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街の名はティルナノーグと呼ばれていた。
湾岸に港を構え、貿易で財を成せば必ず人と金が集まってくる。その例に漏れず王国最大規模を誇る巨大都市として名を馳せていた。
その巨大都市を取り囲む堅固な城壁は、怪物から身を守るための防波堤だ。その恩恵があるからこそ、人口3万人の市民は気兼ねなく商売に精を出せる。
新鮮な山海の珍味や異国の物品が、手練れの商人によって売り買いされ、貴重な鉱石が国宝級の職人の手で美しい装飾品へと生まれ変わり、思いつく限りの――否、想像を超える数々の娯楽が、世界の果てから訪れた旅人をもてなしてくれる。
絢爛豪華な常若の都――それがこの街の売り文句だ。年中春のような温暖な気候がその気風に説得力をもたらしている。
だが、身を守るために高い壁で隔絶したとしても、純潔を保てるというわけではない。どこかの穴を突いて怪物は必ず入り込んでくる。いや違う。怪物はもう街の中にいるのだ。
人間である。
そういった人間が入る施設は、総じて人に嫌われる。
例えば、罪人を鮨詰めにした刑務所とか。
よく刑務所は三食寝床があって生活が楽だと本に書かれるがそれは嘘だ。極端なカースト制度、厳しい監視と罵倒、とても人の世と思えぬ地獄が待っている。トイレに行くにも上の許可がいる世界だ。
そんなくすんだ建物に進んでいくのは、煌びやかな服を着た女性だった。
派手なピンクのコートにハイヒール。双眸を隠す遮光眼鏡。控えめに言って満艦飾だ。
パールピンクの口紅は明らかに塗りなれていない感があったが、背筋を伸ばして歩く姿はなかなか様になっていた。一本の線を歩くように内腿の筋肉を意識して歩くモデルウォーク。
しかし証書を看守に渡す時は、微かに指が震えていた。
それも当然だろう。何せ偽造品なのだから。
壁にかけられた蝋燭の明かりは頼りなく、手すりは老朽化で所々剥げていた。
ある檻の前で立ち止まる。
ここが目的地。独房だ。
「……あっちは上手くいってるといいけど」
祈るような声をあげて、リベルテは檻の鍵穴にキーを差し込んだ。