蟲毒の真実。
「君は、蟲毒を知っているかい?」
「ええ、まぁ」
運転席の男に話を振られ、僕は頷いた。
男の名前は、椎名かをる。
母の姉の家の、お嫁さんの従兄弟の息子だかの、それ、ほとんど他人じゃん、という遠い親戚だ。
民俗学の准教授らしく、フィールドワークの助手が欲しいと、僕にお声がかかった。
休みの日は、友人達と協力してクエストを進めるつもりでいたのだが、大学生なんてヒマでしょ、と伯母が勝手にOKを出してしまったのだ。
……さすが、あの母親の姉だ。
「虫を共食いさせて、呪うんですよね?」
壺に虫を入れて共食いをさせ、生き残った一匹を使役して、憎い相手を呪い殺すといった方法だ。
「うん、まぁ、そんな感じかな」
もしかして、助手としての知識を試されているのだろうか。
助手といっても、雑用係みたいなものだから大丈夫と聞いていたのに。
「虫に限らず、犬や猫を使う場合もあるらしいけどね」
「……そうなんですか?」
一瞬、想像して気分が悪くなってしまった。
「思うんだけどねぇ」
「蟲毒ってのは、ちょいと有名すぎやしないかい?」
「え?」
僕は、色素の薄い横顔を見つめた。形のいい唇が、皮肉げな笑みを浮かべている。
「人を呪い殺す方法なんて、普通は人に教えないものじゃないのかな」
言われてみれば、そうかもしれない。
人を呪い殺す方法を、他人に教えるなんて普通ならありえない。
「都市伝説みたいに、噂が広まった、とか」
「なるほど」
そういう考え方もあるかもね、と椎名さんは頷いた。
「だとすると、噂が広まる間に、もっとバリエーションが増えてもいいはずだけどねぇ」
「……」
ダメ出しされているのか?
「あまりに、正確に広まりすぎてやしないかい?」
「えーと、どういう意味ですか?」
「つまりね」
ふふ、と短く笑って、椎名さんは言葉を続けた。
「誰かが、意図的に蟲毒の方法を広めたんじゃないか、と僕は思っているんだよ」
「……は?」
「人を呪わば穴二つって、聞いた事があるだろう?」
……話が飛んだな。
「人を呪う時は、自分の墓穴も用意しておけってやつですよね?」
つまり、他人を呪ったら、自分にも返ってくるという警告なのだろう。
「あれは、そのままの意味なんじゃないかと思っていてね」
「そのまま?」
「お前は死ぬよ、という意味」
弾むような声で、椎名さんは言った。
……何で、そんなに楽しそうなんだ。
「蟲毒に関しては、ずっと疑問だったんだよ」
信号で止まり、椎名さんは僕の事を真っ直ぐに見つめてきた。
日本人らしくない、薄い茶色の瞳に、妙な居心地の悪さを覚えた。
「虫にしろ、動物にしろ、自分をひどい目に合わせたやつの指示に従うと思うかい?」
「それは、あの、正しい方法で呪えば……」
正しい呪い方って、なんだよ。
思わず心の中で突っ込んでしまった。
信号が変わり、車は再び走り出した。
「そうかもしれないね」
だけど、と椎名さんは言った。
「それが正しいって、誰に分かるんだい?」
「……」
多分、誰にも正解は分からない。
「だけど、そんな惨い殺され方をされれば、殺した相手を恨んで死んでいくだろうという事は、想像がつく」
「確かに、そうですけど……」
「僕は、こう思っているんだ」
とんとん、と人差し指でハンドルを軽く叩いた。
「蟲毒というのは、それをした人間を呪い殺すための方法なんじゃないか、ってね」
「え……?」
つまり、相手ではなく、呪った本人が殺されると言いたいのか?
「そっちの方が、腑に落ちないかい?」
「いや、それは……」
反論するだけの材料が、僕にはない。
「でも、何のために?」
もし、そうだとしたら、何のメリットがあって、そんな噂を広めたのか。
「さあねぇ」
椎名さんは首を傾げた。
「自分の手の上で踊る人達を見て楽しんでいたか、誰か死んでほしい人がいたのか」
「そんな……」
「もしくは、自分の目的のためなら、どんな惨い事もやってのけるようなやつは、死ねばいいとでも思っていたか」
「……」
ナビが、目的地に到着した事を告げた。
「いろいろ言ったけど、僕が勝手に思っている事だから、あまり気にしないで」
証明する方法もないしね、と椎名さんは笑った。
「……」
もし、証明する方法があるのなら、この人はそれをするのだろうか。
「荷物をおろしたら、君には穴を掘ってもらおうかな」
「は!?」
ぎょっとする僕を見て、椎名さんは声をあげて笑った。
「冗談だよ」
……タチの悪い冗談だ。
「君に何かあったら、あの叔母さんに僕が殺される」
確かに。
生きている人間の方が怖い、っていうのは、こういう時に言うのかもしれない。
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