私を嫌いになるまでは
昔から長田彩華という女は変わらない。
乱暴でわがままで口が悪く短気で無愛想。
素直なところなどほとんど見せたことが無く、ああ言えばこう言うでいつも屁理屈ばかり。
変なことに執着しては周りを巻き込みいつも困らせている。
そんな人間に友達などいる筈も無ければいて良い筈もないのだが何故か気にかけていつも側にいる人間がいる。
不思議で不思議でたまらない謎な人間がいる。
昔一度何故そこまで関わろうとするのか聞いてみたことがある。
しかしその男はただ一言「ほっとけないから」とそう言っただけだった。
この男も昔からそうだった。何も得が無いのにも関わらず人をすぐ助けようとする。
大したことで無くても助けなくても別の人間が助けるであろうことでもすぐ気にかけて助けてしまう。
こういうのを真性のお人好しと言うのだろう。
男だろうが女だろうが子供だろうがお年寄りだろうが獣だろうが虫だろうが地底人だろうが宇宙人だろうが困っていたら助けてしまうんじゃ無いかと思うくらいにこの男はお人好しなのだ。
不幸を振りまく疫病神は、ずっと一人ぼっちで生きていくべきだ。
関わる人間はいずれ必ず嫌な思いをする。だから関わるべきでは無いのだ。
なのに、拒絶してしまえば終わりなのに、関わらないようにすれば全て丸く収まる簡単な話なのにそれが出来ない。
もう少しだけこのままでいたいと思ってしまう。何故なら怖いから。一人になってしまうことが怖いから。
だからと言ってこの男に嫌な思いをさせてしまうのも嫌だ。
嫌だ嫌だと言って何でも手に入れたいと思う弱くてずるくて我儘な女。それが長田彩華なのだ。
ふと目が覚め、机に突っ伏した状態で左の席を気付かれないように見る。そこにはいつもと変わらない表情で授業に集中し板書を取る男の姿があった。
この男はいつだって見られていることに気付かない。
人一倍周りに気を遣って生きている癖に自分に対してのことになるとからっきしで、鈍感で欲が無くそれでいて単純。
損得などどうでもよくいつも自分の感情だけで動くようなそんな男。
因果応報という言葉が本当ならばきっとこの男の未来は良いことばかりになるのだろう。
ただそうだったとしてもそうで無かったとしてもこの男はきっと何も思わないのだと思う。
いつも通りお人好しに何でもかんでも首を突っ込んで誰であろうと助けようとしてしまうのだろう。そう、誰であろうと。
助けられた人間はただ運が良かっただけなのだ。別にその人だから助けてもらえたわけでは無く、たまたまなのだ。たまたまその時近くにこの男がいたから助けてもらえただけなのだ。だから特別でも何でも無い。
ただただ運が、良かっただけなのだ。
チャイムが鳴り授業が終わる。
そして今起きた振りをして大きく伸びをする。
すると男は今まで板書を取っていたノートを「ん」と差し出してくる。
そして「明日には返せよ」と、そう言った。
男は特に呆れてるわけでも怒っているわけでも無くただただそれが当たり前かの様な表情をしていた。
その顔を見て私は思う、この男はやっぱりこういう男なのだと。
そして痛感する。自分がどれだけ幸せなのか、運が良過ぎているのかを。
私はノートを受け取り「それはどうかしらね」と、そう言うとまた机に顔を突っ伏した。
「いや返せよ!」
と言う男の声を無視してただただ寝た振りをする。
そして願う。
せめてこの男が私を嫌いになるまでは、と。