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番外編4 紫堂炯子 大阪ドーム事件(下)

 彼らに比べて動きやすいとはいえ通路は直線だから、簡単に待ち伏せされてしまう。椅子の上を走ってもいいのだが、足をとられて転んだので死にました、ということにはなりたくない。


 私を追ってアウラニイス達もぞろぞろとグラウンドに降りてくる。


 降りてくるのを待つよりは、向こうから降りてくる状況を作った方が私のペースで状況を作ってる、と思える分、気持ちは楽。そのためにこれをやったのだ。


 姿勢を低くした一匹が長く鋭い牙を剥き出しにして、私に突っ込んで来る。

 さっき私は頭を両断したけど、突進自体は回避できずに吹き飛ばされた。

 最低でもそれの再現を狙っているのだろう。


 きっと、私が転んだとこに次々と突撃して踏み殺すつもり。


 ふふふふっ、と笑ってしまう。


 ──魔法少女を踏み殺すとか残酷すぎると思います。


 でもそうやって死ぬのは私らしい気がした。

 踏み殺されるのが世界一似合う魔法少女だと思う。

 そうやってゾスで死ななかったから、こんなことになってる。


 ──死に怯えて、死を甘味のように求めている。


 でも、きっと、今日、死ぬから。それでみんなに許してもらいたい。みんな? みんなって誰だろう。エルフのみんなかな? それとも私が殺し続けたイブン=グハジのみんなかな? それとも私が失敗した時に死ぬことになる府民のみなさんにかな?


 考えるな! 考えると弱くなる! 暴力になれ。

 思考を弾き出せ!

 叫べ! 鬨を上げろ!


「わっ! わあああぁぁあぁぁぁぁぁっ!」


 私の叫びに、突っ込む構えを見せていたアウラニイスが反応する。

 ギャッ、と爪でコンクリートを蹴って突っ込んで来る。

 数頭のアウラニイスもそれに続く。


 ドームに無数の爪音が響く。床が軽く揺れる。


 私は剣を頭の上に構えて真正面から迎え撃つ姿勢でじっと待つ。


 ここで始めたらきっともう最後。

 私が死ぬか、アウラニイスか全滅するかまで止まらない。


 幾つものアウラニイスの血走った狂眼が私をいすくめる。


 ──恐い。


 けど、動いちゃダメ。


 ギリギリまで耐えて、耐えて、耐えて、長い牙が私の鼻に届く瞬間まで耐えて、耐えて耐えここッ!


 ──短距離瞬間移動魔法を発動。


「いひっ!」


 私の瞬間移動の距離は最長で4メートル。


「きっ、イィィイィィッ!」


 アウラニイスの正面から側面に出て、脇腹を魔剣で真一文字に切り裂く。肋骨を切断するたびに、ぽんぽんぽん、と爆竹の爆ぜるような音がする。


 腹圧が強いのか、どわっ、と臓物が噴き出し、バニラエッセンスをふりかけた腐ったジャガイモのような臭いが漂う。


 腹を切り裂かれたアウラニイスは内臓を引きずりながら走り続けてバランスを崩して他のアウラニイスにぶつかった、と耳でわかる。


 目で周囲を確認する。

 耳で周囲を確認する。

 肌で周囲を確認する。

 髪の震えで周囲を確認する。

 足裏に伝わる震えで周囲を確認する。

 熱で周囲を確認する。

 臭気で周囲を確認する。

 アウラニイスからにじみ出る魔力を察知する。


 あるゆる情報を取り込んで、その上で、飛ばす。


 ──意識意識意識意識意識意識意識飛ばせ。


 ッ!


 ビチッ、と首筋の辺りから何かがねじ切れるような音がした次の瞬間、意識が高い場所にあった。

 

 大阪ドーム全体を見回せる場所。

 これは魔力じゃない。集中力が異常に高まると、全体を見回すような視界を得ることがある。


 私達が見ている光景って、現実に存在するわけじゃない。


 脳が様々な情報を集合して作り上げたものを見ているのだ。


 だから頬に伝わる空気の乱れで敵の位置がかわるほど集中して、情報を過剰に取り込めば、こういう光景をみることができる。


 もちろん、こんなの日常的にできることじゃない。

 なったのは三度目。

 これから確実に死にます、って思った時にしかできないみたい。やっぱり死が目前にあると意識の在り方が変わるんだ。


 奔って、いち、にっ、さん、と数えて眼前のアウラニイスの右側面に出るように短距離瞬間移動魔法。脇腹を狙って斬殺。


 だっ、と地面を蹴り、別のアウラニイスの眼前に出て、いち、にっ、さん、と数えて右側面に出るように短距離瞬間移動魔法。紫色の眼球を狙って刺殺。


 とんっ、軽いステップを踏んで、いち、にっ、さん、と数えて眼前のアウラニイスの右側面に出るように短距離瞬間移動魔法。顔面両断。


 アウラニイスの咆哮が響く。


 バックステップを踏んで、いち、にっ、さん、と数えて眼前のアウラニイスの──左側面に出るように短距離瞬間移動魔法。前足を根元から断ち切る。


 右を印象付けてから左に変える。それだけで相手は戸惑う。

 ゾスで学んだ。

 多数で少数には勝つには根性が必要。苦しくてもその場に立ち続ける根性があればいつか勝てる。

 少数で多数に勝つには常に動き続けて主導権を握り続けること。


 次は、いち、にっ、さん、のリズムを変える。いち、にっ、でアウラニイスの背後に回り、ぞぶりっ、と腰の骨を断つ。

 腰の骨をえぐられたら、もう歩けない。戦場で歩けないのは死んでるのと一緒だ。


 アウラニイスが三方から私に迫る。今回は逃げない。

 奴らは私の短距離瞬間移動魔法を警戒して動きが鈍い。


 ──今度はギリギリまで危機の中に自分の身を置く。


 アウラニイスが私の顔面を噛み潰すそうとしている。奥歯がハッキリと見え、胃液を煮詰めたような臭気が鼻に届く。それでも逃げない。

 体が無理だと言ってもこらえる。本能が無理だと叫び狂う


 本当の恐怖で背骨が痺れた瞬間、自分でも気づかないうちに短距離瞬間移動魔法を発動している。


 ぐるり、と踊るように回り、一振りで魔剣で二匹の首を切り裂き、だっ、と紫の鮮血を喉から撒き散らすアウラニイスの背に駆け上がって飛ぶ。

 剣を逆手に持ち替え、もう一頭のアウラニイスの脳天に剣先を突き刺し、捩じる。


 ──頭蓋の砕ける感触は奥歯で氷噛むのに似てる。


「いひいいぃぃぃいいぃぃっ!」


 意識せずに殺した。本能で動いた。


 こうやって無心になって本能に任せるのが最良な気がするけど、そうではない。本能に任せると必ず行動はワンパターンになる。

 そこを突かれたら簡単に死ぬ。


 同じ場所を歩いて罠にかかるイノシシと同じ。

 

 猛り狂いそうな時ほど、本能が強く叫ぶ時ほど、自分を捕まえて意識的に行動を変えなければならない。


 ──はじめて血に酔った時、それができなかったから私の代わりにアルグフが死ぬことになった。


 ばっ、血飛沫が四散する。

 血の幕の向こう側に駆ける。


 私をかばって大勢のエルフが死んだのに、まだ私の順番が来ないってどういうことですか?

 でも地球で私が死んでもゾスの人達には関係ないかな? 私の魂はゾスまで届くのかな?


 ああっ! 


 もっと地球のみんなと仲良くしておけばよかったな。そしたら、ここの人の為にって強く想えたかもしれない。


 地球で死んでもゾスの人々の為に死んだとは思えないもんな。

 やっぱり、あそこで死んでおけばよかった。


 血。

 命。

 こんなに他者の命を奪った魔法少女が私の他にいるだろうか?


「シィィィイィィィィィィィィィッ!」


 余計なこと考えるな。考えるのにもカロリーを消費するんだ。


 今度は誘うのではなく自分から、ぐんっ、と前に出て距離を詰める!


 途中で短距離瞬間移動魔法を三回入れる。前、右、左。

 これだけでもう私がどこにいるのかわからなくなりますよね。


 ──ッ!


 ダンッ! と踏み込んで断ッ! と斬る。

 ザンッ! と斬り込んで斬ッ! と刎ねる。


 断ッ!


「かあああぁあぁぁあぁぁぁぁぁぁ!」


 斬ッ!


 暴風のように集団に乗り込み、集団を散らし、個にして、斬る。


 私は台風だ。暴力だ。


 しかし、アウラニイスは集団でも戦える魔獣。同じことを繰り返せば囲まれる。


 まるで隊列を組むかのように、ぐるりと私を多重に囲み、密集して同時に殺到するつもりのようだ。

 

 短距離瞬間移動魔法で前後左右のどこに逃げようか、ぶっ殺してやる、仲間同士で相打ちしてでもおまえをすり殺してやる、という熱い気持ちが見える。


 嬉しいな。


 アウラニイス達の素直な気持ちがようやく見えた気がする。


 会話できない時、殺し合うしかないことがある。

 これだけ殺し合って、ようやく鮮やかに感情が見えたんだ。

 どんな形だとしても理解があるって素敵な事です。


 わかりあいましょう。


 斬ッ!


 私は魔剣を逆手に持ち替えて肩幅より足を広げて仁王立ちする。どちらの足も前に出さずに平行にする。


 戦う時に絶対にしてはいけない立ち方だ。


 どちらかの足を前に出さなければ、軽い衝撃でも倒れてしまう。


 だけど、今は、これが、必要。


 会話をしたいから。


 絶対にあなたを殺します、とアウラニイス達が態度で示したので、殺してみてください、という態度で応えたのだ。


 アウラニイス達の発する低く荒い呼吸音が重なり、ドームに壊れた汽笛のように響きだす。

 悪質な酔いを誘発する音。


 殺せよ、私を殺してくれよ。


 私は魔剣の切っ先を何度もコンクリートに叩きつける。


「来てくださいッ! 来てくださいッ!」


 あなた達に主導権は渡さすつもりはありません。私のタイミングで来てもらうだから。


 殺すから殺せ。


「私を殺しに来てくださいッ! 私はあなた達に殺されるためにここに来たのですッ!」


 この言葉に偽りがないってことくらいわかるよね?


 アウラニイスの呼吸がどんどん荒くなる。しかし、来ない。


 なるほどね。勇気のない男の子と一緒だ。


「やるぞやるぞ、と言っておいて……。もしかして、こういうの初めてなんですか? 女の子の許可がないと何もできないんですか?」


 私は肩に魔剣を背負って、ぺたん、とその場に女の子座りをする。


「ここまでしないとダメですか?」


 アウラニイスの荒い呼吸がうめき声に変わる。


「息を荒げる前にすることがあると思うんですけど? キスしてもいいって言ってるんですよ?」


 自動車がスリップするような音を立ててあちらこちらでコンクリートの破片が舞い上がる。


 地響き。


 ──殺到。

 殺すに到るだ。


 50頭はいるだろうか? 私に向かって突進してくる。

 先頭が殺されてもその後ろが。

 先頭の攻撃が短距離瞬間移動魔法でかわされてもその後ろや横が。


 仲間ごと私を殺すつもりだ。


 私は座ったままだ。

 アウラニイスの後方は砂煙のように、コンクリートの破片が舞っていて急速に視界が悪くなっていく。

 まだ、座ったままだ。


 こののままだと半瞬後に私の顔面は鋭い爪か牙で砕かれて──。


 交通事故のような炸裂音。


 ──私の意識は高い場所にある。

 そこまでは届かないけど、私の体は今、4メートル上空にある。


 縦方向への短距離瞬間移動魔法。


 落下。ぶつかり合いひしゃげて密集しているアウラニイスの背中に逆手に持った魔剣を突き刺す。


「アッああぁあぁあぁぁぁぁぁっ!」


 突き刺しながら、幾頭ものアウラニイスの背中を走り抜け、爪でガタガタに傷ついた床に落ちる。


 何頭やった?


 考えるな。現実はいつだって冷酷だ。きっと想像より少ない。数えれば気力が萎える。


 ──どうせ殺してもらえるまで続けなくてはならないんだから。


 私は粉塵の中に入る。互いに視界が奪われているなら、同士討ちの危険がない分、私の方が有利。


 魔剣を振れ。前が全く見えなくてもいい。何かにぶつかったらそいつは間違いなく敵。


 全周、全て敵!


 ──暴力になれ。


 切る。


 ──私はいつも考えてたんだ。いや、できるだけ考えないようにしていたのかな。考えるってどういうことですか?


 斬る。


 ──考えれば考えるほど、正義も愛も不純になっていく。


 薙ぐ。


 ──考えれば考えるほど、答えから遠ざかっていく気がする。


 刺す。


 ──なら暴力であればいい。


 断つ。


 ──暴力なら誰かを傷つけるだけだから。


 傷。


 ──傷つけるだけなら不純にならないから。


 見る。


 ──見たくなかったんだ。


 聞く。

 

 ──聞きたくなかったんだ。


 戦う。


 ──ゾスで戦っている時はみんな愛し合っていた。理由があった。自由を求めていた。


 暴力。


 ──私の暴力をみんな愛してくれた。


 それなのに。


 ──終わったら、みんな私を持て余した。もしくは利用しようとした。


 そんなの。


 ──見たくなかった。愛されようとしたら愛から遠ざかり、勇気を示そうとしたら勇気から遠ざかる。


 愛と勇気。


 ──戦いの最中ではあんなりハッキリとそれが何かわかっていたのに。


 不純。


 ──日常の中で愛と勇気は汚れていく。


 だから、考えない。私はただの暴力でありたい。汚れていくみんなや自分を見たくないから。


 魔剣を突き出す。

 魔力が尽きてきた。


 もう瞬間移動できない。

 熱い。

 赤い血だ。アウラニイスの血は紫だから。これは私の血です。

 右肩の肉がごっそりと落ちているみたい。いつやられたのかもわからいない。

 牙でこそぎ取られたのかな?

 いつの間にか鎧は消え、服はボロボロのセーラー服。

 魔力が尽きて維持できなくなったんだ。


 維持できているのはコルヴァズの魔剣だけ。


 こういう時、最後まで維持するのはこれって決めていたんです。

 防御するものがあっても武器がなくては戦えないから。

 最後の一瞬。


 これから終わる時、

 私はきっと鎧よりも断ち切る武器を私は欲するはずだから。


 最後まで戦うのがわたしだから。


 どこにいる?


 吠えてよ。殺しに、行くから。伝えてよ。

 耳でちゃんと聞くから。


 なんで殺し合っていたんだっけ? わかんない。でも他に方法なんかなくて。

 殺すってとても大切なことなんだと思う。

 だからみんなそれをやりたがる。


 ……あっ。


 あああああああああああぁぁっ!


 粉塵の向こうに見える。


 イブン=グハジの王!


 私を追って地球まで来たんですか!?


 あはっ。ははははははははははっ。よかった。私はまだやれる。

 あの時に死ななかったのが全ての間違いだったんです。


 あなたと一緒に死ななかったからこんな状態で敵を求めてる。


 私は力一杯自嘲する。


 でもね、私は知っているんですよ。

 あの時の戦いに嘘なんか一つもなかったってことを。

 私は間違いなくあなたを粉砕しました。

 蘇る余地なんか一つも残さなかった。


 まいったな。幻覚じゃん。


 集中力も魔力も使い果たして身体が限界を迎えているんです。


 そもそも今の私は生きているのか死んでいるのか……。


 でも、幻覚ならそれでいいから──。


 戦いましょう。


 ──あなたとやっている時の私は純粋でした。


 少しでもあの時の私に戻れるなら、相手が幻覚でもかまわない。


 もしかしたら、幻覚だって私を殺してくれるかもしれない。


 だから、剣を──。


 ……………………ッ!

 ………………さんッ!

 …………紫堂さんッ!


 紫堂さんッ!


 これは、なななさんの声だ。


 わかってます。

 私は精神に異常をきたしているんですよね。だって嬉々として幻覚と戦おうとしているんですから。


 でもね。こんな瞬間、もう二度と訪れないかもしれません。


 だからね。


 力尽きるまで躍らせてください。


 誰かが言ってた。

 絶対に死のうと思って戦場に出ても簡単には死ねないものだ、って。


 でも、幻覚なら私を殺してくれるかもしれない。

 私はそれに期待するほどに──純粋でありたいんです。


 でもね。自覚したらもう終わりなんです。


 幻覚はもう見えない。

 でも見えるふりをして踊ることはできますから。


 死にたかったんです。本当ですよ?


 でも、これだけでやってきたから、わざと死ぬことだけはできないんです。


 それをやってしまったら、私はもう暴力でさえなくなってしまうから。


 これ以上、不純になりたくないから。


 だから私は戦い続けないといけない。


 だから──。


 ゾスで死にたかったな。


 死体の上で踊る魔法少女が私だ。

 後悔しながら無惨に踊ることしかできない。


 純粋じゃないから。

 私は暴力になり切ることもできない暴力だから。

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