惚れ薬 完全使用マニュアル
日本恋愛技術会
本稿は、意中の人々を手中に収めたいという人類の夢について語ろうと思う。恋愛上級者の方々はこのような惚れ薬等は無用の存在であり、本文章を読む必要はない。
本稿が目的とする所は、モテない、もしくは意中の人物と関係が持てない可哀そうな人物のために執筆されている。口下手な人、面が悪い人、スタイルがだらしない人、そのような方々でも意中の人と結ばれるために、惚れ薬の効果的な使用というものについて論じていこうと思う。
1.何のために惚れ薬を使うのか(その意義と目的)
上述の通り、惚れ薬はモテず寂しい人生を送っている人間のために存在している。
恋愛感情を自分に向けさせ、人生をより良いものにするのだ。
古来より惚れ薬についての物語は枚挙をいとまない。
しかしそのように都合良くいくものではない。
惚れ薬の使用は簡易な道ではなく、多くの準備が必要となる。
惚れ薬の使用の前提として、複数の惚れ薬を有効に活用することが重要で、本文はその方法について論じていく。
2.惚れ薬を有効に使うために(その手段)
a)目を潰す
古来より、恋は盲目と言われてきた。惚れ薬の使用者は、直視することができない程、顔が整っていない事が多い。
そのため、意中の人物の目を潰すことは有効である。一つのヒントとして、糖尿病網膜症という症状が日本人における失明原因の最たるものであることを留意すべきである。詰まるところ、糖分を習慣的に取らせればよく、惚れ薬は糖分たっぷりの甘めのものを用意すべきである。
勿論使用の際には、物理的に目潰しで代用しても良い。劇物入りの目薬も惚れ薬として代用できる。
b)耳を潰す
惚れた人間というのは、大抵の忠言について耳を貸さなくなることは世の中に広く知られた経験則である。惚れ薬使用者に対して、惚れ薬服用者は周辺より多くの忠告を受けることになる。貴方の不細工と不誠実さを知られてはならない。そのようなことで貴方への興味を薄れさせてはならない。
耳を詰まらせるために、イヤーピース型の惚れ薬や音楽が流れるウォークマン式の惚れ薬も効果を発揮するだろう。
あなたの愛の言葉を届かせる時にだけ、聞き取りやすいように細心の注意をもって、話をしましょう。
c)口は残す
惚れ薬を使用する上で忘れてはならないことがある。口を残すことだ。本文を丁寧に読まれた方は、おそらく目や耳を潰す方法を模索していることだろう。
しかし口を潰してはいけない。その口は貴方に愛を語らせるために存在しており、「口説く」という台詞があるように、「口説かれる」ようにしておかなければならない。口を潰してしまうと、口説くための口が無くなってしまうため、残しておかねばならないだろう。
3.お前は不細工(結論)
惚れ薬を使うためには多大な犠牲を要する。愛する人の目と耳を潰さなければならず、さらには意中の人々を騙し続けなければならない。
惚れ薬などというものを使って、人の心を手に入れようとするなんて言語道断。しかしながら、それでも意中の人物を手に入れたいと思う、そのような貴方であれば、犠牲を伴っても、真の幸せを得ることができるのかもしれない。
4.さいごに
もし貴方の顔が整っており、美声を持っており、恋愛の努力を重ねてきたのであれば、惚れ薬は無用の長物である。その甘美な誘いには乗らず、恋愛には誠実に取り組むべきだろう。
人類の夢であり、そしてとても罪深い。
それがもたらす結果について、良く考えてほしい。
◇◇◇
「ねぇ、智樹君、どうしたの?」
俺の彼女、紫音に声をかけられた。
俺はスマホを脇に置いて、紫音に向き合う。
「いや、なんでもないよ。明日のデートは、どうしようかなって」
紫音と過ごす時間は大切だ。
デートの行き先はとてもどこでもいいが、折角なら楽しめる所がいいな。
「そうだ、映画館なんてどうかな? 紫音も楽しめると思うよ。『愛する人は人形』っていう映画らしいんだけど、面白いらしい」
紫音とのデートは最高だ。彼女はとても気が利くし、身の回りの世話もしっかりと焼いてくれる。時に過剰だなと思う時もあるけど、それも彼女の愛情なのだと思う。
「智樹君は目が良くないから、映画館は楽しめないと思う。耳も悪くしてるみたいだし、ライブとかもイマイチ面白くなさそう。いつも通り、私の家でデートしようよ? 私のことをいっぱい褒めてほしいな」
聞き取りやすいよう、ゆっくりと明瞭に声をかけてくれる紫音。
不幸なことに、紫音と出会ってから目と耳が悪くなった。一緒に映画館やライブ参加できれば、とても良い時間が過ごせただろうに残念でならない。俺は楽しめなくても紫音が楽しんでくれたらいいと思うんだけどな。
「じゃあ家デートにしよう。いつも気を使わせてごめんね」
紫音の顔はぼんやりと朧気にしか見えないし、声も聴きとりづらい。だがそんな俺でもこんなに優しく愛してくれるのだ。そんな紫音がとても愛おしい。
俺の友人は、紫音は辞めておいた方がいいよなんて忠告するのだが、余計なお世話だ。あまりに失礼だったので、今では縁を切ってやった。
「いいのよ、とても楽しみだわ」
紫音は笑みを深めたように見えた。俺の目がもっと良ければ、紫音の素敵な顔をしっかりと見ることもできるのに。きっと素敵な顔をしてるんだろうなぁ。
本当に、俺には勿体ないぐらいだ。
だから、俺のことをもっと好きになってほしい。
もっともっと。
もっともっと。
「紫音、俺さ、目が悪いじゃん?」
紫音は「そうだね」と相槌を打った。
「で、良い目薬を見つけたんだ。明日持っていくから、紫音も使ってみなよ」
最後まで読んで頂きありがとうございました。
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