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その後1 渡辺僚一『マジカルエフ』

 まず最初に、彼の特異なプロフィールを紹介しておく必要があるだろう。


 渡辺僚一。男性。31歳。職業フリーライター。


 彼の代表作である『魔法少女インタビュー~彼女達が何を考えているのか、聞けたこと聞けなかったこと~』は多くの魔法少女にインタビューすることで、日本を混乱の渦に巻き込んだバルザイ戦争で何が起こっていたのかを明らかにした作品だ。


 多くの魔法少女はメディアに出ることを嫌がる。

 だから私達は、第三者による報告を頼りに、彼女達の気持ちを推し量ることしかできなかった。


 だが、渡辺僚一は多くの魔法少女達へのインタビューを成功させた。彼のおかげで、私達は魔法少女達の肉声を聞くことができたのである。


 当然、ここで疑問が湧く。


 なぜ、彼だけなのか?


 どうして、渡辺僚一だけが魔法少女達へのインタビューに成功したのか?


『魔法少女インタビュー』の最終章で、その答えが明らかになる。


『焔霧の魔女』こと大槻ゆんへのインタビューの最中に、渡辺僚一は魔法少女になることを自ら望んだのだ。


 現在、渡辺僚一はマジカルエフと呼ばれる魔法少女である。


 もう一度、彼のプロフィールを確認しよう。


 渡辺僚一。男性。31歳。職業フリーライター。


 成人男性が魔法少女になる、というのはどういうことなのか?


 私はそれが知りたかった。


 このインタビューは埼玉県飯能市名栗の市民センター『どきっとな』のイベントスペースの奥にある、楽屋などとして使われる小さな部屋でおこなわれた。


(部屋に現れた渡辺僚一は魔法少女の姿であった。身長は160センチくらい。すらりと細長い手足をしていた)


(外見は中学二、三年生。銀色のメッシュが入った長い髪を後ろで束ねて丸めていた。多くの魔法少女がそうであるように、活発で利発そうな顔をしている)


(服は白と黒が複雑に入り混じったひざ丈のチュチュ──クラシック・チュチュ。右足には黒のハイソックス、左足には白のオーバーニーソックスをはいていた)


──変身した姿なんですね。


渡辺 はい。魔法少女としての渡辺僚一の話を聞きたい、ということでしたので、さっきそこで変身して来ました(笑)。


──変身した姿で大丈夫ですか? 疲れたりしませんか?


(変身しているだけで魔力を消費する魔法少女がいる。これは極端な例だが、変身した姿を5分以上持続できない魔法少女もいる)


渡辺 大丈夫です。ボクの場合、変身する時には大量の魔力を消費するんですけど、変身してしまえばほとんど消費しないんです。最長で一ヶ月、この姿でいたこともありますから。


──一ヶ月もですか。それは闇落ちした魔法少女や化物を追跡していたとか、そういう事情でですか?


渡辺 違います。『多目的魔法研究センター』に滞在して魔法少女としての基本的な訓練を受けていた時です。


 その時、寮生活をすることになったんですが、ボクも他の魔法少女達と同じ建物で生活しろ、と言われて。最初は戸惑いましたよ(苦笑)。


──女の子だらけの場所で、成人男性が寝泊まりするって大変そうですね。


渡辺 ボクもそれがわかっていたから、別の建物で寝泊まりさせてくれないか、ってお願いしたんですけど、二宮慶一郎さんがそれはダメだって。


(二宮慶一郎は魔法庁の参事官であり、バルザイ戦争の時は現場の責任者でもあった)


──どうしてダメだったんですか?


渡辺 二宮さんいわく、これから魔法少女達の中で生きていくんだから馴れておけ、と。それはその通りだとは思うんですけどね。


──抵抗ありますよね。


渡辺 ありますよ(苦笑)。

 しかも個室じゃなくて三人部屋なんです。


──ますますきついですね。


渡辺 大槻ゆんさんとマツリ緑さんと同室だったんです。

 変身を解いて、成人男性の姿になってもいいよ、と二人とも言ってくれたんですけど……。

 一緒の部屋て寝泊まりするわけですから、怯えさせるわけにはいかないじゃないですか。


──怯えさせる、というのは? 渡辺さんは少女に性的な好奇心を見せてしまう人なんですか?


渡辺 いやいや、そうじゃなくて……。

 その。難しいですね。なんて言えばいいのかな?

 隠さずに言えば、性的な好奇心というのはあります。

 それは、大人の姿になったから増幅される、少女の姿になったから減少する、というものではありませんから。


──性欲は誰にでもある、という話ですか?


渡辺 そういう話でもありますね。ある一定の年齢になれば誰にだってあるのものですよね。


 でも、成人男性のボクが彼女らの着替えを見てしまって頬を赤らめてしまうのと、少女のボクが頬を赤らめてしまうのとでは、周囲に与えるプレッシャーが全然違うじゃないですか。


 大人の男の人が部屋にいる、というのは彼女らにとってみれば凄いプレッシャーだと思うんですよ。


──それはそうでしょうけど。でも、渡辺さんは魔法少女達に手を出したりはしないわけですよね?


渡辺 当たり前ですよ。そんなことしたら冗談じゃなく殺されるかもしれませんしね。

 何より、マツリ緑さんは強力な性魔法を使えますから一瞬で骨抜きにされますよ。

 というか、ボクには理性がありますから、そういうことはしないです。


──同室の二人もそれを知っているわけですよね? それでも変身を解かなかったのには特別な理由があるんじゃないですか?


渡辺 特別? ん~、特別な理由ではないと思います。


 さっきの話の続きになりますけど、単純に大人の男性と少女って背の高さが違うんですよ。


 魔法少女になって気づいたんですけど……。これは背が高い人には失礼な話になるんですけど……。


 少女の身長で見る成人男性って、それだけでちょっと恐いんですよね。なぜなら大きいから。大きい人がいる、ってだけでプレッシャーなんですよ。でかいって単純に恐いです。


 魔法少女ですから、喧嘩になれば負けるわけないんですけど、それでも襲われたらかなわない、って気がしてしまうんですよ。


 本当の姿が成人男性なボクだって少女の時はそう思うんだから、二人はもっと思うはずなんです。


 男は恐いって。


──自分がどうというよりも、二人に恐怖心を与えないようにしていた、ということですか?


渡辺 そうですね。怯えられたくないって思ってましたね。


 正直、ボクって魔法少女達の中でも特異な存在、モンスターのようなものですから。恐くないモンスターだよってわかってもらわないといけなかった(笑)


──魔法少女達と暮らしたり仕事をしたりする上で、そういう苦労って他にもありますか?


(渡辺は少し言いよどんでから、覚悟を決めたように口を開いた)


渡辺 ある事件がありまして……。

 種村泉さんと比べたら全然比較にもならない事件なんですけど……。


──種村さん、ということはその性的な話でしょうか?


(種村泉ことエンジェリックピーチはズカウバという触手を使う化物と死闘を繰り広げた。それは互いに性魔法を使う戦いであった)


渡辺 そうです。ボクはここで、ムナガラーに襲われたんです。


──ムナガラーというのはどのような化物だったんでしょうか?


渡辺 精神攻撃をする化物です。

 ボクは光魔法と闇魔法が使えるので、精神攻撃への耐性は一般的な魔法少女より強いはずなんです。

 だけど、その時は抵抗できませんでした。


──どのような精神攻撃だったのでしょうか?


渡辺 他の魔法少女を性的な意味で襲え、という精神攻撃です。


(椅子に座った姿勢の渡辺は膝に置いた手に力を込めた)


──他の魔法少女を襲え、ですか。


渡辺 そうです。ぼ、ボクは……その……。だから、その……。その時、一緒にいた大槻ゆんさんを……ンッ。


──辛いことでしたら無理して言っていただかなくても大丈夫です。


渡辺 彼女のためにも言っておきます。ボクは一線を越えるようなことはしませんでした。それは誓って言えます。


 で、でも……。そ、そうしようと思った瞬間は何度もありました。マツリ緑さんに助けてもらうのが少し遅れていたら……。


 ボクは大槻ゆんさんを犯していたかもしれません。

 ……それをしようとしていたのが、この部屋なんです。


──精神攻撃に強いはずの渡辺さんがどうしてそうなってしまったのでしょうか?


渡辺 普段から彼女たちに恐怖心を与えないようにボクなりに気を使っていました。

 それって、そういう気持ちを抑圧していたということですよね。


 それは……その。う、裏を返せばこういうことになりますよね?


 渡辺僚一はまだ年若い少女に性的な気持ちを持っていた、ということに。


 だって、そういう気持ちがないなら、抑圧する必要なんかないわけですから。


 抑えていた気持ちが、自分が想像していた以上に強かったんだと思います。だから、ムナガラーの精神攻撃に屈してしまったんです。


(渡辺は悔しそうにうつむく)


 あの時、ボクは大槻さんを変な目で見てしまって……。

 あの時、大槻さんの魔法で焼き殺されてしまえばよかったのに……って、そう何度も思いました。


──考えすぎなのではありませんか?


渡辺 そんなことないです。大槻さんは恐怖と覚悟が入り混じった目でボクを見ていました。


 大槻さんの目が語っていました。何があっても絶対にボクを傷つけないって……。もし、ボクが一線を越えてしまったとしても、大槻さんはボクを許してくれたと思います。


 それは絶対に間違いありません。ボクがどんな凌辱をくわえても彼女は全部、許してくれたはずです。


──それなら、殺されればよかったと思う必要はないんじゃありませんか? だって、大槻さんは渡辺さんを許してくれたわけですよね?


渡辺 そこで大槻さんやマツリさんに甘えてしまったら……ボクはまた同じ過ちを犯すかもしれません。


──そうかもしれませんが……。


渡辺 だから、ボクは……。切り落としたんです。


──切り落としたというのは?


渡辺 性器です。


──え? 


渡辺 陰茎と陰嚢を切り落としたんです。


──え? それって、もうついていないということですか?


渡辺 そうです。ここでの事件が終わった後、変身を解いて病院で性器を切り落としてもらいました。


──そ、そこまでする必要がありますか?


渡辺 必要があったから切り落としたんです。だって、ボクは魔法少女なんです。


──魔法少女である、ということが性器を切り落とす理由になるんですか?


渡辺 みんなのために戦うのが魔法少女なんです。


 それなのに……性欲で周囲を怯えさせ、精神攻撃に屈して仲間を襲いそうになるなんて最悪です。



──魔法少女でいられる期間はそう長くはないですよね。その後の人生はどうするんですか?


渡辺 それは何も考えていません(苦笑)。


 ……でも、今、ボクは魔法少女なんです。

 性器がなくても、生きていくことはできますから。


──そうですけど……。


渡辺 失ってようやく本当に魔法少女になれた気がするんです。

 性器を失ったからって性欲が完全になくなるわけじゃないんです。それでも前よりは気持ちは楽です。


──どう楽なのでしょうか?


渡辺 ボクは仲間を愛してるんです。


 愛しているんだから、時には抱きしめたくなることだってあります。性器があった時は、それがどうしてもできなかった。


 どれだけ歪な気持ちを殺そうとしても……。

 あ、愛には性欲が混じってしまいます。

 どこからが愛でどこから性欲なのか、いつも悩んでいました。


 でも今は、凄く自然に彼女達と抱き合えるんです。

 性器を失って、やっと愛がなんなのかわかった気がします。


──愛って何なのでしょうか?


渡辺 奉仕する気持ちです。


──奉仕、ですか。


渡辺 はい。性欲があると純粋な奉仕ができなかった気がするんです。奉仕して、奉仕されて、その中で生まれてくる心。それが愛です。


(愛を口にする時、渡辺の目は異様な光を放っていた)


──後悔はしていないんですか?


渡辺 それはその性器を落としたことについてでしょうか? それとも魔法少女になったことについでしょうか?


──両方です。


渡辺 当然、どちらも後悔してます(笑)。

 でも……。こうするしかなかったんです。

 ボクは魔法少女達にインタビューして、彼女たちが傷ついていることを知りました。


 だから、ボクが傷つくのは当たり前だと思っているし……。それに、こうする以外、どうしようもなかったんじゃないかな、って自分を納得させています(笑)。


 だから後悔しているけど、後悔はしてないんです。後悔してますけどね(笑)。


 現在、渡辺僚一はフリーライターと魔法少女の両方を仕事としている。もっとフリーライターとしては、今後書く本のための取材が中心で執筆活動は停止中だという。


 男が魔法少女になることにどのような困難が待ち受けているのか? その一端が垣間見えたインタビューだった。


 性器を切断する。

 魔法少女になった渡辺僚一が見た世界を私はまだ理解できていないと思う。


                   インタビュア/睦月臣

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― 新着の感想 ―
[良い点] インタビュー型の魔法少女ものというのが斬新でとても面白かったです。 [一言] 最後の最後、魔法少女になった渡辺が出した結論がすごく衝撃的でした。
[良い点] 続きが読めた所。 ハッピーエンドでもバッドエンドでも、そこから彼らの人生は容赦なく続いていく。 この作者は、それをきちんと書いてくれる作者でした。 それでもまさか、この作品でそれが見れる…
[良い点] まさかまた更新が見られるなんで、大変幸せです [気になる点] 渡辺さんが魔法少女になる覚悟はとういうものかを、 表すエピソード でもこれの決断で大槻ちゃんが相当負い目に負われてしまうそうだ…
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