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 物騒な名前を持ったレイラという少女は、ここ一週間、俺の家で炊事や洗濯をしている。最初こそその光景に不快感を覚えていたものの、今ではもう何の抵抗もない。むしろ一人の家政婦が見返りもなく働いてくれているという感覚だ。


 慣れてしまえば、レイラは家事が得意というだけの、どこにでもいる普通の女の子のように思えた。無口だが食事もするし、風呂にもたっぷりと浸かる。深夜にテレビを観ることもあれば、可愛らしい寝息を立てて昼寝をするときもある。

 

「私がこうやって人間らしく生きることで、あなたに安心を与えているのです。そう、ハヤトは不安を感じなくてもいい。これでも周囲の警戒は怠っておりませんので」


 どうにも信じがたいが、嘘を言っているようにも思えなかった。

 いくら隙をついてエイリアンのことを訊きだそうとも、彼女は頑なにぼろを出さない。まるであらかじめすべての質問に対し答えが用意されていたかのように。

 それだけのことを、まだ小学生ばかりの少女が実行できるというのだろうか、と俺は疑問に思った。事実を口にするのは簡単だ。しかし自分の想像を人に語り続けることはひどく難しい。


 もしもレイラの言葉が、すべて真実だったと仮定した場合の話だ。

 そうなれば姉さんに事実確認をするのがいちばん手っ取り早いことなのかもしれない。しかしこの時代の姉さんがその事実を知っている根拠はないし、彼女に接触することで過去を改変してしまう恐れもある。予定よりも早く死なれては困るのだ。

 

 そう、確か姉さんは、レイラを製造した次の日に死ぬ予定なのだ。

 それまでの間、俺が生きていればおそらくは何の問題もない。真実は自分の目で確かめればいいだけのことだった。

 まずは自分が生き残ることを考える。一週間後、そこが分岐点になるはずだ。


 しかし、だからといってまだ完全に信じ切ったわけではない。だってそうだろう? この奇想天外な話を受け入れてやることの方が、無理な話というものだ。


 すべてはあやふやな仮定のもとに成り立っている。



※ ※ ※ ※



「なあ、俺を守るっつったって、さすがに四六時中ついてこなくてもいいんじゃないか? 俺が殺されるのは、明後日なんだろ?」


 日曜日、ショッピングモールをひた歩く俺は、隣にいるレイラに言った。


「だめです。明後日と言っても、この先に訪れるだろう事象のすべてが、あるいは不確定なものなのです。何かのきっかけで時期が早まってしまう恐れも、なきにしもあらず……」

「ただ単にアイスクリームを食べたいだけじゃなくて?」

「アイスクリームはついでです」

「俺の金だけどな」


 レイラはぺろぺろとアイスクリームを舐めていた。

 俺は溜息をつくと、目的の場所であるアクセサリーショップに入った。


「髪飾りですか?」


 そう訊かれたので、俺は素直に答える。


「誕生日プレゼントなんだ。彼女への」


 俺には付き合って三年になる恋人がいた。ここ一週間の間はレイラがいたので通話はしていなかったが、毎日のように連絡を取り合うほど良好な関係は築けている。


「プレゼントは、いつお渡しになるのでしょう」

「明日の放課後だよ。帰り道で渡そうと思ってる」


 俺は恥ずかし気に頬をかいた。

 ただ、最近は監視という名目で、レイラが学校の校門の前で俺を待っている。周りには妹として通しているが、だとしても恋人との二人きりの時間を邪魔してほしくはなかった。


「だからさ」と俺は口にする。「せめて明日だけは二人きりにさせてくれないか?」

「構いませんよ。私は別に、あなたの隣にいなければあなたを守れないというわけではありません。遠くから危険を察知することも可能なのです」

「ほう、それは頼もしい」


 感心したような俺の言葉に、「そうなんです」とレイラは誇らしげに肯いていた。ショッピングモールを出ると、むさ苦しい夏の匂いがした。



※ ※ ※ ※



 月曜日、六限目の授業は国語だった。俺は廊下側の四列目の席に座り、恋人の林道明日香りんどうあすかは、窓際の三列目の席に座っている。俺たちは授業中にもかかわらず、机の下に携帯を隠し、メッセージのやり取りをしていた。

 周りはそれを気にも留めない様子だった。クラスメイトたちは欠伸を嚙み殺していたり、意味もなく天井を見上げていたり、机に突っ伏して寝息を立てていたり、それぞれの世界に浸っている。


 廊下側のいちばん前の席では、教科書を広げた女子が、太宰治の「富嶽百景」をひとり立って朗読していた。つらつらと並べられる言葉の羅列は、静やかな教室に子守歌のようなやわらかい音を奏でる。


 携帯が振動した。「ところで、今日の放課後は、いったい何をしてくれるの?」というメッセージが送られてきていた。

「まだ秘密だよ」と俺は返信した。


 明日香の方を見ると、彼女は膨れっ面を浮かべて俺のことを睨みつけていた。しかし俺が「あとちょっとの辛抱だから」というメッセージを送ると、すぐに口元を緩めるのだった。

 

 じいじいと蝉の声が聞こえる。半径二メートルばかりの教室の端と端で、俺たちは確かに通じ合っていた。澄み切った青色の空には真っ白い入道雲が湧いていて、その窓枠の外に広がる風景を背後に、明日香は俺に笑いかけていた。


 こんな時間がずっと続けばいいのに。ずっとずっと、続いてしまえばいいのに。そう思って俺も笑いかけ、続いていた朗読が最後の一文へとついに差し掛かった――そのときだった。


 何の前触れもなく、彼女の背後にあった窓ガラスがはじけ飛んだ。

 先程までなめらかに朗読していたはずの少女の声が途端に乱れ、教卓の前にいた教師が慌てて振り向き、そしてその甲高い音を聞いた生徒たちが、一斉に視線を集中させる。


 ドタン、と誰かが倒れる音がした。滑るように放り出された携帯が、床の上で物寂しくメッセージ通知を映し出している。


 俺は息を呑んだ。一瞬何が起こったのか理解できなかったが、しかしそこに倒れ伏しているのは、やはり俺の恋人である、林道明日香そのひとだった。ガラスが散乱した床に額を擦りつけ、彼女は頭のどこからか血を垂れ流している。


 おそらくはその所為だろう。


 次の瞬間、教室内に、耳を切り裂くような悲鳴が響き渡った。

 

 

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