7話 お隣さんはやっぱり乙女でした
俺は部活動に入っていないため、毎日の運動不足が自分の中でとてもすごい問題になっていた。
「はぁ、はぁ。やっぱり階段は疲れるな…」
俺は、運動不足について、考えた末にある一つの結論に至った。それは、行き帰りは階段を使うということだった。
「なんだか今日は長い気がするな…」
何に疲れたのかは分らないが、非常に足が重い。
そんな感じでのそのそと階段を上がった俺は、部屋に向かって歩いた。
すると、俺の部屋に続く廊下に見知った顔があった。
サラサラな黒く長い髪に、思わず見とれてしまいそうになる綺麗な顔立ち。そう、俺の『元カノ』にして今のお隣さんの志水朱音だ。
少し近づいてみると、困った顔をしていて、何かを探しているようだった。
「あれ?確かにここに入れたはずなんだけどな……」
あぁ、なるほど。確かに部屋の前で探し物と言ったら鍵くらいだな。
うーん。どうしたものか……。
探し物はかわいそうだけど……面倒ごとはなぁ…。
俺は昔から面倒ごとが嫌いだった。
いや、違う。嫌になった。
昔というのは、具体的に小学生のころだ。
俺は何か取り柄があるわけでもない極々普通の小学生だと思っていた。というかそうだった。
極々普通の学生生活を送っていて、友達と休み時間にサッカーをして遊んだり、放課後に公園でキャッチボールをしたり、本当に普通に学生生活を送っていた。
変わったのは小学5年生のころだった。
このころと言えば、誰が誰を好きだと言う話をし始めたり、周りでちらほらカップルができ始めたりしていた。
そのせいだった。そのせいで事件が起きた。
それは秋ごろに行った林間学校の時だった。
まぁ林間学校と言えば、夜の恋バナだと思う。それが何を意味するのかは分かると思うが、そう言うことだ。
俺はまぁ、その……少しだがモテた…………らしい。
俺がモテるということを、面白いと思わないやつがいたとかではなかった。というか、みんな「すげぇー」とか「いいなぁー」とか、そんなことしか言っていなくて、いつも通りに接していてくれた。
もちろん気をつかってとかではなくて、本当にいつも通りにしていた。
そう。女子の方に問題があった。
うちの学校の女子は、二大勢力となっていた。その二大勢力の両トップが俺のことを好きだった……らしい。
そのせいで、アピール合戦になった。
「私とお話ししましょう?」「ねえねえ今日うちに来ない?」
こんなことを毎日の休み時間、放課後に俺に話掛けてきていた。
初めのうちは、流す感じでどうにか対処できていたのだが、だんだんとエスカレートしていって、俺は常に女子に、特にリーダー的な存在の二人とその取り巻きに囲まれていた。
そのせいで、徐々に友達が近づけなくなっていった。
こうして俺は、友達と遊ぶことができないまま小学校を卒業した。
中学校に上がっても、状況が好転することは無かった。まぁ少し考えれば分る話なのだが、中学校はいくつかの小学校が合体してできるので、むしろ悪化した。
他の小学校のリーダー格の女子までもが俺に好意を寄せていた…らしい。
そんなときに一人だけ俺にしつこくまとわりつくことが無かったのが、俺の初めての彼女にして元カノ、そして今の好きな人でお隣さんの志水朱音だ。
朱音は女子にも男子にも人気がある、言わば俺にとっての高嶺の花だった。
そんな彼女に一目惚れしたことは、言うまでもない。
俺は朱音と仲良くなりたくて、積極的に話しかけた。そのおかげなのかそのせいなのか、次第に女子からの猛烈なアピールは極端に減り、俺は徐々に男友達も増えていった。
そして、二年生に上がった4月。俺と朱音は付き合い始めた。
だから何だと言われるかもしれないが、俺はずっと面倒ごとに付き合わされていた。だから、もう面倒ごとはこりごりなのだ。
羨ましいとか自慢とか、そういうのは言われても仕方ないと思っている。それに、俺も初めのうちはそこまで嫌ではなかった。
ただ、少し考えてほしい。男友達と遊べない日々、好きでもない女子に振り回される日々。君たちは耐えられるか?残念ながら、俺は耐えられない。いや、耐えられなかった。
だから、俺は面倒ごとが嫌いなのだ。
でも、俺を救ってくれた朱音だしな…。鍵を探すくらいなら…いいかな?
いや、いいだろう。
「何してんだ?朱音」
「へ?」
俺が朱音の元まで歩いていき声を掛けると、朱音はとても可愛い声を上げた。
正直、元カノでもいいから自慢したいくらいだ。
「もしかして、鍵でもなくしたのか?」
俺は分らないという様子で聞いてみた。
「そ、そんなわけないでしょ」
朱音はてんぱり過ぎて、キャラじゃない口調になっていた。
「なら何で玄関の前で鞄をあさりながら『あれ?確かにここに入れたはずなんだけどな……』なんて言ってるんだ?」
「……」
俺がそう言うと、朱音は恥ずかしいと言わんばかりに顔を真っ赤に染めた。恥ずかしがる朱音は、普段見れない分、一層可愛い。
「図星だな」
俺は「ドヤァ」と言う効果音が出そうな顔で言った。
「見てたの?」
朱音はさらに恥ずかしくなったのか、目じりに涙を浮かべていた。
「うん」
「……」
何だか罪悪感を感じたので、本題に入ることにした。
「探すの手伝おうか?」
「……お願いします」
朱音は消えるような声で俺にそう言った。
「うーん。どこにあるんだ?鞄とか全部探したのにな…」
「どこだろ……」
俺たちは10分ほどかけて鞄やポケットの中をくまなく探したが、どこにも見当たらなかった。
見当たらないというか、鍵らしきものすらなかった。
「もしかして学校か?」
「それは無いと思うんなだけど……可能性はあるかも…」
俺はあえてある可能性を言わなかった。ただただ不安をあおるだけだと分かっていたからだ。
「そうか……」
「どうしよう…」
徐々に焦りが顔に浮かびだしていた。本当にかわいそうだと思うが、本当に無い。俺は探すことに最後まで付き合うくらいしかできない。
「やっぱり道端に……」
ついに朱音が禁句を口にした。「それを言っちゃ終わりだよ!朱音さん!」と言いそうになった。
「もしかしたら空いてるんじゃね?」
俺は咄嗟にその話だけは変えないといけないと思い、ほとんど可能性がないことを口走ってしまった。
「そんなわけないよ…」
冗談はやめてっていう感じで朱音がそう言ってきた。
「まぁ可能性だって」
「うん…」
俺もそんなことがあるとは思っていない。でも、少しでも可能性をつぶすことは最悪の状況を確定させるために必要なことだ。たとえ残念で残酷な未来が待っていようとも、それに目を背けてはいけないのだ。
「んじゃ失礼します」
そう言って俺が朱音の部屋の扉を引いたとき、
━━ガチャッ!
「「え?」」
扉が開いた。
思わず二人とも間抜けな声を上げてしまった。
「……空いてたね」
「……そうだな」
少し気まずい。どちらもそれだけは無いと思っていた。だからこそ気まずい。
「まぁ、でもよかったじゃん。鍵は玄関にあるみたいだし」
俺はこの気まずい雰囲気を何とかごまかそうと、話し出した。
「そ、そうだね。ありがとう」
「いえいえ」
俺は少しだけ期待をしていた。何かこう、あるあるみたいな感じの展開とか、そんな感じのことを期待していた。
が、そんなことはもうないようだ。
「よし。じゃぁ俺は帰るとしますか。まぁそう言っても隣なんだがな」
「うん。それじゃぁ……」
やっぱり期待はするものではないな…。外れた時に結構くるし…。
そう思ってあきらめかけていたその時だった。
「海斗君!よかったら今日うちで夜ご飯食べていかない?」
平然を装った口調で、緊張を顔に滲み出しながら朱音がそう言った。
俺はこの時、久しぶりに神様に感謝をした。
「いや、いいよそんなの。悪いし…」
俺は決まり文句を言いつつも、行きたい行きたい行きたい行きたいと、心の中では連呼していた。しかいし、朱音は必ずもう一度誘ってくれる。だって、朱音は昔から……
「お礼だと思って。あのままだったら私いつ家に入れてたか分からないし」
ほら、やっぱりな。
「……そうだな。確かに朱音の性格はそうだったな」
「え?」
朱音は不思議そうな顔をしていた。無理もないだろう。二人とも意識して昔の話は避けていたのだから。俺だってそうだった。
そもそもこの話をしてまた気まずくなるかもと思うと、怖かった。けど、一生避けていては俺はまた朱音と付き合うことができない。さっき覚悟を決めたばかりなのだ。
それに、俺を部屋に上げてくれようとしているところを見ると、もしかしたら朱音もまだ俺のことが好きなのかもしれない……。そうであってほしい。
俺はそう思うと、何でもないような口調で話した。
「だってさ。朱音ってそうだろ?貸し借りみたいなのが嫌いだからお礼は絶対にするってタイプだったじゃん」
「そうだね。それじゃぁ上がって。あんまり綺麗じゃないけど」
俺が話すと、納得したのか朱音は普段通りに戻った。
「お、おう。それじゃぁお邪魔します」
「どうぞどうぞ」
俺は緊張しながらもなんとか一歩を踏み出した。
私の作品を読んで頂きありがとうございます。
もし、この作品を
「面白かった」「また読みたい」「続きが気になる」
と思って頂けたなら、素直な気持ちで大丈夫ですので、下の☆から評価をください。
つまらなければ1、面白ければ5など、本当に気持ちで大丈夫です。
また、良ければブックマーク登録の方もよろしくお願いいたします。
感想等々お待ちしております。