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沈むものたち  作者: 螽斯
飛翔
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鳥籠

私は人より出来るようになるのが遅かった。父さんと母さんは私に色んな先生を着けてくれたけどあまり上手くはいかなかった。父さんと母さんはそれに怒るわけでもなく、冷たい目をしているか悲しそうな顔になった。それを見ると私もなんだか悪いことをした気がして、悲しくなった。でもまじめにやっても上手くはならなかった。


 なぜか私の暮らす場所が変わった。色んなおもちゃがある綺麗な色の部屋に私は引っ越した。とても大きい部屋だった。そこでは今までみたいに習い事をしなくていいと言われて、私は喜んでしまった。もう先生に怒られたり、父さんと母さんが悲しい顔をしなくなると思ったから。私はそこでたくさん遊んだ。長い時間遊んでも誰にも怒られなかった。だから好きなだけ遊んで疲れたら寝た。でもご飯は一人で食べるようになった。料理を運んでくる人はいるけどすぐに部屋から出て行ってしまう。部屋に居てとお願いしても困った顔をするので、やっぱりいいと言った。

お父さんとお母さんには合わなくなった。この部屋からは外が見えないから、太陽の光もない。前は怖かった夜もこの部屋にはない。それがちょっと物足りなかった。

 おもちゃで遊ぶのが楽しくなくなってきたとき、部屋に知らない子が入ってきた。私と同じぐらいの年の女の子。誰って聞くと女の子は妹だよって答えた。お父さんとお母さんが生んでくれたから姉の私に挨拶しにきたらしい。私はちょっと分からない気持ちになったけど、すぐに忘れた。その子と一緒に遊ぶのが楽しかったから。一人で遊んでいた時よりもずっとずっと楽しかった。でも妹はちょっと遊ぶとすぐに部屋からいなくなっちゃう。行かないで、って言ったこともあった。妹はちょっと困った顔をしてまたすぐ来るよと言ってくれた。だから私は我慢できた。それから何度も、ちょっとだけだけど妹と遊んだ。おままごとをしたり、積み木をしたり、色んな遊びを楽しんだ。妹といるときは、私はこの部屋が嫌じゃなかった。


 妹と部屋でお別れして、また戻ってくるのを待っていたとき、お父さんとお母さんが部屋に入ってきた。何だか長く顔を見ていなかったから、私はちょっと落ち着かなくなった。でも二人は私の方を見ていないで違う人と話していた。もう一人、白い服を着た人が私の部屋に入ってきた。その人はお医者さんだと言った。お医者さんは悪い病気を治してくれる人で、私が病気だから治してくれるらしい。その先生の顔を見て、わたしは何だか習い事の先生を思い出した。また上手くできるか怖くて、お父さんとお母さんを見た。二人はちゃんと笑ってくれていた。私はそれが嬉しくて治すのを頑張ると答えた。

 お医者さんと手を繋いで部屋を出た。これから私は「しせつ」にまた引っ越すらしい。ちょっとの間だけそこで暮らして病気を治すらしい。お父さんとお母さんは病気が治ったらまた一緒に暮らそうと言った。私は嬉しくって、妹とも一緒に暮らせるかと聞いた。二人の顔から笑顔が抜けて、顔が急に吊り上がった。二人は後ろを向いて急いで家に戻っていった。何でそんなに怒ったのか、分からずに私は泣いてしまった。



「知能向上、老化の停止、強靭な肉体。フランちゃんの身体には、それはそれは貴重な情報が詰まっていたんだ。」


ギルドの二階、応接室にてゲントは、シュークレスに呼び出されていた。ゲントが部屋に着いたとき、シュークレス両足をソファに上げ横になって話している。応接室にジェルコの姿は無かった。


「俗称じゃないのか、それは」

ゲントが聞く。この男のせいであの少女の名前を一度誤認した。


「違うよ、味気ない番号の羅列だった彼女に僕が付けてあげた新しい名前だよ。」

シュークレスは真顔で答える。


「彼女の本名は?」


ゲントの問いに、シュークレスは視線をどこかに向けたあと答える。


「知らないよ、調べてないし。死んじゃったんだから僕にとってはフランちゃんでいいのさ。」


ゲントは冷めた目でシュークレスを見た。シュークレスはそれに気づく様子もなく明後日の方向を向き続けている。まるで違うはずなのにジェルコと話しているような錯覚にゲントは陥った。


「魔物というのは美しい。」


ゲントに向けているのか独り言なのか、判断に困る口調でシュークレスは話す。


「それが力であれ、能力であれ、容姿であれ、僕たちはそれに惹かれてしまう。だからこれまでずっとその道筋を探し続けてしまうんだ。」


「……」


ゲントは黙って聞き流す


「だがそれは容易じゃない。度重なる血と強い意志が必要なんだ。僕は今回それを再確認した。」


熱に浮かれた表情をシュークレスが見せる。ゲントはその顔にもう美しさは感じなくなっていた。

突然起き上がったシュークレスが両手の人差し指を立てる。そしてそれを重ねる。


「フランちゃんの鼓動と魔物の鼓動、相容れないはずの劇毒同士の二つが重なりバランスを取り合った。何故だか分かる?」


二つの人差し指を凝視していたシュークレスがこちらを向いた。ゲントは無言を通す。シュークレスは直ぐに視線を指に戻した。


「意志だよ意志。魔物には自我がある。それは水と油のはずなのに、どこかで境界線が交わるのさ。」


フランちゃんの何に反応したか分からないけど、といってシュークレスはまた横になった。そのまま彼は目をつむる。二、三分そのままなので寝たのかと思うと、今度は素早く立ち上がる。懐を漁って金をテーブルに置いた。


「なんの金だ。」


訝しげにゲントは言う。シュークレスは人差し指を口の前に置いたまま喋らない。口止め料ということだろうか。


そのまま踵を返してシュークレス達は部屋から帰ろうとする。ゲントはそれを引き留めることなく黙って見つめる。そして彼らの足音が消えてから部屋を出た。途中カウンターに寄って、賞金首の依頼を受ける。


ギルドから出たゲントは適当にぐるぐると歩き始める。

シュークレスから「意志」の話を聞いたとき、なぜ彼は正体に気づいていないのかと疑問に思った。フラン—鳥羽の少女は半ば破綻したように妹への固執を見せていた。生来の本人の性格なのか魔物によって引き上げられたものなのかは分からないが、どちらにしろ、妹の存在が核になっているのは間違いないだろう。


ゲントは思い出す。自警団達を追い詰めた魔物の冷静な殺しの算段を。ゲントを襲った際の血の通わぬ殺気を。

魔物は主に人を殺す術に長けていた。逆に魔物が剥がれて少女の姿になったときにはわずかな片鱗しか残らなかった。


少女の妹を守りたい気持ちと、魔物の殺人衝動がどういった経緯で結びついたのだろうか。守ることは殺すことと同義だと少女が考えたのか。それとも妹に出会うのに邪魔な障害をなくすために殺したのか。守る手段を魔物に歪められたか。どれにも確証はないし、正解すらないのかもしれない。


少女を殺したのはゲントだ。それに対してどうこう思わない。何もせぬまま死ぬのは違う気がして行動に起こしたらあの結果に繋がった。貧民街にも子供はいるだから一人殺したところで動揺はしないのだ。


ただなにか一つを失って死を選んでしまうような、少女にとっての妹のような存在はゲントには無かった。自分より大切なものなどゲントには無かった。それだけだ。




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