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夫の勤めを果たせ

作者: 土鳩


強盗殺人事件の報道がやっている。

犯人は未だ逃走中…どうやら近い地域のようだ。全く物騒なもんだな。


「―――ねぇっ!聞いてるの?」


「ん?」


夕食を食いながらテレビを見ていたが、意識を遮られた。

見るからに妻の機嫌が悪い。

…話を全く聞いていなかった。


「あぁ、ごめんごめん。で、なんだっけ?」


申し訳ないと聞き返すと、大げさな溜息。


「あなた、何も考えていないのね…

 この子の父親なのよ!?その自覚無いの!?」


どうやらまた子供の話のようだ。

妻は妊娠している。といっても産まれてくるのはまだまだ先なのだが。


「自覚っていうけどなぁ…まだ産まれてもいないのに…」


最近、妻は子供の事しか話さない。

同じような問答の繰り返し。子供子供子供…俺はうんざりしていた。


「…大丈夫だよ。ちゃんと子育ては手伝うからさ、うん。

 きっと立派な父親になるよオレはさ。」


連日の仕事で疲れている。

俺は生返事で返した。


妻の顔が険しくなる。


「何よそれ!手伝うって、その言い方…!

 貴方の子でもあるのよ!!」


おっと、苛立って来やがったな。


「だからやるって言ってるだろ?なにをそんなに怒っているんだ?

 俺は仕事していて、家庭はお前が守る。

 子供の面倒だって母親であるお前が見るのが子供のためだろう?

 それをなんだってそんなグダグダと…」


「あなたは!!あなたはいつもそう!!

 無責任なのよ!あの時だって、その前だって!!

 いつもいつもいつも!!!どうしてそんな事言えるのよ!!」


あぁまた始まったか。この声は頭に響くんだ。

彼女はヒステリックになるとこちらの話を聞かなくなる。

いつかも分からないような昔の話を引っ張り出し、俺の事を頭ごなしに否定し始める。


いつもの事だ。いつもの事。

全くどうしろっていうんだ。


そういう時は決まっている。落ち着くまでは放置だ。

落ち着いたら話し合おう。じゃないとラチがあかない。

堂々巡りの論争よりも時間の無駄な物があるか。


俺は後ろでわぁわぁと騒ぐ妻をその場に残し、

触らぬ神に祟りなしと言わんばかりに俺は夕飯を早々と食べ外へ出たのだった。






「だって酷いじゃないか…俺はこんなにも頑張って仕事をしているっていうのに、

 俺の気持ちをほっぽってあいつは子供子供ってさぁ…あんまりじゃないか…」


「あらあら…かわいそうに…。

 でも、そんなあなたは大きな子供みたいよ?」


柔らかな胸に顔を埋める俺を、慰めるかのようによしよしと頭をなでる彼女。

飲み屋で会った年上の女性で、こうやってたまに会っては話を聞いてもらっている。


子供が出来てからというもの妻と何かとケンカする事が多くなった。


出来た時はそりゃ嬉しかったさ。

でも実感なんて物は湧いてこない。ただその事実を伝えられただけだしな。


子供が出来ると女は変わるんだって。ホルモンの影響だってさ、先輩が言ってたな。

あんなにも大人しく優しく可愛らしい妻が、

声を荒げて、ヒステリックに…こんな事になってしまうだなんて…。


…こんなことなら、いっそ子供なんて出来なきゃよかったのにな…。


「あなたは危なっかしいのよ。ほおっておけないわ…。

 ねぇ…そんな奥さんなんて放っておいて、

 私と一緒になりましょうよ…ねぇ…」


まるで母が子へそうするかのように優しく抱きしめられる。

その温もりがじんわりと心を満たしつつも、ダメだダメだと理性が訴え体を引いた。


「ダメだそれは…俺は妻を愛しているし、生まれてくる子供だって居るし、

 俺は夫として、父として、家庭を支えて行かなきゃいけないんだ…」


俺だって一家を支える者としての責任感は持ち合わせている。

俺が居なくなったら妻はどうなる?子供は?

しっかりしなければならないんだ。


「あら。私をさんざん抱いておきながら、よくそんな事を言えるわね?」


…意地悪そうに笑う彼女。


「だって…だってそれはあいつが冷たいから仕方ないんだよ…俺は愛してるのにさ…

 変わっちゃったのはどっちだよ…愛してるのにさぁぁ…」


しどろもどろになりつつ再び彼女の胸に顔を埋める。

もう考えるのに疲れてしまった。このまま寝てしまいたい―――――――


「ふふっ。奥さんがうらやましいわ。

 でも…そんなあなたも好きよ。おやすみなさい。」






――――すぐ帰る予定だったが、結局眠り呆けてしまった。

彼女はもう居ない。俺はシャワーを浴び、着替えて外へ出た。

日はもう昇り切っている。だいぶゆっくりしてしまったようだ。


妻にも謝らないとな。そうだ。ケーキを買ってきてやろう。

フルーツのタルトケーキが好きなんだよな。


ケーキの箱を片手に持ち、鼻歌交じりでアパートの扉に手を掛けた。

…鍵を掛けていないのか。全く不用心だな。


「ただいま~!」


返事が無い。さてはまだ寝ているのか。のんきなやつだ。


玄関で靴を脱いで顔を上げると、廊下の先からリビングが見えた。


………様子がおかしい。


急いで部屋に入る。


目に飛び込んできたのは荒れた部屋。

そして赤。赤。赤。


どうしてしまったんだ。何があったっていうんだ。


そんな…妻は、妻は…。


リビングの中央に倒れている人影に恐る恐る近づいた。


やめてくれ…お願いだやめてくれ…。


お腹を抱えるようにして横たわるそれは紛れもなく―――――






夫の勤めを果たせ。夫の勤めを果たせ。


女は子を宿せば母になるだろう。

腹と腹で繋がり、子と苦しみを共有し、母になるだろう。

時には命を育む海として。時には命を守る揺り籠として。


しかしお前はどうだ。

妻を守らず、子を想わず、甘えてばかりのお前は一体何なんだ。

夫にもなりきれないお前が、父になれると思うなよ――――


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