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番外編1 睦月まゆみ(下)

 そこまでするつもりだったのか?


 わからない。ただ、祖父と父に鍛えられた体が自然と動いてしまったのだ。


 まだ感情は動かない。歓喜が来るのか? 絶望が来るのか?


「えいっ!」


 来たのは平常心。


 ムーンライト・ピンクはヘッドスプリングで起き上がったのだ。


「ちょっと痛かったです」


 ちょっとだと……。はっ、はははは……。笑ってしまう。


 ──人間なら確実に死んでるぞ。


 本当にご先祖様はこの技で、魔法少女を倒していたのか?


「行きますッ!」


 がっ、と踵を跳ね上げ、つま先で地面を蹴り、短い距離であっという間に人間には到達不能なスピードに達する。


 恐れるな。


 魔法少女が強いってことくらい知ってるんだ。


 恐れるなッ!


 どんだけ強くたって、術理では勝っているはずだ。


 ──やれッ! 俺ッ!


 向かって来る力を利用しろ。力の方向を変えてやるんだ。

 一族が俺にまで伝えた術で魔法少女を倒せるって証明しろ。


 証明できなきゃ、俺の先祖たちはなんのために生きて──。


「だらっしゃ!」


 魔法少女山剥やまはぎ──パンチをかいくぐって服を掴み、足をかけながら斜めに下に回転させるようにして肩から落とし、肩関節の脱臼を狙う。


 ──俺の先祖たちが、時代の変化と関係なくやり続けてきたこと。


 魔法少女霞潰かすみつぶし──向かってくる瞬間、低い姿勢で肩に担ぎ上げ、頭の上で回転させながら、地面に延髄から叩きつける。


 ──他人がどうだろうと関係なく──魔法少女を倒すために、全身を鍛え上げたんだ。


 魔法少女膝泣ひざなき──相手の膝に足を当て、そこを支点に顔面から地面に叩き落す。


 くそっ!


 一族はなんでそんなことしたんだ? 近代に入ったらやめるべきだろ。

 藩から金がでなくなったらやめていいことだったろ?


 やめる機会なんか幾らでもあつたのに、俺まで伝えたのはなんでなんだよ!

 

 バカなんじゃないのか? なぁ、なんでなんだ?


 だから、知るもんか! やってしまったんだ。理由はわかんないけど、やってしまったことの先に俺がいるんだ。


 だから、俺が証明してやるんだ。


 何度も、ムーンライト・ピンクを地面に叩きつける。


 枝折えだおり

 蛇絡落へびからみおとし

 猪落いのおとし

 蜘蛛外くもはずし

 

 繰り返し地面に叩きつけてもムーンライト・ピンクは立ち上がる。


 それでもダメージは入っているはずだ。


 可愛い服が泥だらけになっている。


「え~~~~~~い!」


 単調なパンチをギリギリで横にかわしながら、耳を掴んで落とすように引っ張る──耳下みみおろし


「きっ!」


 ムーンライト・ピンクは初めて、短い悲鳴を上げた。


 どうだッ!


 徹底的に鍛えたんだ。


 指を立てた状態で腕立て伏せ、指を立てた状態での逆立ち歩き。

 熱した砂を指で突く、束ねた竹を指先で叩く。


 そうやって鍛えに鍛えた指で耳を掴んで、ムーンライト・ピンクの進む方向と逆に引っ張るのだ。


 千切り取る!


 耳を落とせると思った。


「くっ」


 掴んだ手が途中でとまった。


 仁王立ちのムーンライト・ピンクが、ぶんっ、と首を振った。


 くっ!


 それだけで、耳から手が離れてしまった。耳はついたままだ。そんなとこまで屈強なのか!


 あれだけ鍛えたのに……ッ! 落胆するな。まだ! まだだ!


 俺はヘビが絡みつくように、ムーンライト・ピンクの背後に回り、腕を首に回す。


 ──魔法少女首鋏くびかなばさみ


 背後から肘関節の内側を魔法少女の顎の下に入れて、腕で挟むようにして絞め上げ、頸動脈の血流を止める。


 相手がどれだけタフだろうと、人間と同じ形をしているのだ。

 頸動脈の血流を止められたら気絶する!


 ここまで完全に捕まえてしまえば相手から魔法少女だろうと!


「ぐぬぅぅぅぅうぅぅぅぅぅぅ」


 奥歯を噛みしめ、全力で締め上げる。


 えっ?


 ムーンライト・ピンクと俺との間で何かが膨らんだ。


「くっ!」


 膨らんだのは、ピンク色の髪の毛であった。

 あっ、という間に腕の締め付けを保持できなくなる。


 忘れていた。


 背後に回るチャンスがあったから仕掛けてしまったが、この技は髪の短い魔法少女にしか通用しない、そう祖父に言われていたのだ。


 祖父が言っていた。


 ──魔法少女の髪の量が極端に多いのは、背後からの襲撃に備えてのものだ。魔獣が背後から彼女らの首筋に牙を立てても、髪に邪魔されて皮膚までは届かない。


 ムーンライト・ピンクが俺に振り返る。


「せっ、先輩。もし、相手がイエローなら、先輩が勝っていたかもしれません」


 ムーライト・イエローは遠距離から魔法弾を打ち込む魔法少女だ。


「でも、私と先輩は相性が悪いんです。私、前に出て攻撃を受けたりすること多いから、叩かれたり投げられたり、そういうのに強いんです」


 なぜか泣きそうな声だった。


「わ、私……先輩がそうしたいって言うなら……。もし、本当にしたいって言うなら……」


「……言うなら?」


「倒されてもよかったし、殺されてもよかったんです。私、先輩に殺されてあげてもよかった」


 優しいな。本当に優しい。とっても優しいよ。それが魔法少女なんだな。


「屈辱的な言葉だな」


 優しいだけに胸に来るよ。


「そうでしょうか?」


「そうだろ。倒されてもよかったってことは、本気でやってないってことだからな」


「違いますよ。本気ではやっていました。投げられすぎて、頭がクラクラします。でも、こういうダメージじゃ、私は倒れないです」


「そうか」


「だから、もうやめにしましょう。先輩は私を倒せない。先輩にとって悲しいことかもしれませんけど……それが事実です」


「俺はまだ本気を出してないから、おまえも本気で来い」


「先輩ッ!」


「黙れ! 来いッ! 俺が学園の生徒を人質にとってることを忘れるなよ」


 なるほどな。


 言いながら、心の中で苦笑する。あまりにも悪落ちした人が言いそうな台詞だったからだ。


 言ってみてわかった。


 アレはあいつらが邪悪だから言うんじゃないんだな。


 魔法少女達の真っ直ぐな態度にイラついて、つい口走ってしまうんだな。


 俺はゆっくりと腰を落とした。


「ッ!」


 俺には最後の技がある。


 これを出してしまえばもう終わりだ。何もできない。


 ──祖父も父も、足の裏の皮が異様に厚かった。俺も厚い。裸足で、山道を歩くからである。


 祖父が言う。「地面の中には龍がいる」

 父が言う。「風水師が龍脈と呼ぶものだ」


 祖父が言う。「どれだけ鍛えたってわしらの拳は魔法少女に通用しないことがある。彼女らの全身は魔力で覆われているからな」


 父が言う。「だから、我らも魔力を使わねばならない。龍脈から魔力を吸い上げ、指先に乗せるのだ」


 俺達は魔法を使えない。ただの人間なのだから当たり前だ。


 しかし、努力すれば、龍脈から魔力を吸い上げることができるようになる。


 ──ほんの少しの魔力。


 魔法少女達のように全身を魔力で覆うわけではないから、それだけでいい。


 ──針。


 指先に集中する。魔力の鎧を一点で突破する。


 俺は人差し指と中指をぴったりとくっつけて力を入れる。

 

 この針が──最後の武器。


「こいッ!」


「行きます!」


 ムーンライト・ピンクが拳を横に放り投げるような軌道のフックを打ち込んで来る。


 頭を低くしてそれをかわし、束ねた右の指で胸の中央を突く。


 ぐっ!


 ビンビンピンッ、とゴムが切れたような音が連続で響く。靭帯が切れた音だ。


 ムーンライト・ピンクの胸を押した指が、魔法障壁にあたった衝撃でぐちゃぐちゃになったのだ。


 ──通れッ!


「え。……んっ! くひぃいぃぃ!」


 ムーンライト・ピンクが今までに聞いたことのない悲鳴を響かせた。


「ひっ! ひぁっ、くぅぅ」


 魔法障壁を針で突き破り、人体の急所である胸穴を突いたのだ。短い間、息を吸うことができても吐くことができなくなる。


 人体が素早く動くのは吐く時だ。吸う時は動きが止まる。


「はぅ、うぅ、はぅう、はきぃ」


 動きが止まった今なら、急所を正確に突ける。


 顔は無理だ。来るって予想しているだろう。だから、狙いは下半身。


 ふわふわのエプロンドレスが攻撃の邪魔をしているが、動きやすいように丈が短くなっている。


 動きが鈍い今なら、スカートの下から、直接、突くことができる。


 左の指でムーンライト・ピンクの股間──陰核を叩く。

 人体でもっと敏感な場所が最大の急所だ。

 

 当然、正確な場所はわからないが、その付近が敏感な場所であることに変わりはない。


 男が睾丸をやられると悶絶する。それは睾丸が内臓だからだ。内臓は神経の塊であり、神経を強打されると人間の体は大きなダメージを受ける。


 それと同じだ。陰核のすぐ奥にある子宮を狙う。


「ふんっ!」


 ぐっ、と姿勢を低くしてボディアッパーを撃つやり方で……。


 子宮を震わせるッ!


「ッ!」


 左の指も魔法障壁にぶつかって砕ける。中指の先端は千切れてどこかに飛んで行った。


 ムーンライト・ピンクは、ビクッ! と全身を硬直させて前向きに倒れた。


「あぐぅぅ、ぐっ、うぐぅぅ」


股間を押さえて、うめき声を上げている。


 ──勝った!


 勝った!


 無意味じゃなかった! 爺ちゃん! 

 俺までつないだ技はちゃんと魔法少女に効果があったんだ!


 爺ちゃんッ!


 爺ちゃんは俺に間違ったことを教えてなかったんだ!


 俺達は正しいことの中にいたんだ!


 世間から見捨てられてさ、惨めな思いをしてもさ! 

 それでも、ずっと、本当のことを伝えてきたんだ!


 うめき続けるムーンライト・ピンクを見下ろす。


 ここから、魔法少女の息を止める、とどめ技がある。


 ──魔法少女二十八種の殺し技がある。


 この角度なら、魔法少女釣鐘踏つりがねふみが入る。


 だけど、そこまでする必要はない。

 俺は、本当の中にいたんだ、とわかった。それだけでいい。


 この気持ちを掴んだ、それだけでいい。


「うおっ!」


 突然、足をすくわれて倒れた。


 まだ動けないと思っていたのにムーンライト・ピンクは、堂々と立って俺をにらみつけている。


「先輩、私を痛めつけて満足しましたか?」


「そうだな、満足した」


 指を四本も犠牲にしたのにもう回復したのか。

 さすが魔法少女だな。凄いよ。


 たまらないな。


「俺はやれるだけのことはやったよ」


「満足しましたかって聞いているんですけど?」


「満足したよ」


「私にやりたいだけのことやって、それで満足だなんて一方的すぎませんか?」


 俺を見下ろし冷たい声で言う。


「そうだな。うん。そう思うよ……」


「なんで先輩は、過去に縛られて、こんなことしないといけなかったんですか?」


「過去に縛られていないまゆみにはわかんないよ」


 自分が間違った過去の中にいるんじゃないかって考えたら寒気がする気持ち、他人にわかるわけない。


「そうですか……。私、先輩をボロボロにしておきたい。私だけボロボロなのは納得いかないから」


「ん? 指とか結構、ボロボロだけどな」


「それは私を痛めつけるために先輩が勝手にやったことであって、私がやったことじゃありませんから。私がちゃんとやりたいんです」


「俺を浄化するのか? 俺のよこしまな気持ちを消すんだな?」


 ムーンライト・ピンクは月の聖なる力で、敵のよこしまな気持ちを浄化させる必殺技を持ってた。


 いったい俺のどこからどこまでがよしこしまな気持ちなのだろうか? 俺の気持ちの全部がそうなんだろうか?


 だとしたら、俺は消えるってことか?

 自分が知りたかったことは知った。

 だったらもう、消えてしまっていいのかもしれない。


「そうですね。そうしようと思ってました。でも、あれはネクロノミコン騎士団の魔の力による悪しき洗脳から人々を解放するものです。もし、先輩に聖なる光を当てたら……」


「当てたら?」


「私を好きだって言ってくれた気持ちまで消えてしまいそうで……恐いです」


「えっ? うわっ」


 ムーンライト・ピンクは俺の襟首を掴んで凄い力で持ち上げた。


「えいっ!」


「ぐあっ!」


 どこんっ、と俺を地面に叩きつけた。俺は笑ってしまうほど大きく地面でリバウンドして、ごろごろと転がった。


「がっ、あっ……がっ、がっ、がっ……」


 これは確実にあばらの骨が折れている。だって、痛いとこさわったらベコベコする。


「いっ、いってー」


「女の子の大切な場所を思いっきり殴って、この程度ですんでるの奇跡ですよ」


「確かにそうだな。もっとやってくれていいよ」


「まぁ、これ以上やったら死んじゃいそうですから。……先輩、弱いですね」


「次やっても勝つ自信あるけどな」


 まゆみは、ふっ、と鼻で笑った。


「先輩は今も私が絶望に歪む顔を見たいですか?」


「自分の技術が嘘じゃないってわかったから……」


「わかったから、もう見たくないですか?」


「……まだ見たい気もするよ」


 まゆみの絶望を見たい、という気持ちは俺の深い場所にあるような気がする。


「よかった」


 ほっとしたようにまゆみは言った。


「よかった、ってどういう意味だ?」


「だって先輩は変態なんですよね。私の絶望を見たいのは、私のこと好きだって証拠なんですよね?」


「……そうだな」


 そういう理解できっと間違っていない。好きな相手だから倒したいのだ。好きな相手だから壊したい。


「先輩、私の側にいてください」


「どうして?」


「私、ちゃんと魔法少女をやり遂げるつもりなんです」


 あはっ、と可愛らしく微笑む。


「魔法少女なんかやっていたら、必ず絶望する日が来るに決まってますから。私が絶望したとしても、そんな私を見て喜んでくれる人がいるなら……んと、その……。救われるような気がするんです」


「救われる?」


「私の絶望で喜ぶ人がいるなら、自分の絶望は無駄じゃなかったって思えるじゃないですか」


「それは変態の発想だぞ」


「先輩が変態だから気を遣って合わせてあげてるだけですよ。私のこと好きですか?」


「好きだよ」


「私はとっても微妙な気持ちですけど、好きって言っておいてあげます」


 そう言って、俺を抱き起してお姫様抱っこをする。


「おい、下ろせよ」


「怪我してるでしょ? 私がこのまま病院に運んであげますから。しっかり捕まってください」


 そう言って、まゆみは走り始めた。


 もう俺はまゆみを攻撃できないのだ、とその時なぜかハッキリとわかった。


 攻撃できなくて嬉しい。悲しい。楽しい。虚しい。恐い。誇らしい。できなくて、できなくて、できなくて……。


 無数の感情が、爆発するように湧いてきて、すぐに自分が何を考えているのかわからなくなってしまった。


「一応、好きってことにしときますからね、先輩」


 そう言ってもらえるなら、それでいいや、と投げやりな気持ちで思った。

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[良い点] 強くて気持ち真っ直ぐ魔法少女は、 太陽の様に輝いた同時に、 それを見て眩しくて仕方がない思いをする輩もある 愛した止まない同時に無茶苦茶したい欲求もある まさに前のインタビューで二宮さんが…
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