかして、お前も好きな感じ?」
好き?ではない気がする。確かに好意的な人ではあるが…じゃあなんで俺はこんなにも紹介するのが嫌なんだろうか。遊び相手が取られる?
「あーおっけ。なら仕方ないわ。ごめんな。呼び止めて。頑張れよ。」
そういうと葛本は知り合いの元に走って行った。
俺はまだ三度しか会ったことのない相手に一体どんな感情を抱いているんだろうか。
授業後、コンビニに着いた。どうやら俺の方が早かったらしい。
携帯を触り時間を潰していると頬に温かい感触が伝わってきた。
「ごめん、友達がしつこくてさ撒くのに時間かかっちゃった。」
時刻は15時10分。3限が終了してから30分ほど経過していた。
「大丈夫だ。どこに行くんだ?」
「そうね。まあ一番近いイオンにでもいこっか。」
「分かった。」
学校を出る方向に歩き出した。
「この時間だから人は少ないとは言え、やっぱり歩くなら夜ね。」
「そうだな。」
まだ街は活気付いており自然だ。夜の不思議な高揚感はまるでない。
「予算はどれくらいある?」
「……服の相場があまりわからないから5万持ってきた。一ノ瀬さんがお勧めしてくれた物を買う。」
「十分。でもよくそんな金持ってるね。」
「バイトが時給5000だからな。それに、使う当てもないからどんどん貯まるんだ。」
使う宛が本当にない。外食もしないし服も安物だ。それに家賃だって安い。使わない分増えていくだけだ。
「へぇ、塾講師だっけ?そんなに貰えるんだ。」
「担当する生徒数によって給料が決まるんだ。それで俺の生徒は少し多いから多めに貰えるらしい。」
「人気なんだ。」
「意外とそうらしい。」
会話は得意ではないが教える事はどうやら得意分野なようだ。
「あっ先生!」
見覚えのある女子高生がこちらに手を振ってこちらにかけてきた。
「丁度さっき話したバイト先の学生だ。」
「人気ね。せんせい。」
なんか意地の悪い言い方だ。
「先生、友達誘ったんで今度また生徒数二人増えますよ!」
「人が多くなって教えられる時間が減っても知らないぞ。」
「でも、やっぱり友達と良い大学受かりたいので!!」
「なら、今も勉強しろ。高校2年が差をつける一番のチャンスだ。」
「うげ、頑張ります。」
そう言って女子高生は俺から目を背けると一ノ瀬さんと目があった。
「あっもしかしてデート中でしたか?」
「そう。だから早くどこかに行ってくれる?」
「すっすみませんでした。先生また授業よろしくお願いします!!」
そういうと女子高生は駆け足で友達の元に帰って行った。
「大人気ないな。」
「だって自分のオモチャが取られた気分になったから。」
「オモチャってお前な。」
こいつの俺に対しての認識はオモチャだったらしい。確かに俺も一ノ瀬さんに対する思いもお気に入りのオモチャと言えば説明はつく。
そんな考えをしていると伸びてぐちゃぐちゃだった髪を一ノ瀬さんの手で更にグチャグチャに掻き乱された。
「ほら、行くよ。」
「分かったよ。」
一ノ瀬さんの後ろをしっかりと着いて行った。
「高いな。」
「モールの服なんてこんなもんよ。その代わり3年くらいなら着続けられる。」
「この服も3年着ているけどな。」
「だから皺ばかりじゃない。」
人の服の皺なんて態々見ている人なんていないと思う。
「ほら、これ着て。」
そう言って選んだ服を渡される。
しかし、試着室に入ろうとすると呼び止められた。
「ちょっと待って。」
そういうと俺の髪を自身のリボンで結んだ。すると再び試着室に入れられた。
着替えて試着室を出た。
「うん、中の上。」
「感想がそれかよ。」
「髪最低限で中の上は褒め言葉。」
「そうですか。で、これを買えばいいのか?」
「第一候補ってこと。後2,3店舗回ってから決めようか。」
それから2時間ほど店を連れ回され合計でトップスを2枚を購入した。
「ズボンは今のままでいいのか?」
「ダメ。でも、ズボンなんてブランドじゃなくて安物でいいよ。違いなんて分からないし皺とかも目立ちにくいから。」
「そういうものか。」
「そういう物。」
そうして買い物が終わった。
「この後家行くね。」
「行っていい?じゃないんだな。」
「だって良いでしょ?」
「まあ良いけど。」
そんな会話をしているその時、声が聞こえてきた。
「あっヒメ!」
声の主は以前クラスに一ノ瀬さんを呼びにきたピンク色の髪の女だった。