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沈むものたち  作者: 螽斯
賞金首狩り
7/15

騎士

リーデッド・ロアルは地方に暮らす農民の元に生まれた。農耕を営む両親にとってリーデッドを生んだのは労働力のためだった。リーデッドは幼少期から両親を手伝い野を耕した。朝から晩まで休むことなく働くのは身体が応えたが、それに対して特に不満を抱かなかった。リーデッドにとってそれは当たり前のことだった。

 ある時、酒に酔った母が上機嫌に聞かせたある童話が、リーデッドの心に深く響いた。その童話の主人公は騎士だった。騎士は主君である姫を守るため、剣を振るった。どれだけ恐ろしい魔物が相手でも騎士は退かず、勇敢に立ち向かい勝利する。そして最後は主君である姫と結ばれた。


 現実ではない只の空想。それでも何故かリーデッドは憧れた。姫を守る騎士のような存在になりたいと漠然とした夢を持った。


14の時家を出るよう言われた。リーデッドは次男だった。家督を継ぐ長男が妻と子供と暮らすために家を空けて欲しいという。代わりにお前は納屋で暮らせと言われた。リーデッドは故郷を経った。


 行くあてはなかった。だが働く場所を探さなければいけなかった。昔自分の故郷に訪れた吟遊詩人から聞いた話を思い出した。ある都市には魔物が闊歩する迷宮があり、そこでは多くの冒険者たちが協力し、魔物を打ち倒して行く。出自も身分も関係なく、力あるものが成り上がる場所。その都市の名はダイバースという。胸に潜んでいた騎士への夢が、静かに燃え上がるのを感じた。


意気揚々と飛び込んだリーデッドを迎えたのは想像とは違う世界だった。


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眼前に転がる死体とすぐ近くにある首。ローブから外れたその顔は思っていたより壮年のものだった。


ゲント・ランパードは両手から剣を落とすと、両膝をついた。


 結局標的を殺すまでにかなりの傷を負った。指も手首の骨も元どおりにはならないだろう。自分の身が可愛いわけではないが、今後の仕事に支障が出るかもしれない。

おまけに長らく使っていた剣もダメにしてしまった。刀身にはヒビが入り、大きく欠けている部分もある。いつもの商人に売りつけて見ようかとも考えるが、間違いなく足元は見られるだろう。


兎にも角にもまず指を治さなければ。病院に行く金は無い。なので自力で治す。

折れた指を地面にあてがう。正しい方向を意識しながらもう一つの手のひらで地面に押さえつける。肉のねじれる感覚と共に指が一本、正しい方向へと戻る。


「……」


 痛みはあるが慣れた痛みだ。あまり間を置かず2本3本と続けていく。それをいくつか繰り返して、指が治った。

 一つ深い息を吐いて、リーデッドの亡骸を見る。

 残品を漁る為に死体に近づく。いつもと変わらないその工程に何故がひどい失望感があった。

こちらを射抜くようなあの目。掃き溜めにいる自分達が捨ててしまったあの眼差し。何故それを持つに至ったのかは結局分からずじまいだ。それほどに呆気なくリーデッドは死んだ。戦いの最中にあった高揚感はもうなくなっていた。

 フードを剥ぎ取り、鎖に手を掛けたところで、ゲントは異変に気付いた。

 鎖が消失していない。

 リーデッドとの綱引きで抜き取った鎖も、両腕に装着されている鎖も何ら変わらずある。だが胴体から首のなくなったリーデッドは間違いなく死んでいる。

だとするならこの現状は何なのか。ゲントは鎖はスキルの産物だと考えていた。故に使用者が死ねばこの鎖も消えるものではないのか。あるいはゲントが知らないだけで、スキルというのはそういうものなのだろうか。

 答えの出ない疑問に囚われそうになったとき、ゲントは視界に動きがあったのを認識する。

 鎖がひとりでに動いた。


「……ッ!」


 ローブを剥ごうとしていた右手を引っ込める。慌てて死体から距離を取った。鎖が動くということはやはりリーデッドはまだ死んでいないのだろうか。だが彼の死体は指一つ動かず、またその素振りもない。なにより鎖の動きはひどく弱々しいものだった。

ボトリと、残された死体の両腕から2つの鎖が抜け落ちる。そしてゆっくりと移動を始めた。鎖の一部を縮めては伸ばし、這って進む。さながら芋虫のようだ。


「……」


 警戒すればいいのか、剣で切ればいいのか判断のつかないまま鎖は進む。振り返ればゲントの抜いた3本目の鎖も鉄の擦れる音を響かせながら前の二本と同じように移動している。

ゲントはその光景をただ呆然と見ていた。そして鎖の移動を追いかけるために、距離を開けて歩き出す。

標的は倒したのだ。ならば放っておけばいい。だが今はそうしたくなかった。未知のものを見つけた好奇心もあったが、その鎖の行進が、なんだか必死で哀れなようにも見えたからだ。

 鎖はずいぶん長く移動し続けた。といっても鎖の移動速度はゲントからすればすぐに追いつくものだ。見失うことなくゲントは鎖を静かに追った。そして一つの廃屋の前にたどり着く。鎖たちはそこから廃屋に空いた小さな亀裂に入っていった。ゲントは正面にあるドアを押して中に入る。誰かが盗み取ったのかドアノブは既に無かったが。

 廃屋はどうやらもう使われなくった古いホームのようだった。木造りのそれはどこもかしかも腐り果てている。穴だらけの床を踏むと大きく軋んだ。これでも裏通りにしてはまともな部類の建物だ。こういった場所は大抵物乞い達の住処になるのだがここには見当たらない。ゲントは鎖を探す。鎖たちは部屋の隅まで進むと空いている一つの穴に静かに落ちていった。

 ゲントはその位置まで移動した。そして付近の床の模様に違和感を覚える。鎖の落ちた少し手前に、床とは別の木板がはめ込んである。ゲントはひび割れた剣の先端をそこにはめ込み、蓋を開けた。

 蓋の下には床の岩石を真四角で掘り抜いたような深い穴が空いていた。人一人が入れるかどうかの大きさだ。穴の一辺には指が掛けられるような隙間が彫られ、それが連続して下まである。


 ゲントは穴の梯子を伝って底の見えない地下へ降りていった。ふと、自分でも何故こんなことをしているのだろうと思ったが、降りる動作は止めなかった。

 しばらくそうすると、岩の底に足がついた。降りてきた梯子から見て背後に、狭い通路が続いている。通路の先には仄暗く明かりが見えた。


ゲントは頭をぶつけぬよう、しゃがみながら通路を進んだ。道の先には小さな空間が広がっていた。ゲントは部屋を照らす弱々しいランタンとその奥に佇む存在を確認した。

一段二段と重ねられたような岩版に華美な赤布が敷かれている。布の上にはボロ布を纏った少女が横たわっていた。だがどうにも様子がおかしい。

 少女の皮膚には全身にひび入り、そこからは灰とも砂とも呼べない粒がこぼれ落ちている。そして身体の至る所に小さな鎖が、蛆のように生えていた。目は閉じられ呼吸をしているかどうかも分からない。医学に詳しいゲントではないがこんな状態の人間は始めてみた。あるいはコレは人間でないものなのかも知れないが。

 ゲントがそのまま突っ立ていると少女の横にある小さな横穴から鎖が這い出てきた。赤錆の肉厚な鎖、リーデッドのものだろう。

 鎖は少女の元へ這うと、そのまま吸い込まれていく。すると少女のヒビは薄れ、浅く呼吸を始めた。

リーデッドの捕食の意味と奇異なスキルの正体をゲントなんとなく悟った。


 リーデッドはこの少女を延命させるため人間を狩っていたらしい。親鳥が雛に餌を与えるように。鎖に吸った栄養をこの少女に持ち込んでいたのだろう。リーデッドの燃えるような使命感の正体はこの少女だったらしい。


 少女が目を開く。そこに目はなく空洞の闇しかなかった。少女はゲントに向けてゆっくりと手を差し出す。その手には肉厚の鎖が垂れていた。恐らくこの手を取ればゲントは鎖の力を得るのだろう。まるでリーデッドのように。弱きものへと強きものが施しをするように。


だが恐らく、リーデッドは利用されただけだろう。鎖の主に力を渡され餌を探しにあちこち回る。貯めた命を主に献上しまたエサを探し求める。そんなもの体の良い道具ではないか。

この鎖はただの寄生虫だ。寄生者を従順な餌の調達者に変貌させてしまう。そして寄生者は餌の調達こそが己の使命だと植え替えられてしまう。


鎖の生物は媚びるようにゲントに手を向ける。空洞の目を見開き有無を言わさぬように。


「……」


その手を取ることなく、ゲントは踵を返す。狭い通路を抜け梯子を登り、何もなかったかのように蓋を閉めた。そして廃屋を出るとしばらく歩き続けた。何故かやるせない感情が胸に広がっていた。


殺しの達成を伝えにギルドへ向かわねばならない。










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