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 無事? そんなわけないだろう、と俺は心の中で悪態をついた。


 クラスメイトたちが逃げ惑った所為なのか、机や椅子はほとんどが横転しめちゃくちゃだった。黒板や壁は血の色に染まり、辺りからは噎せ返るほどの異臭がした。

 腹を重点的に撃たれたのか、内臓をぶちまけている者がいた。口を大きく開けて、今にも喋り出しそうな死体が横にある。

 誰もが目を見開いて訴えかけていた。助けてくれ、と。


「どうして、こんな……」


 吐き気と苛立ちでどうにかなってしまいそうだった。つい数十分前までは、確かにみんな生きていたのだ。しかし今は俺以外の全員が死んでいる。


「――どうしてこんなことしたんだよ!」


 自分の口から怒号が放たれたことに、驚きはしなかった。しかしレイラの方を見てみると、彼女の瞳には僅かだが動揺が浮かんでいるような気がした。


「ここにいる人間はみな、エイリアンに寄生されています」


 小さく、聞こえるか聞こえないかの声で、レイラが言った。


「たいていのエイリアンは、擬態型か寄生型に分かれます。擬態型のエイリアンは、数は少ないですが、人類の脅威ともなる力を秘めています。今はまだ大人しくしているようですが、動き出すのも時間の問題でしょう」


 この少女が何を言っているのか、俺にはわからなかった。


「そして寄生型のエイリアン、これが厄介なのです。寄生型のエイリアンは力こそないものの、人間の脳を支配することで、内側から地球を侵略しようと企んでいるのです。繁殖力が高く、人が人と唇を重ね合わせる行為、つまりは接吻だけでも容易く寄生してしまいます。寄生型のエイリアンは一人の人間におよそ一万匹生息しており、そのため、一度寄生されてしまえば助かる方法はありません。少なくとも私には不可能な話なのです。しかし事前に阻止することは可能なのです。ハヤト、あなたにはあなたが寝ている間、私が薬を投与しておきました。ですから心配はいりません――」

「そうじゃ、ねえよ……」

「……はい?」

「どうしてこいつらを殺したんだって訊いてんだよ!」


 俺は明日香の遺体をその場に寝かせ、立ち上がると、レイラのことを押し倒した。抵抗されると思ったが、彼女は意外にもされるがままだった。

 衝動的に俺の手は彼女の首に伸びた。その華奢な首回りを、容易く折れてしまいそうなそれを、自分の手で思い切り絞めていく。人間のような首をしていた。レイラの口ぶりからすると、彼女は機械だったはずなのに。温かく、脈を打っているようだった。


「事前に阻止できたなら、こいつらを助けてやることだってできただろう」

「盲点だったのです」レイラは仰向けの体勢で、俺に首を絞められたまま、それでも無表情に言った。「私はハヤトの死因を知りませんでした。おそらくは、ここにいる人間に寄生していたエイリアンが、あなたに寄生したのでしょう。とはいえ、三日前までは、ここにいる人間たちにも、エイリアンは寄生していなかったのです。寄生経路はわかりませんが、昨日と一昨日の、そう、週末に寄生されたと考えるのがいちばんかと」


 俺の手から、段々と力が抜けていく。

 そうだった。確か週末は、ここの近くで大きな祭りが開催されていたのだ。俺は行くことはしなかったが、そこで寄生されたと言うのなら、おそらくはこのクラス以外の人間にもエイリアンは寄生している。レイラは、そいつらも殺しに行くのだろうか。


 俺が彼女の上から退くと、その答えは簡単に聞けた。


「そもそも私は、あなたを守るために、未来から馳せ参じたのです」


 レイラはすくりと立ち上がると、床に落ちていた機関銃を手に取り、俺を見下ろした。その首筋には、俺の手の痕がくっきりと残っていた。


「他の人間も守れという命令はされていません」

「そうかよ」と俺はぶっきらぼうに言った。

「ただし――」

「……あ?」

「その依頼主はすでに死んでいます。私は今、ハヤトを守るという何の権限もない命令のもと、行動しているのです」


 俺は目線を上にあげた。


「なにが、言いたいんだよ」

「ハヤトが他の人間も守れと言うのならば、もしかすると私は、その命令を聞いてしまうやもしれません。……ということです」


 レイラはじっと俺を見つめていた。彼女の中にどんな心境の変化があったのかはわからない。ただ、やけに人間らしいことを言う、と俺は思った。


「ハヤト。あなたは生きたいですか、それとも、死にたいですか」


 割れた窓から吹き込んできた風が、レイラの金色の髪をささやかに揺らした。


 俺が今、死にたいと言ったなら、彼女はきっと俺を殺してくれるだろう。苦しまないように殺してくれ。そう言えばそれを実行してくれる。


 だけれど果たして、俺は今、死にたいのだろうか。


「十年後、私たち人類はエイリアンの家畜です」


 思い出したかのように蝉の音が聞こえだした。冷え切っていたはずの教室に、夏の熱気が入り込んでくる。


「生存競争に負けたと言えばそれまでなのでしょう。しかしその先に待っているのはただの絶望です。人間には、一人一人に番号が割り振られます。そして名前というものを剝奪され、廃れた工場施設で繁殖を強いられるのです。繁殖というのは性行為に他なりません。ただ、それは愛し合った者同士で行うものではなく、適当に割当てられた者同士で行う野蛮なもの。……そう、それは養豚場と何ら変わりはないものなのです。エイリアンの好物である人間は、たっぷりと肉をつけられ、加工され、その食卓へと運ばれてゆくのです」


 レイラはそこで言葉を区切ると、太陽の逆光を浴びながら語り掛ける。


「さて、それでもあなたは、生きたいですか。これといった未来の残されていない、この理不尽な世界で」


 俺はそばにあった明日香の手を握り、降り注ぐ陽光に目を細めた。


「そんなの決まってるだろう」


 答えはすでに、決まっていた。


「生きたい。……きっと、俺はまだ、死にたくないんだ」


 何も成せずに死んでしまうことが怖かった。このまま終わってしまうことが嫌だった。吐き出される言葉は単なる臆病者の方便でしかないけれど、それでも俺は生きたいと願っている。


「そうですか」とレイラは言った。


 その表情は影になっていてあまり窺えなかったけれど、心なしか笑っているような気がした。


「それならば、もう一度、申し上げておいた方がよさそうですね」


 レイラはそう言うと、青色の瞳を一度閉じ、それからゆっくりと開かせた。


「私は追従人型殲滅機、レイラ・オルタナティック・バースト」


 ある者に従い、ただ人型の生き物を殲滅するためだけの、意思のない機械。


「あなたを守るために、未来から馳せ参じました」




 

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