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そして二人は歩き出す

 ジーパン、Tシャツ、カーディガンに着替えてリビングへ戻る。


 青葉はまだテレビを見ていた。


 いくつかチャンネルを切り替えていたが、最終的には国営放送に落ち着く。


 画面の中でアナウンサーが淡々と原稿を読み上げていた。


 どうやら世界各地で国家規模の対策に乗り出すことにしたらしい。しかし一体何をするのかについては公表できないとして『私達』には何も伝えられなかった。


 こうやって『いつも通り』に職務を全うする人を見ていると、やはり世界の終わりなど起きないのではという気持ちが強くなる。


 少なくとも今日にも終わってしまうとは感じられない。私達の知らないところで勝手に解決してしまう気さえした。


 対する青葉は頬杖をついて苛立ったようにテーブルを指で叩いている。


 テレビを見ている癖して、そこに映っている人々に腹を立てるのはなんとも理不尽だ。


 その様子をぼんやりと眺めていると視線を感じたのだろう。不思議そうな顔が後ろを振り返った。


 彼は一瞬ぎょっと目を剥いて、それから眉を寄せる。


「……戻ったなら声を掛けろ」


「熱中してるようだったから」


「ああ言えばこう言う……」


 そして小さく溜め息を吐いた。


 その後すぐに椅子にかけていた上着を手に取り「行くぞ」と言って玄関に向かう。


「どこに?」


「行けばわかる」


「荷物は?」


「要らん」


 短い問答。詳しく説明するつもりはないことがよくわかった。


 私も上着を羽織ると青葉の後を追って外に出る。


 ドア一枚隔てた向こう側はやはりこの世のものとは思えない光景だ。


 つい踏み出した足が止まってしまう。


「凪」


 そんな私に青葉が手を差し出した。


 その手を取るか、迷ったのはほんの一瞬。


「……うん」


 手を重ねると青葉は強く私の体を引いた。


 足が二歩、三歩と前へ踏み出す。背後で扉が閉まる音が響いた。


「下にバイクを停めている」


 私がちゃんと外に出たのを確認して青葉はそう言う。


 そして手を握ったまま歩き出した。


 彼はいつもこうして私を引っ張っていく。私はそれをいつも振りほどけない。


「バイクで行くの?」


 エレベーターは動いていなかったので階段を使って降りる。


 青葉は前にいて手も繋いだままだけれど、私の歩調に合わせてくれているのであまり危険は感じない。


「いいや」


 振り向くことはなく彼は頭を振って答える。


「道路も混んでいるからな。二人乗りだと危険だ」


「じゃあ、なにで?」


 電車は使わない。バイクも、車も。そうなると自ずと答えは絞られてくる。


 けれどはっきり言われるまでは気付かないふりをしていたい。


「当然、歩きだ」


「……そう」


 そんなことだろうと、わかっていたから。


「なら、やっぱりどこに行くかは教えて欲しいんだけど」


 それを聞いて行く行かないを判断するつもりはない。どこであっても私は青葉に着いていく。


 そんなこと、聞かれもしないのに言うつもりはないけれど。


 青葉は言えば私が嫌がると思っているのだろう。返事はなかなか返ってこなかった。


 聞いてくれればちゃんと答えるのに、彼はいつも肝心なことは尋ねてくれない。


「……地元の方に戻る」


 やがて諦めたような溜め息交じりの声がそう呟いた。


「地元に……?」


 私達の故郷はここから電車で二時間ぐらいかかるところにある。


 私は就職、青葉は大学進学で離れ、今ではお盆とお正月の時ぐらいしか帰らない。


 そのどちらでもないのに地元に戻るという発想が無かったので、思わず足を止めてしまった。


 青葉も地元を出る時、もし世界の終わりが来ても両親に会いに行く事はない。そう言っていた。


 おじさんとおばさんにも同じように伝えて家を出てきている。


 そういう意味でも、青葉の提案は意外だった。


「おじさんとおばさんが帰って来いって言ったの?」


「違う」


 手を繋いでいるからか、青葉も立ち止まって私を見上げた。


「じゃあ、どうして?」


 重ねて問うとなんとも言えない顔をする。


 視線を逸らしながら、不承不承と言った声音が言う。


「凪と、行きたいところがあるんだ」


「私と……」


 思わず繰り返すと手をぎゅっと握られた。


「凪とだ」


 相変わらずやむを得ず言っているような雰囲気は消えない。


 けれど真っ直ぐ向けられた言葉のせいで大した問題ではないように思えてしまう。


「……わかった」


 むずむずとする感覚。口角が持ち上がらないよう気をつけながら小さく頷いた。


 青葉は僅かに目を見開いてそれから泣きそうな顔で笑う。


「急ぐぞ」


 それは瞬きの間に後ろを向いてしまい、すぐに見えなくなった。

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