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沈むものたち  作者: 螽斯
賞金首狩り
6/15

綱引き

リーデッドがふたたび振りかぶる呼び動作を見せた。次まともに死体の攻撃を喰らえば致命傷は避けられない。しかし剣を握る両手ごと鎖で締め付けられているせいで相手から距離を取ることもできない。

 一見して「詰み」の現状をゲントは冷静に受け入れる。リーデッドはこれまでの賞金首達とは違う。もうゲントは狩る側ではなくなっている。今まで屠ってきた賞金首にしてきたようにゲントはリーデッドに殺されるかもしれない。それは至極当たり前のことだ。恐怖はない。むしろ自分でもよくわからない感情が湧き始めている。

 この仕事を始めてすぐゲントは臆病すぎるほどに時間をかけて殺しをこなしていた。レベルを持った人外の者達を相手にするのだ、臆病なぐらいが丁度いい筈だった。だが実際は違うと知った。飲み、食い、腰を振り、日を明かす。それだけで言い切れる者達。酒に溺れ、女に惑わされ、醜態を晒す犯罪者共。およそ観察するに値しない底の知れた者達。標的を恐れる気持ちはすぐに失せた。観察に使う時間も大幅に短縮した。手配書に乗る似顔絵が皆同じように見えていった。緊張感もなく、たた人間まがいの者達を殺す日々。多少は殺しの過程に差異はあったとしても結局は作業だった。


 だがこの標的、リーデッドは違う。ローブ越しから垣間見た瞳には力が宿っていた。手配書を流し読みしていた時は気にも留めなかったが、奴は日雇い冒険者だった筈だ。前日か早朝の募集に潜り込み、ダンジョンに溢れる死体を処理し、薄暗い中で鉱石を掘り続ける。正規の冒険者でない彼らはモンスターを狩ることが許されていない。それはダンジョンに潜る人間の最も大きな志恩とも言えるレベルを持つことさえできないことを意味する。力を基に成り上がることもできない。


 ギルドに訪れるゲントは知っている。彼らの諦念の眼差しを。やりたくもない仕事に駆られ、惰性で日々を過ごし、ただ生きているだけの存在。あるいはそれは自分も大差ないのかもしれない。心のどこかで受け入れがたいものがあっても否定はできない。

現状から抜け出す力も術も反骨心すらなくした敗者達。それが自分たちなのだ。

だからこそリーデッドは異質だ。彼もまた惰性で生きた過去を持っている筈だ。だというのにあの目にはなにかを成し遂げんとする力強さがある。掃き溜めの中の一群であるというのに気高さがある。

もしかしたら自分も、それを手にする事が出来るだろうか。


 リーデッドの攻撃を中断させる為に両腕に絡まる鎖を全力で引く。死体を振り回そうとしていたリーデッドは重心をずらされたことで姿勢を崩しそうになったが耐えられる。ゲントの狙いに気づいたらしいリーデッドはゲントに絡まる鎖の締まりを一段と強くしてきた。指が折れ、手首が軋むのが分かる。だが引くわけにはいかない。腹に力をいれ両足で踏ん張り、いっそう力を込める。


ゲントはリーデッドに対して一つの仮説を立てていた。ここまでの観察を振り返ってもリーデッドは間違いなく鎖に関するスキルを持っている。奇妙な挙動を見せるこのスキルが厳密にどんなものなのかは分からないが、そもそも冒険者でないゲントはスキルに対して深い見聞を持っていない。だがそこは重要ではない。

 大抵スキルはレベル持ちの冒険者が備えているものだ。ダンジョンの中でモンスターを倒し剣技を磨くことでそれに纏わるスキルを習得する。

一方でリーデッドは日雇い冒険者だ。彼らはダンジョンに潜れどモンスターを狩ることは許されていない。レベルは持てない。

一体どういった経緯でリーデッドがスキルを持つに至ったかは分からない。だが冒険者がなぞるような正当な流れで身につけたのではないだろう。

 ならばリーデッドはレベル持ちではない。

 二人の間にある張り詰めた鎖が、少しだけゲントの方に引かれる。


「クソ……」


 ここで初めてリーデッドが余裕のない声を上げる。

 やはり奴はレベル持ちではない。レベル持ちとそうでない者の間には膂力に大きな差がでる。そもそもとして互いに引き合う状態にはならない。

そしてどうやらレベルによらない素の肉体の力において、ゲントはリーデッドに勝っている。


拮抗していた鎖の綱引きがゆっくりとゲントに傾き始める。

少しずつだが確実に、ゲントはリーデッドから距離を空けていく。だがそれに比例するようにゲントの両腕の束縛は強くなる。もう折れていない指の数の方が少なくなっているだろう。両腕に焼けるような痺れと、骨が軋む感覚がある。

本来ならこの綱引きを制しているのは向こうの方だろう。このボロボロになった両手が証明するように、鎖の主導は彼なのだから。それが崩れないのは未だに彼の鎖の一部が捕食に回されているせいだろう。結果として力は分散され、綱引きに能力を割くことができていないのだ。


二人を結ぶ鎖は更に大きく間を広げていく。

ゲントを縛るこの鎖はリーデッドの肉体から生えていた。

今現在懸命な綱引きを続けるこの鎖はゲントの力によって大きな負荷が掛かっている。もしここへ更に負荷を掛けることができるとしたら。ゲントを捕らえたときこの鎖はリーデッドから近い間合いにあった。それが今は死体を振り回しても届かない距離にまで空いている。両腕が捕食に回されたことでこの鎖は本来の力を制限されている。

 力に分配があるのなら、「長さ」にも制限があるのではないだろうか。

今度こそ根拠のない仮説だ。そもそもこの綱引きは敵の間合から外れることを目的としていた。この考えはただの思いつきである。それでも試す価値はある気がした。


後ろへ、後ろへ。自身の手から溢れる血の滴りも痛みを無視して下がる。そうして相手との距離が2メートル以上に達したとき異変は起こった。


リーデッドから生えた鎖が、彼の腹部の肉ごと抜けた。


 ゲントは突然引き合う力が無くなったことで尻持ちをついた。両腕に絡んでいた鎖の締め付けるような圧迫感を今は感じない。腕を振って鎖を落とすと、刃こぼれとヒビが目立つ剣と、それを握る自身の無残な両手があった。


 特に思うことはない。ゲントはリーデッドに視界を戻す。


 リーデッドは腹部から大量に血を流してうずくまっていた。鎖が抜けたときかなりの肉体が削がれたはずた。鎖と彼は肉体を共有していたのだ。ますます不明なスキルである。

彼の両腕の鎖は変わらず捕食を続けているようだが、死体は大きな石ころ程度になっている。急がなければ捕食も終わるだろう。

 止めを刺す。

 幸い剣はまだ握れた。掴んだまま鎖に押し潰されたので、張り付いていると言った方が正しいかもしれないが。

 俯きながらもこちらを見つめるリーデッドは変わらず強い闘志を目に宿していた。

 それをゲントも睨み返す。

 どちらも何も語らなかった。

 あまりグズグズしてはいられない。すぐにでも捕食が終わるだろう。そうなれば何をしてくるか分からない。

 焦らず、しかし冷静に。ゲントは間合を詰めるとリーデッドの頭上から剣を振り下ろした。







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