らしくない
時間は正午を過ぎた頃。地元までの道のりの内、三分の二を過ぎた辺り。
私と青葉は手を繋いだまま歩いていた。
あの一言以来、私達の間に会話らしい会話はない。
青葉が「水を飲め」など必要最低限のことを言い、私も「うん」と短く返すだけ。
どうしてそんなことになっているかと言えば、私が滅多に言わないようなことを言ったからだ。妙に、居心地が悪い。
お互いに何と声を掛けたら良いかわからず、事務的なやりとりしか出来ないでいた。
私がさっきの言葉を訂正すればこの落ち着かない気持ちも少しは改善しそうな気もする。
けれど、さっきの一言で青葉に意趣返しが出来たのも確かだ。
それ訂正するのはなんだか負けたような気分になる。
そうして悩んでいると不意に手を握る力が強くなったり、急に弱くなったりした。
もしかして私の手が汗ばんでいるのかも。自分では全く感じないけれど、そうだったら嫌だなとさらに落ち着かない気持ちになる。
「凪」
その時、ふと名前を呼ばれた。
「へあっ」
急なことで驚いて変な声を上げてしまう。
頬に熱が集まる。意識しているのに気づかれてしまったのではないかと恥ずかしかった。
青葉はふっと笑うと、示すように繋いだ手を持ち上げた。
「その、嫌じゃ、ないか?」
言い難そうに告げられた言葉。私は手と青葉を見比べた。
青葉は嫌ではないの。
聞こうと思ったが、喉がひりついて言葉にならない。
どういう意図で聞くのだろう。離して欲しくて聞いてきているのだろうか。
とにかく何か言わなければと口を開く。
「もし嫌じゃ無いなら、もうしばらく、こうしていたい……んだが」
すると、伺うように青葉がそう続けた。これまた言い難そうに。
鼓動が一つ、大きく脈を打つ。
何やらおかしな事が起きていた。常ならぬ状況に頭が混乱する。
あの青葉が縋るような目を向けてきている。常に泰然としていて、私の意見など聞こうとしないあの青葉が。
とりあえず落ち着こうと私は大きく息を吸った。
「べつに」
そして吐き出すと同時にそう呟いた。我ながらとても可愛げのない言葉。
言うのと同時に握った手を離して、位置を変えてみる。
手のひらと手のひらがぴったりと重なり合った。
そこからまた少しずらして、彼の指の間に自分の指を差し入れて、握る。
「嫌じゃ、ない」
青葉の手がびくりと震える。ふと見た顔が赤くなっていた。
きっと、私も人のことは言えないのだろうけど。
「そうか」
呟いた声はどこか弾んでいて、答えるように手を握り返される。
一度落ち着いたはずの鼓動がどくん、どくんと跳ねる。
握った手から伝わってしまわないかと不安になった。
「……らしくないな」
青葉がぽつりと呟く。
「そうだね」
素直に頷いた。
本当にらしくない。
隣で貴方が不安そうな顔をしているから、私は『大丈夫』と伝えたくなる。
もし、本当に世界が終わるのだとしても、私は――。
「凪」
思わず黙り込んだ私の意識を青葉の声が引き上げる。
その時、鼻先に何かが当たって弾けた。
「ん」
それが何かを理解したのはアスファルトに黒い染みがぽつぽつと広がるのを見た後。
重く垂れ込めた雲から、ついに雨が降り出した。
「あそこで上がるまで待とう」
青葉が指したのはこぢんまりとした商店のオーニングだった。
シャッターが閉まっているので、遠慮無く二人で駆け込む。
降り出したばかりだというのに雨が視界を覆い隠すのにそう時間はかからなかった。
「すぐ上がると良いが……」
苦々しく呟きながら、青葉が地面に腰を下ろす。
私もそれにならって隣に小さく体育座りをした。