1章 バルザイ戦争前夜。その4 紫堂炯子『マジックプリンセス』
東京都新宿副都心の高層ビル群の中で最も高いのが東京都庁本舎である。
このビルの建設には、計画された元化元年から魔法的な意味があるのではないかと噂されていた。
その噂が事実かどうか定かではないが、6年前の元化5年、たまたま都庁の展望室を訪れていた13歳の紫堂炯子は『ゾス』という異世界に召還されてしまう。
そこで彼女は『イブン=グハジ』という魔の存在と戦うことになるのだった。
1年に渡って異世界に召還され、さらに帰還直後から『バルザイ戦争』に巻き込まれた彼女は高等学校に入学できなかった。
現在19歳の紫堂炯子はサポート校で高校卒業資格を得るための勉学に励んでいる。
また特異な経験を生かし『魔法庁』で特殊戦闘技官も勤めている。
インタビューは都庁内の喫茶店で行なわれた。
彼女は昆布茶を頼んだ。
召喚されていた世界で飲んでいたお茶に香りが似ているのだという。
――紫堂さんは異世界に召還された珍しいタイプの魔法少女です。
紫堂 そうですね。でも考えてみれば異世界からやってくる伝道師は多いんですから、その逆があっても不思議じゃないと思います。
――当時の状況を教えてもらえますか?
紫堂 くよくよしたり落ち込んだりすると、よく都庁の展望室に来てたんです。
宇宙の果てのことを真剣に考えると自分の悩みなんかちっぽけに思える、と言う友達がいたんです。
私は宇宙の果てを考えるような想像力なんかないから、展望室から地上を見下ろして万能感に浸ってたんです。
わはははは、おまえらはみんなちっぽけだ! 愚民どもめ! みたいな感じで独裁者ごっこをしたり(笑)。
――その時もそういうことを考えていたんですか?
紫堂 ですね。私は剣道部員だったんですけど猪突猛進しちゃうというか……。
駆け引きが下手でフェイントにすぐ引っかかっちゃうんですよ。そのことで悩んでいて。どうしたら平常心っていう奴を手に入れられるのだ~? と考えていたら急にくらっとして。
最初は地震が起きたのかと思ったんです。だけど足がもつれて倒れたら目の前が真っ暗になってしまって。
――気づいたらゾスにいた?
紫堂 そうなんです。ビックリですよ。
魔法陣が描かれた大きな部屋の中にいて。周りは耳の尖ったエルフばっかりで。窓から外を見たらお月様が2つあって。
「紫堂炯子の召還されたゾスは、長い耳を持つエルフと呼ばれる人々の住む世界だった。火薬が発達しておらず文化レベルは16世紀程度だったと想定される。そして、そこは剣と魔法の世界だった」
紫堂 そんなの泣くしかないじゃないですか(笑)。だけど、何日もいろんな人達に話を聞かされているうちに、これは泣いてる場合じゃないなって思ったんです。
――どういった状況だったんですか?
紫堂 『イブン=グハジ』という正体のよくわからない化物の集団にゾスの人々が殺されていました。
でもそんなことを聞かされても、私はただの中学生じゃないですか。何もできませんって伝えると、彼らは私に大振りの剣を渡しました。私の身長くらいある長い剣です。
ドイツの剣にツヴァイヘンダーってありますよね。それに似てます。
「ツヴァイヘンダーとは16世紀神聖ローマ帝国の傭兵が好んで使った長大な剣である。実戦で使用された中で最も長い剣であるともいわれている。全長1、8メートルにもなる」
紫堂 柄を握った瞬間、心臓が、どくんっ! と鳴ったんです。比喩表現じゃなく心臓が爆発しちゃったかと思いましたもん。それから全身に痺れが走って……。あれって今思えば体内の魔法神経が全身に伸びた音だったんですね。
「一部の魔法少女やその関係者は、魔法神経という言葉を使う。魔力を体に流すための通路というような意味である。この通路が開くことによって、魔法を使えるようになるのだという。ただ、この神経の存在が魔法学的にも医学的にも確かめられたことはない」
紫堂 気づくと私は真っ赤な鎧を身に着けていました。その時になってようやく魔法少女に変身したんだってことに気づいたんです。
その状態で「『イブン=グハジ』の力に対抗できるのは私だけだ」なんて必死に言われたら、やるしかない! と誰だって思うはずです。
――状況的にそうするしかなかった?
紫堂 ん~……そうですね。
実際、ひどい状況だったから、あそこで戦うことを選ばない、って選択できる人は勇気あると思います。私には無理だったな。
──『マジカルプリンセス』はどのような能力を待つ魔法少女ですか?
紫堂 『マジカルプリンセス』は近接戦闘に特化した魔法少女です。
ある程度の攻撃は受ける覚悟で敵陣の中央に突入。高速で動き回ってかく乱、充分に乱してから個別に倒していく……とこう言っちゃうと、どこが魔法少女なんだって感じですけど(笑)。服装もひらひらのワンピースじゃなくて鎧だし(笑)。
普通、魔法少女といったら遠距離攻撃だけど、私の場合は剣ですから。だけど、力任せってわけじゃなくて、敵との距離を一瞬でつめる短距離瞬間移動魔法と、常時展開の防御魔法を同時にやってたんです。これって、なかなか難しいんですよ。
私と同じことできるのは『瑠璃色スピードスター』くらいじゃないかな。
――魔法の使い方や、剣の使い方は誰かに教えてもらったんですか?
紫堂 エルフの魔術師に教えてもらいました。ただエルフの魔力は私よりかなり低いので戦いながら覚えたことも多いです。
あ、もちろん、エルフの人達に戦闘能力が全然ないわけじゃないです。弓矢を使わせたらもう本当に凄かったですから!
遠くの標的にもビシビシ当てて! あれは一度、見せたいですね! こっちの世界の常識を凌駕してますからね。
――その弓矢を使っても、エルフ達は『イブン=グハジ』に対抗できなかったんですか?
紫堂 ある程度はできてましたけど。それはこっちの世界でもそうじゃないですか。
『バルザイ戦争』の時、軍の協力はありましたけど、軍単独だと『ネクロノミコン騎士団』に対抗できないでしょう?
どっちが優れているかという問題じゃなくて、戦っている次元が違いますから。
――右も左もわからない世界での争いに巻き込まれたわけですが、もしかしたらエルフ達に騙されているのかもしれない、と思いませんでしたか?
紫堂 最初のうちは考えたけど、途中からは考えませんでした。だって、目の前でエルフの人が殺されるのを見たんです! 私にご飯を運んでくれたり、服の着替えを手伝ってくれたり、慰めてくれたりした、年下の女の子が傷ついたりもしました。
親切にしてくれた人を害するモノは私にとって倒すべき悪です。
――失礼かもしれませんが、それは危険な考え方かもしれません。
紫堂 ……わかってます。でも……その…………。
わ、私って暴力そのものなんですよ。
──私が暴力?
紫堂 はい。暴力=私なんです。だから余計に、目の前の正義しか信じないんです。
ほら、政治に興味を持つ元魔法少女って意外と多いですよね。
――『サンシャイン・ピンク』『キューティーミルク』などは政治活動をしてますね。
紫堂 そういうの不純です!
だって考えれば考えるほど、愛も勇気も正義も純粋じゃなくなっていくから。
──純粋、ですか。
紫堂 話は飛びますけど、人類は地球の癌だ、なんてことを言う人がいるじゃないですか。目の前に死にそうな子供がいてもそういうこと言えますか?
おまえは地球の癌だから死んで消えた方がいいんだよ、って言えます?
──言える人は少ないと思います。
紫堂 でも、真剣に考えて覚悟を持てば言えると思うんです。
自分の考えに自信があるなら言えるんです。死んだ方がいいんだって。
思想ってそういうことしてしまう力があるんじゃないでしょうか?
本当の気持ちから遠い場所あるはずのことを、正しい、って思わせる力があるんじゃないでしょうか?
──確かにそういう一面はあると思います。
紫堂 それが正しいか間違ってるのか私にはわからないけど……。
私はそういうの好きじゃないんです。
だから私は考えないことにしたんです。
目の前の正義しか信じない、絶対に。
――そういう考えに至ったきっかけが何かあったんでしょうか?
紫堂 ……私は『マジカルプリンセス』なんです。
つまりプリンセスとなることを期待されて、ゾスに召還されたんです。
それを知って周囲を見回した途端、背筋が凍りつきました。
だって共に血と汗を流して戦ってきた仲間達が『イブン=グハジ』との戦いが終わった後、私をどう利用するか、宮廷にどのような勢力図を描くか、そんなことを考えていることに気づいてしまったんです。
──そういうのに積極的に関わるつもりはなかったんですか?
紫堂 物凄く悩みました。
だって、宮廷での出来事って……つまり政治って誰かの味方をすれば、すぐに誰かの敵になってしまうのに、誰が味方で敵かわからない複雑な世界で。
ただの正義はどこにもないんです。何かを考えたり言ったりするたびに、自分がどんどん不純になっていくのに気づいて……。
だから、目の前の正義しか信じないことにしたんです。目の前の正義のためだけに暴力を使うことにしたんです。
――『イブン=グハジ』を倒した後、エルフ達はあなたをすぐにこちらの世界に戻してくれたんですか?
紫堂 はい。エルフの魔術師の力で『イブン=グハジ』を凌ぐ力を持つ『ネクロノミコン騎士団』が私達の世界に迫っていることがわかりましたから。
それに、自身を暴力であると自覚した私をエルフ達も持て余していたから。
でも……あの世界に戻りたくもあるんです。あれは……えっと、その……まだ19歳なのにこんなこと言うのは変かもしれないけど……。
あそこは私の青春だったから。
宮廷は嫌だったけど、友達はたくさんいたし……楽しいことも嬉しいこともたくさんあったんです。
――もう一度、ゾスに行く手段はあるんですか?
紫堂 無理だって言われました。
召還するための魔法陣は誰を呼び出すかわからないものなんです。つまり、また同じことをしても別の魔法少女が召還されてしまう可能性が高いんです。
しかも私達の世界から召還されるかどうかもわからない。それに召還魔法は簡単に使えるものじゃないから。
でもね、なんて言うか、目を閉じれば感じるんです。
人の手の感触とか、草原の風の匂いとか、空に浮かぶ二つの月とか……見える気がするんじゃなくて、感じるんです。
だから心の一部はまだ、ゾスにあるんじゃないかって、そう思うんです。
そういう気持ちを持てただけでも、私は凄く幸せな魔法少女だって、思えるんです。
自分を暴力だと語る彼女の正義感はひどく危険なものだと言っていいだろう。
なぜならたやすく悪の組織に操られてしまう危険性を秘めているからだ。人が簡単に死んでいく異世界で青春を過ごした彼女の常識はもしかしたら我々と少し違うのかもしれない。
インタビュア/渡辺僚一