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狭い狭い世界の中で  作者: 馬子娘
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プロローグ

プロローグ

 大学生、それは日本に生きる殆どの者にとって最後の学生生活であり、人生で一番自由な時だ。

 恋に友情、金に酒にタバコ、様々なモノの制約がなくなり、バイトにサークル、選択講義、慈善活動など世界が段々と広がっていく。

 そして、縛る者はなくなる。


 その中である者は破滅し、ある者は成功し、ある者は成長し、またある者は停滞する。


 俺は停滞している者だ。

 サークルに入ったがノリについていけずやめ、居酒屋のバイト入ったがノリについていけずやめた。

 そして、現在ロクな人間関係は構築せず趣味もない。成長も堕落も何もしない。ただ現状を進み続ける。

 大学1年目も後半に迫る中、友達の1人もいない俺はきっとこのまま大学生活を終えるのだろう。





 3限。昼食の時間が終わり講義部屋に少しずつ人が集まって来た。

 次はドイツ語だ。他の学科と合同の授業のため見慣れない人が見える。


「ねぇ、代変頼んで良い?」

 話した事のない金髪の女子が突然話しかけて来た。おそらく他学部の生徒だろう。


「分かった。」

 下手に荒波を立てる必要は無い。この講義の出席は回ってくる紙に名前と学籍番号を書くだけだ。何の面倒もない。


「じゃ、これよろしく。」

 そう言い、学籍番号と名前の書いた紙を机の上に置くと忙しそうに去って行った。


 名前は…一ノ瀬ヒメか。まあ、多分二度と関わる事のない人だ。覚えておいていても仕方がないだろう。





 今日は久しぶりに父と食事をする日だ。

 俺が5歳くらいの時、母は死んだ。そして、3年前父は再婚した。

 新しい母も結婚は二度目で連れ子がいた。

 別に特別仲が悪いわけではない。しかし、良い訳でも無い。故にただ、何処か気まずい。そんな思いから俺は家を出た。


 しかし、俺の生活を心配して時折今日のように父と2人で食事をする。



 父とは世間話や近況の話などをする。

 父は仕事が忙しく、今まで俺の世話をしていたのは全て家政婦さんだ。だから、仲は顔見知り程度であり、会話もあまり弾まない。

 まあ俺も父も口下手というせいもあるのだろうが。


「トイレに行ってくる。」

 そう言って離席する。


 すると、見知った顔の女性がおじさんと腕を組み歩いていた。思い出そうとその2人を見ていると、女と顔が合った。


 思い出した。一ノ瀬ヒメ。今日、代変を頼んできた人だ。


 女性が気まずそうに目を逸らす。

 その姿に何か勘づいたのか男が話してくる。


「私の連れに何か用かね?」

「顔見知りに似てたのでつい。気のせいだったみたいです。」

 そう言って横を通り過ぎる。別に一ノ瀬さんが何をしてようが興味はない。

 顔見知り、顔をそれぞれが知っている程度の関係だ。




「じゃあ、またな。」

 車に乗る父がそう話してくる。


「また。」

 俺も父も車で来ている。

 車は便利だ。買い物にも外出にも使える。それに、車に乗り音楽をかけると少し自分が大人になったと思える。洋楽は特に良い。

 つまらない現実を面白くなったと勘違いさせてくれる。


「へぇ、あんた車持ってたんだ。」

「二瀬さんだったか?」

「一ノ瀬よ。一ノ瀬セナ。」

 2択だったのだが外したみたいだ。


「今日のこと誰にも言わないで。」

「パパ活のことか?」

「……そう。」

 分かった。そう言おうと思ったが、口が止まった。こんな体験滅多にできるものではない。


「俺にもパパ活を体験させてくれたら誰にも言わない。」

「……最低…でも、分かった。あんたもこんな気持ちの悪い事言ったなら人に言えないだろうしね。言っておくけどパパ活ってえっちな事はしないから。」

「分かった。」

「……じゃあ、今からでいい?別の日に態々時間空けるのなんて面倒だし。」

 そう言うと、慣れた手つきで俺の車に乗った。


「言っとくけど変なところに連れて行こうとしたらすぐ通報するから。」

「パパ活がどこに行くか知らないんだけど、何処が一般的なんだ?」

「そうね、やっぱりディナーが多いけど今食べたばっかりだし、バーとかはあんた興味ないでしょ?」

「興味はある。だけど運転しているからな。」

 バーはお酒をカッコよく飲むところだと認識している。だから今行っても何も意味がない気がする。


「車持ちの人でもよく連れてってくれるけどね。」

「酒飲めないのに楽しいのか?」

「お酒とかお店のうんちくを聞かせて楽しむの。知識自慢みたいなもんよ。」

 自慢できる知識なんてないし、バーに行ってもそんなに楽しそうにも思えない。


「もう、適当にカラオケでいい?偶にあるし。」

「分かった。」

「じゃあ、場所も決まった事だし、パパ活してあげる。」

 そう言うと、先ほどの不機嫌そうな顔は何処かにおいやって、キャルンとでも効果音のなりそうなほど目を輝かせて体を押し付けて来た。


「今日はカラオケ連れてってくれるんでしょ!最近行ってなかったんだ!!ほんとに楽しみっ!」

 一ノ瀬さんは気持ちの悪い笑顔を浮かべ、猫撫で声を出す。


「……何、その顔。」

「なんか、すごく気持ち悪かったから。」

「あー!もうやめやめ。あんたもパパ活なんかさせても楽しくないでしょ?」

 確かにそうだ。思っていたほど良いものではなかった。やはり人には向き不向きがあるらしい。


「駅まで送った方がいいか?」

「解散でいいの?」

「パパ活が合わなかったんだ。仕方ないだろ。」

「ふーん。」

 薄目でこちらを見てくる。何を考えているのだろうか。


「家まで送ってよ。少し変なだけでそんな悪い人じゃ無さそうだし。」

「いや、家までは面倒だ。」

 どうやら、俺が駅までと言ったのは配慮だと思われていたらしい。残念ながら違う。


「……友達いないでしょ。」

「よく分かったな。」

 何も考えず思ったことを言うようになってから友達が1人もできない。残念ながら俺の素の性格は人受けが悪いらしい。


 その時、ピコンと女のラインが鳴った。


「あ、、今日までの課題忘れてた…」

 現在は21時今から急いで帰ったら間に合うだろう。


「ねぇ、私の家ここから2時間かかるの。パソコン貸してくれない?」

「デスクトップパソコンしか持ってない。」

「……仕方ない。それ使わせて。この講義、課題が採点の90%だから提出しないとやばいの。」

「分かった。」

 どうせ帰る予定なんだ。家に連れて行くくらい何も問題ない。


「なんで、そんなに成績を大事にするんだとかなんでパパ活するんだとか聞かないの?」

「じゃあ、それを聞こう。」

「……あなたって人に興味ないの?」

「ある。」

「じゃあなんで何も聞いて来ないの?」

「重い話をされたら何て返せばいいかわからない。パパ活も学業も何か事情があるんだろ?」

 少し話した感じだが、一ノ瀬さんは多分真面目な人間だ。それがそのような事をするということは何か事情があるのだろう。

 お金がなく忙しく学業が追いつかない。地雷の気配しかしない言葉たちだ。



「意外と気の使えるいいひとなのね。友達はいないけど。」

「最後のは余計だ。着いたぞ。」

 俺の家はマンションの最上階だ。オーナーが父の知人らしく格安で提供してくれているらしい。



「……もしかして、一人暮らし?」

 家に入った事でやっと気付いたらしい。


「帰るか?」

「いや、ここで課題をやらないとやばい。それにあんたが少しは大丈夫な人だって分かって来たし。」

「ほら、パソコンはこっちだ。」

 そう言って案内する。


「へぇー読書家なのね。エロ本とかある?」

「そういうものは全て電子だ。」

「そうなんだ。面白くないの。」

「パソコンはあの部屋だ。自由に使ってくれ。俺は向こうで本読んでるから。」

「分かった。ありがとう。」

 初めて家に女を入れたが案外何も感じないものだな。



 一ノ瀬さんが家に来てから1時間、一ノ瀬さんはウーウーと唸り声を上げていた。

 そのうるさい声に顔を向けると、目が合った。そして、一ノ瀬さんは声を出した。


「ね、ねぇ、助けてくれない?」

「…どんな課題なんだ。」

「文化遺産の中で1000年〜1500年前の間に造られた建造物群を探して、その特徴を答えるのを3つって課題なんだけど。全然見つからなくて…」

「分かった。」

 それから、携帯で俺もその特徴が当てはまるものを探す事にした。


「間に合ったっっっ!!」

 時刻は11時間36分、すごくギリギリというわけでもないが、なんとかそれなりの完成度のものを完成させ提出した。


「ありがとう。ほんとに助かったよ。」

 少し疲れた表情で笑顔を見せるその顔は少し綺麗だった。


「じゃあ、お疲れ会として乾杯でもしようか。」

「俺らまだじゅうは「私たちはもう大学生だよ?」」

 そういうものなのか。


「ていうか、泊まるつもりか?」

「終電ないし、それに片道2時間だけど送ってくれる?」

 帰りは4時か。勘弁してくれ。


「じゃ、酒買いにいこっか。」

 慣れた手つきで俺の手を取り外へ飛び出した。


「真面目ね。酒飲んだ事ない?」

「ないな。」

「そっか、じゃあお姉さんが大人の世界を魅せてあげるよ。」

「俺と年変わらないだろ。」

「何月生まれ?」

「3月」

「なら、私、4月だからお姉さんだね。」

 深夜テンションというやつなんだろうか。無駄に一ノ瀬さんが元気だ。

 それから一ノ瀬さんが美味しいという酒を買った。サワーにジュースにウォッカ、割り勘かと思ったら全て俺が払うことになった。おかしい。


「ほら、サワーは今。」

 買い物袋から2本取り出すと一本は自分で取り一本は俺の頬に当てて来た。


「どう?」

「…そんなに美味しくないな。ジュースの方が好きだ。」

 ジュースに余計なものが入っているそんな味だった。


「これが良くなるのよ。それに酔うって事が重要なんだから。嫌な事も、楽しい事も少しの間だけ全部忘れて良い気分になれる。」

「嫌な事ってなんだ?」

「もしかして、もう酔った?」

 酔ってないっっ!!



「まあ、いっか。私片親なの。その上低所得。つまり金が無いのよ。」

「2人家族でやっていけない程なのか?」

「普通だったらやっていけるわ。でも母親はギャンブル、酒、タバコ全部好き。その上最近ホストにもハマりそう。もう給料日の次の週には貯金はほぼ無くなってる。」

 そう言って力なく笑う。


「高校の時のバイトの給料なんて親に取られすぎて時給100円くらいだったのよ。」

 それは可哀想だ。


「だから、私は大学卒業したら家を出るの。そのために今出来るだけパパ活で金を稼ぐ。今の家の中にいたら働いても給料全部使われるのは目に見えているし、ちゃんとした口座に入るバイトをすると高校の時の二の舞だからね。」

「意外としっかりと考えているんだな。」

「意外とは失礼ね。」

 もっと何も考えずブランドもの買えるやったーとかいう思いでパパ活をしていると思っていた。



「で、次は私の番。なんであんたそんな性格なの?」

「生まれつきだ。」

「うっそだー。」

 そう言って俺の肩を叩き大爆笑する。


「そんな性格もあるんだな。」

 もっと大人しい性格だと思っていた。


「まあね。これも私。酔った私。どう、可愛い?」

 肩を組んだような状態で、鼻と鼻がくっつきそうな距離でそう話して来た。


「あ、照れた。」

「うるさいっ!!」

 無理やり肩を掴む手を離す。


「あはははっ!可愛ぃ!あんた酔うと少しは感情出せるじゃん。酒っていいでしょ?」

「……そうかもな。」

 初めてお酒を飲み。ほんと少し、お酒の魅力が分かった長く楽しい夜だった。

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