幼馴染み、襲来
朝、BGMとして流していたテレビから、ニュースキャスターが淡々と原稿を読み上げる声が響く。
「本日、世界が滅亡すると政府が発表しました」
「へえ」
もっと驚くと思っていたのに、私はそれを随分と冷静に受け止めた。
いや、きっとまだ実感がわかなかっただけ。すぐにそう思い直す。
そのままスーツに袖を通して身支度を調え続けた。
化粧はもう終わっていて、髪のセットアップも済んでいる。
ワイシャツとスーツの襟元を整えればいつでも外に出られる状態だ。
「よし」と小さく呟いて鏡から目を離す。
その時、ドレッサーに置いていたスマートフォンが突然震えだした。
画面に表示された宛先に眉をひそめる。
ふと見上げた壁掛け時計が七時半を示していた。
時計と携帯端末を見比べ、意を決して受信ボタンを押す。
「だから言っただろう」
出るなり挨拶もなく彼はそう言った。
礼儀を知らない相手を慮る必要はこちらもない。
「何の話?」
私も挨拶はせずにそう返した。
「ニュースを見てないのか?」
「見たけれど」
「驚かないのか?」
「何に?」
「世界が終わるんだぞ!?」
耳をつんざくような大音声が響く。
あまりに煩くて思わず携帯を耳から離してしまった。
「俺が言った通りだろう」
それでも聞こえてくる声にうんざりする。
「わざわざそれを言うために電話してきたの?」
「そうだが!?」
「じゃあもう切っていい? 仕事に遅れちゃう」
改めて時計を見る。時刻は七時三十五分。そろそろ家を出ないと電車に乗り遅れてしまう時間だ。
すると彼は何やら押し黙って「少し待て」と一方的に通話を終了させた。
何なんだと通話の切れた画面を見つめる。
しかし考えている暇はないことを思い出してドレッサーの前から離れた。
ベッドの上に置いていた鞄を手に持つ。
最後にと向き直ったテレビが各地の混乱を知らせていた。
それをリモコンで消して玄関へと急ぐ。
電車は動いているだろうか。
掠めた疑問は行ってみればわかると後ろへ追いやった。
そして、ドアノブに手を掛けた時。
まるで見計らったかのようにインターホンが鳴った。
ノブから手を離すことはしなかったが、そのまま動きを止める。
こんな時間に誰だろう、などという疑問は全く浮かばなかった。わざわざ見なくてもそこに誰が居るのか容易に想像できる。
私は小さく息をつくとドアスコープを覗きこんだ。
ああ、やっぱり。
予想と違わぬその人が立っている。
さてどうするかと考えているとドンドンとドアを叩く音がした。
「凪、まだ居るだろう。早く開けろ」
そのままドン、ドンと規則的なリズムが続く。
「凪! なーぎー!」
それと一緒に人の名前を大声で呼ぶ声。
近所迷惑だとか、恥ずかしいとかそういう気持ちが勝って堪らずドアを開けた。
「あ、お前、やはり居留守……おお!?」
私より頭一個と半分、上背のある男を家の中に引き込む。
慌てて扉を閉めると私はそいつを睨み付けた。
「青葉、うるさい」
「早く出ないのが悪い」
しかし相手も責めるような目付きで私を見る。
朝方の急いでいる時間に突然やってきて、何を言っているんだ。そう思うけれど、彼の非常識はいつものこと。
私はやれやれと首を振った。
「電話に続いて、何の用?」
「大馬鹿者が居るようだから現実を教えてやろうと思ってな」
彼――青葉は相変わらずの不遜な態度で答えると手を差し出してきた。
夢と現の間に生きているような男がよく言う、という言葉は飲み込んで訝しみながらその手を取る。
すると力任せに手を引かれ、私はそのまま外の世界へと飛び出した。