表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
The Tír na nÓg 〜ティル・ナ・ノーグ〜  作者: 佐藤つかさ
序章
2/222

1-2

 アイリスという名前は、ある妖精の名前らしい。

 妖精信仰の多いこの街ではよくある縁起担ぎだ。

 妖精には絶世の美貌を身に着けているものが多いが、幸いにも名前負けしない程度の顔立ちに恵まれた。

 同期の男子何人かは、コイツは俺に惚れている。そう述懐している。別の人からは綺麗だ美人だと褒めてもらったこともあるが、睨まれると怖いと泣かれる数の方が多かった。

 正直損だと感じる思い出が多い。ボーッとしているだけで怒ってると勘違いされるし、ある男からは、君の美貌は胃もたれするとまで言われた。肉か。

 

 それでもこの顔を嫌いにはなれない。母親似だと言われるこの顔を。

 母はどんな気持ちで父を見染めたのろう。二人はどんな家族を夢見たのだろう。

 その答えを聞けるのは、死んでまぶたを閉じる時だろう。それはきっと……そう遠くない未来。

 かと言って今まぶたを閉じているのは、別に答えをすぐ聞きたいとかそういうわけではない。

 

「眠い……」

 容赦なく突き刺さる朝の陽ざしが肌に刺さる。痛い。つらい。灰になる。

 若草の匂いを嗅ぎながらアイリスはのっそりと起き上がった。やはり野宿は体に悪い。

 

 だだっ広い草原に建てられた簡素な小屋。

 近くの水溜りを見下ろしてみると、うっすらとアイリスの姿が映し出された。

 

 腰まで届く長い髪は乱れている。細いけれど鍛えられた(からだ)。疲れてボロボロだなとアイリスは笑った。

 

 顔を上げると澄んだ青空が広がっている。昨晩の嵐が嘘のようだ。

 突風で小屋が壊れる危険があったからこそ、夜通しで守ってきたのだ。

 

 どこか遠くから龍の鳴き声が聞こえる。野良ではない。道が入り組んだ広大な都市で効率の良い交通便を構築するために、ドラゴンを飼育して移動手段にすることがあるのだ。

 しかし欠点がある。酷くやかましいのだ。

 にわとりが子守唄に聞こえるレベル。この騒音の中で二度寝できる奴がいるなら、その人はきっと人間じゃない。尊敬する。

 

 音圧で壁が震えている。振動で小屋が壊れないか、思わず祈る。世界を創造せし大妖精ニーヴに。

 幸い祈りは届いたらしい。

 

 何の前触れもなくドアが開く。

 出てきたのはアイリスそっくりの女の子だった。背丈も体つきも瓜二つ。

 ただし、よくよく見れば微妙な差異があるとわかるだろう。ポニーテールのアイリスと違って相手はサイドテールだし、顔立ちは綺麗というより可愛らしい。

 

 そのそっくりさんはボロボロのアイリスを見て、心底驚いた様子でこう言った。

「本当に外で寝たの? 嵐の中で?」

 妹――クラリス・リベルテは呆れている様子だった。

 だから答える。

 

「寝るときは止んでたよ」

 

「…………」

 クラリスは特に何か話しかけるわけでもなく、姉の隣に並ぶ。

 まるで鏡写しのような双子。

 容姿のささいな違いはあれど、二人はよく似ている。


「成功するかな?」

 甘い林檎のようなクラリスの声が空に溶ける。

「成功させるの」

 鋭い矢のようなアイリスの声が、大地をかすかに振るわせる。

 

 小屋の壁をアイリスは撫でる。

 

 これからやることは正義だ。

 これからやることは犯罪だ。

 

 二人は互いに見つめ合い、微笑んだ。

 

「やろう」

「うん」

 

 照りつける太陽は高く、風は涼しさを含み始めていた。木々の枝がのどかに揺れている。

 アイリスの朝は、そんなふうに始まった。


Starring 【人物紹介】


アイリス・リベルテ

Creator:緋花李さん

http://tirnanog.okoshi-yasu.net/characters/iris/


クラリス・リベルテ

Creator:緋花李さん

http://tirnanog.okoshi-yasu.net/characters/clarice/

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ