世界の終わり
空を見ているだけで気分が重くなるような黒い雲が覆っていた。
雨は降っていないが、何度も稲妻が走り、たまに地へと轟音を立てて落ちる。
こんな状態なのに、私の耳には雷鳴すら聞こえていなかった。
目を丸くしていると「駅の方を見てみろ」と青葉が手すりの前に私を誘った。
「何、あれ」
私が住んでいるのは四階建てアパートの最上階。最寄り駅は徒歩七分ほど。周辺に高い建物が少ないため正面は拓けている。
そこから駅を望む事が出来た。
通勤時にも関わらず電車が走っている様子はない。
それなのにロータリーに今まで見た事が無いほど大量の人が溢れていた。
押し合い、引き合い、塊のようになった人、人、人。
あの様子では、ホームがどうなっているのか考えたくもない。
「今からあそこに行きたいか?」
嘲るように青葉が言う。
「嫌」
緩く首を振って答えると「はは」と哄笑が響いた。
「なら、俺に言うことがあるだろう?」
手すりに肘をついて青葉は私を見る。口元にはにやにやとした笑みが浮かんでいた。
「特にない」
その顔を見つめて断言する。すると子どもみたいに口を尖らせた。
「素直じゃないやつだ」
「青葉が恩着せがましいだけでしょ」
「なっ……」
彼が絶句するのと同時に稲光が走る。
あまりにタイミングが良くてこんな時だと言うのに笑ってしまった。
それに更に機嫌を損ねてしまったらしい。
青葉はふんと鼻を鳴らすと「戻るぞ」とずかずか部屋に入っていった。
「私の部屋なんだけど」
「細かいことを言うな。あと少しすればそのこだわりも意味が無くなるんだ」
そしてあっけらかんとそんなことを言ってみせる。
この男は世界の終わりを当然のように受け入れているらしい。
私は未だにそんな風には思えなかった。ずっと前から、そうなることは聞かされていたのに。
青葉とは人生のほとんどを一緒に過ごしてきた。出会った時のことも良く覚えていないぐらいにずっと。
そんな私達の間には常に『世界の終わり』があった。
それは青葉の口癖のようなもの。
私も周囲もまるで信じていなかったけれど、青葉はそう遠くない内に世界の終わりがくると確信していた。
どうして終わるのか。どうやって終わるのか。詳細は何もわからないのに。
それを知る為に大学へ通い、大学院へ進むことを決めるぐらいには、彼の人生は今日という日に囚われていた。
そんな日がついに来たというのなら、こんなところに来ないで、他にもっとすることがあるのではないだろうか。
そう、私は考えてしまう。何か悪い冗談では無いかと。
「ねえ、青葉、学校は?」
部屋に入ると冷蔵庫を漁る青葉にそう尋ねた。
めぼしいものがなかったのだろう。
牛乳を引っ張り出してきた彼はコップに注ぎながら答えた。
「休んだ」
「大丈夫なの?」
かくいう私も連絡なく会社を休もうとしている。人のことを言えた義理ではないと聞いた後に気付いた。
「大丈夫だ」
青葉はまるで言い聞かせるように短く呟くと一息に牛乳を呷る。
「なあ、凪」
そして振り向いてテレビの電源を点けた。
『世界の終わり』、『首脳会談』、そんなスケールの大きい言葉が小さな画面の中を飛び交う。
「世界が終わるぞ」
そして、その画面を私に見せつけるように向けて、言う。
いつになく真剣な眼差しだった。
「そうみたいね」
でも改めて言われてもやはりぴんとこない。そうなのか、という感想以外出てこない。
青葉は落胆したように肩を落とした。