2話
2話
「あっもう終電無くなっちゃった。」
「おい。」
「明日1限からだし丁度よかった。」
そう言って笑う一ノ瀬さんのバックからは着替えの入った袋が見えた。
どうやら計画的な犯行のようだ。
「でも、ワイン無くなってきたし、何か食べたいよね。」
「確かに。」
かなり酔いは回ってきたので酒はこれ以上要らないが、食べるものは少し欲しい。夕食がまだ食べれていないのだ。
時刻は11時。こんな時間にコンビニに行くのは初めてだ。
「うわっ寒。」
「上着いるか?」
「うん、お願い。」
適当に女でも合いそうな上着を取り出して渡す。
「ずっと思ってたけどセンスも酷いね。服も髪型も。」
「自覚してる。」
「明日の予定決まりね。ショッピングにいこうか。」
「分かった。」
どうせやりたい事も予定もないのだ構わない。
「この時間に出かけるのってなんかワクワクしない?」
「少しする。」
かすかに車の音が聞こえるだけで、ほかに何も音はしない。まるで世界で自分達だけになったと錯覚してしまう。それがどこか非日常的で惹かれてしまう。
「コンビニまで近いのが残念に思っちゃうね。」
田舎の人たちが聞いたら大激怒しそうだ。
コンビニに入ると適当にジュースとまたまたお酒、それにおつまみにお菓子、そして俺はインスタントのソース焼きそばを入れた。
「今回は私が買う。」
「いいのか?」
「勿論。正直、効率良すぎて入学前に想定してた額はもう稼げちゃったから問題ない。」
それほどパパ活というものは稼げるらしい。2000円を超える値段となった買い物を済ませてコンビニから出てきた。
「おっ意外と紳士ね。」
コンビニパックを持ってやるとそう言ってきた。
「最低限はな。だが、こんな飲めるのか?」
「無理ね。」
「おい。」
「だから、また今度来る時に飲む。勝手に飲んだら急所蹴るからね。」
「どこで知ったんだよそんな脅し文句。」
「友達。」
「そんなやつ絶交してしまえ。」
冗談でもそんな事は言うもんではない。ただ、この酒狂いがいう以上冗談に聞こえないのが怖いところだ。
部屋に戻った。
本当にコンビニが近いという事が少しだけ恨めしくなるほど夜風の中の買い物は少し惹かれるものがあった。
「酔う前に風呂入る。」
「りょーかい。じゃあ先に飲んでるからね。」
この酒狂いが。
ゆっくりと風呂に浸かっていると水を沸騰させる音が聞こえてきた。
早く出ないと俺の焼きそばは消えていそうだ。
湯船に浸かる事なく最低限体を洗うとまともに髪を乾かさず風呂を出た。
「ベタベタじゃん。」
「焼きそば食べられるわけにはいかないからな。」
「バレてたか。」
やっぱり食べる気だったらしい。なんなら既にお湯が注がれており5分待っている段階だった。
「てか、零士くん…」
「なんだよ。」
「いや、その髪型の方が似合ってるよ。」
「ただのオールバックだろ。」
「いつもの海藻みたいな髪の毛よりは100倍マシ。」
俺の髪型を海藻だなんて思っていたのか。確かに自分で適当に切るし、切るのも半年に一度だがそれにしても酷い。
「髪も切ろうかな。」
「いや、今のままでいいよ。」
「なんだよそれ。」
「私の憩いの地が誰かに取られたら嫌だし。」
「勝手に憩いの地にするな。」
それに俺の髪型と憩いの地にどんな関係があるというんだ。
ピピピピっとタイマーがなった。
「おっ焼きそばできたみたい。」
そう言いながら湯を捨てスープをかける。
「食べる気か?」
「一緒に食べればいいでしょ。おつまみあげるから。」
そういい、ビーフジャーキーとポテチを開ける。確かにそっちも食べたい。
「分かった。」
俺が了承すると割り箸を割ってそのまま焼きそばに食いついた。
「ほら、すごくうまいよ。」
そう言って焼きそばをパスタのように丸めると同じ箸でこちらへ突き出してきた。
「どうしたの?」
「いや、箸がな。」
「別にいいじゃん。他の人ならともかく零士くんなら別に気にしないって。」
「じゃ、じゃあ。」
そう言ってそのまま一ノ瀬さんの持った箸に齧り付く。
「美味しいよね。」
「あぁ、美味しい。」
いつも一人で食べる焼きそばより10倍は美味しく感じた。
「おやおや、お酒が入ってないじゃないか。」
そう言ってウォッカを入れて、そこに買ったオレンジジュースを入れる。
「美人の特製スクリュードライバーどう?」
「まあまあ、美味しい。」
「なんで、まあまあなんてつけるかなー。」
そう言うと、一ノ瀬さんは俺の酒を奪い飲む。
「うげ、ウォッカ入れすぎね。確かにこれはまあまあか。」
別に味としては悪くないのだが、少し強すぎて喉が熱くなってしまう。
「仕方ない。」
そういうと半分を自分のグラスに入れてそれぞれにオレンジジュースを継ぎ足した。
「薄くて美味しい酒の方が長く楽しめるもんね。」
そう言って薄くなった酒を一気に飲んだ。
「うーん飲んだ飲んだ。ちょっと酔い覚ましに風呂入ってくるね。あっ、風呂の中でおしっこしていい?」
二人ともかなり酔いが回ってきた頃、一ノ瀬さんはそんな事を言い出した。
「ダメだ。しっかりとトイレに行け。」
「もう。女の子は面倒なんだよ。」
ベロベロに酔ってはいるがまだ平衡感覚はあるらしい。少し心配になる足取りでトイレに向かった。
テレビも何もないこの家は一ノ瀬さんがいないと一気に静かになる。いつも普通だったものが退屈になるなんて、楽しいという事はいいことばかりではないようだ。
「下履かずに風呂まで行くからこっち見ないでね。」
本当にうるさい。
「ふぅーさっぱりした。」
「寝巻きまで持ってきたのか。」
「うん、これからはこの家に置かせてもらうね。」
「……まあいいけど。」
「ありがと。」
どうやらこれからも定期的に来るらしい。
「ねぇ、湯冷ししたいから屋上連れてってよ。」
「分かった。」
ベランダに行こうとすると服を引っ張って停めてきた。
「忘れ物。」
そう言いながら一ノ瀬さんが持っていたのはビールの缶だった。
「本当にいい家ね。」
「まあな。」
「くぅー。夜風、風呂後、雰囲気。全て完璧でもやっぱりビールは不味い。」
「そうか?思っていたよりも不味くないな。」
美味しいとは言えないが不味くもない。少し苦くちょっとクセになる不思議な味だ。
「銘柄違うからかも。ちょっと貰うよ。」
そう言って無理やり缶を交換してきた。
こんな事で戸惑っていたらまた馬鹿にされる。なので普通に飲むと、このビールは苦かった。
「やっぱりね。ビールってすごく差があるのね。」
そのまま、俺のビールを飲む一ノ瀬さん
「おい。」
「チッ。」
「じゃあじゃんけんね。私が勝ったら零士くんは不味い方のビールを飲む。私が負けたら、一枚脱ぐ。どう?」
「……やる。」
明らかにこっちが不利だが、ゲームに託けてそういう事をする。少しだけ興味が湧いてしまった。
「じゃあじゃんけん……
結果は俺が一度勝ち靴下の片方を脱がせて、二度目で敗北。ビールは俺が飲むことになった。
男の純情を弄び、苦いビールを辛そうな顔で飲む俺を見て一ノ瀬さんは馬鹿ねと言い満面の笑みを浮かべていた。