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それはまるで

 青葉はバイクに必要な荷物を積んでいたらしい。着くなり「これを持て」と言われて大きめのリュックサックを渡された。


 青葉も同じものを背負っている。


 中には水と雨具、それから携帯食が入っているとのことだった。


「非常用に前から準備していたものだが、定期的に入れ替えているから期限は心配しなくて良いぞ」


 不安げな顔でもしていただろうか。青葉は励ますようにそう言う。


 的外れな言葉だったが、緊張をほぐすにはちょうど良い。私は口元が緩むのを感じていた。


「それにしても、良く二人分も用意してたね」


 背負うと少し重さが気になる。


 だが、入っている物の数を思うと少し重いで済んでいるとも言える。


 きっとバッグの方に細工があるのだろう。そういったものは高価だ。


 それを二つも青葉が持っている事に少しだけ驚いた。


 中身も、有事に備えてとはいえ二人分を常に用意するのは大変だということは想像に難くない。


 慎重な性格だから予備用として多く買っていたのだろうけど。


「……たまたまだ」


 青葉は苦虫を噛み潰したような顔でそう答えた。


「行くぞ」


 そして私の手を掴むと強く引いて歩き出す。


「ちょっ……」


 いきなりだったので足がもつれた。捻りそうにもなったけれどなんとか回避する。


 こういうことをされると高確率で足を挫く。それぐらいには反射神経が悪い。


 青葉は気付いているのかいないのか。そのまま歩き続ける。


 痛いとかもう少しゆっくりとか言いたいことはあった。けれど声を掛けられたくなさそうな雰囲気を醸し出しているので口を噤む。


 代わりに周囲に視線を向けてみた。


 アパートの駐車場。ありったけの荷物を車に積み込む男の人と、その隣に不安げな面持ちで立つ女の人、女性の足元にははしゃぐ幼い子どもの姿があった。


 きっと家族でどこかに出掛けられると思っているのだろう。


 その反対側には大通りへと繋がる細い道。二車線道路ではあるけれど、トラックやバスなどがすれ違おうものなら白線をはみ出してしまう。


 そこに並ぶ車はいつまで経っても動く気配がない。時折痺れを切らしたようにクラクションが鳴る。


 今からここに割り込むのは難しいだろう。


 どこも同じような状況なのか。遠くで鳴り響くサイレンの音が更に遠くなることも近くなることもなく聞こえ続けていた。


 パトカー、消防車、救急車。音の違うサイレンが聞こえてくるからうまく聞き取れていないだけかもしれない。


 その全てを他人事のように眺める。


「どこに行くんだろうな」


 すると音の隙間を縫うようにぽつりと低い声が囁いた。


「どこに行ったって、もうどうしようもないのに」


 言うと同時に速度が緩くなる。気付けば大通りとの交差点に差し掛かっていた。


 横断歩道の前でようやく肩が並ぶ。


 引っ張られて早歩きをしていたせいか息が上がっていた。何か言おうにも呼吸を整えないことにはそれすらままならない。


「運動が足りてないんじゃないか?」


 するとさっきの呟きなど何もなかったような顔で青葉が言った。


 小馬鹿にした表情が癪に障る。


「そんな、こと」


 咄嗟に言葉を絞り出すと呼吸と声の中間のような声が漏れた。


 呼吸を整えるために一度、大きく息を吸い込む。


「ない」


 そして吐き出すのと同時にそう言い切った。


「そうか?」


 青葉は全く信じていないような素振り。


 腹が立ったのでふくらはぎの辺りに蹴りをいれる。


「口で敵わないからと暴力に訴えるのは愚かだぞ」


 けれど全く微動だにしない。勝ち誇ったような笑みが余計に私を苛立たせた。


「運動不足じゃないと示そうとしただけ」


「痛くも痒くもない蹴りでか?」


「そう!」


 ふんっと顔を正面に向ける。


 何を言われても答えないと決意を固めたタイミングで信号が青になった。


 車道には横断歩道を気にした風もなく車がひしめき合っている。


 一台一台の車間が狭い。何かの拍子に玉突き事故が起こってもおかしくない状況だ。


 どこを渡ろうかと視線を巡らせる。


 ふと突然動き出した車に挟まるのでは、という思考が頭を掠めた。


「凪」


 青葉はそんな可能性にも臆する事無く、また私の手を引いて歩き出す。


 迷いの無い足取りで上手く車間の広いところを見繕って進んでいく青葉。


 私はその後ろ姿を追いかけながら横目で車に乗った人達の顔を盗み見る。


 皆一様に苛立ったような顔をしていた。


 一向に進まない列、突然前を横切る人。焦りが苛立ちとして表に出ているのだろう。


 ただ、余裕が無いだけ。


 そうとわかっていてもなぜだか責められているような気持ちになる。


 すると前を行く青葉が短く言った。


「大丈夫だ。悪い事など一つもしていない」


 その顔を私からは見る事が出来ない。どんな顔で彼はそんなことを言うのだろうか。


「……うん」


 締め付けられるように痛んだ胸を押さえる代わりにその手を強く握り返す。


 信号が点滅しだす頃、やっと向こう側へ渡りきった。


 入れ替わりで車の方の信号が青になっているはずだが、進む気配は一向にない。


 停滞したものなど見る気がないように青葉はぐいぐいと私の手を引いて歩き続ける。


 そんなに急いでどこに行こうというのか。


 はたとさっき彼も同じことを言っていたことを思い出す。


 あれはもしかしたら自問だったのかもしれない。


 答えはあるのに、言えなかったのだろうか。


 私に聞かせたくなかったのかもしれない。


 少し小走りになって肩を並べて歩く。


「デートみたい」


 思わず呟くと青葉は思い切りむせ返った。


「な、なん……っ」


 頬を赤らめて何か言おうとするけれど、咳で後が続かない。


 その姿に少しだけ胸のわだかまりが取れたような気がした。

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