1章 バルザイ戦争前夜。その2 種村泉『エンジェリックピーチ』
神奈川県本厚木駅から自動車で2時間半の山中に、全寮制の聖ゲオルギオス女子高等学校はある。
10年前の元化9年。『黒魔術大感染期』の最中に1人の魔法少女が誕生した。
『エンジェリックピーチ』だ。
同時期に活躍した『サンシャイン・スリー』や『魔法少女同好会パリット』などと比べると、マイナーな存在であり、研究者や好事家の間で話題になることは少ない。
しかし『黒魔術大感染期』を振り返る時に、彼女のような魔法少女の存在を無視することはできないはずである
インタビューは東京都町田市のカラオケボックスで行なわれた。
経費を安くあげようとしたのではなく、どうしても過激な内容が含まれてしまうため防音に配慮した結果だ。
ホテルなどの個室を使用しなかったのは、男性である僕と鍵のある部屋で2人っきりになることを彼女が嫌うかもしれないと考えたからだ(鍵のないカラオケボックスなら、彼女は好きな時に退室できる)。
26歳になる種村泉はインタビュー開始前に、20年前に解散したパンクバンド『ブラックスペルズ』の『アップルハニー ゴーゴーゴーッ!』を歌った。
種村 イェ~イ!(自分に拍手)。折角だから一曲くらい歌わないとね! どうです? 渡辺さんも歌いませんか?
――インタビューを終えたら、歌わせていただこうと思います。
種村 んじゃ、まっ、ちゃっちゃとやっちゃいましょうか~。今まであの事件のことってあんまり話したことなかったので、えっと……何から話せばいいんですかね?
「『黒魔術大感染期』の悪の組織は、狭い範囲を狙うという特徴があった。『サンシャイン・スリー』の場合は根釧地域だったが、これは当時としては最大規模の範囲だ。特定の町だけ、などというのは普通で、時には学校や病院といった特定の施設を狙うことさえあった」
――ズカウバについて教えてください。
種村 ズカウバは学校の支配を狙っていたんだと思います。女の子を思うがままに操っちゃう能力を持ってたから、学校中の生徒を自分の支配下に置こうとしてたんじゃないかな?
きっと『バルザイ戦争』でうちの生徒を利用しようとしてたんですよ。
――ズカウバがどのような方法で女の子を操っていたのか聞いてもいいでしょうか?
種村 その話は避けて通れないですよね~。言葉を濁してもしょうがないからハッキリ言いますけど、性行為です。
ズカウバの全身からは(両手をうねうねと動かし)こういう触手が無数に生えていて、それで女の子を刺激して(手を上下に動かして)。
(過激な表現が続くので省略する。多くの読者が想像したような内容である)
種村 で、触手の先端からゾンビジェルという白くてどろどろしたものを出して、体の内側から吸収させちゃうんです。それをされちゃうとズカウバに操られちゃうというわけです。
――操られると、どうなるんですか?
種村 日常生活はこなせるし、受け答えなんかもいつも通りできるんですけど、ズカウバの命令には絶対に逆らえなくなっちゃう。
例えば、誰々を何時に旧校舎に連れて来いと言われたら、どんな手段を使ってでもそれを実行する、という感じですね~。
誰かを殺せって命令されたら操られた生徒達はそれをやり遂げようとしたと思います。
――死亡者は出たんですか?
種村 運良く出ませんでしたよ~。途中からズカウバは私ばっかりを標的にするようになったから、他の人に害が及ばなくなったというか……私ばっかり被害にあってたというか(笑)。
邪魔な私をまず倒してから計画を進めようと考えてたんでしょうね~。んっ、もう、本当に困っちゃいました。年頃の女の子だったのに~、あははは。
――事件はどのようにして、始まったのですか?
種村 うちって古い学校なんで、解体して博物館に運んだ方がいんじゃね? と思うような建物がガンガン残ってるんですよ。文化保存? みたいな感じの理由で壊されずにそのままになってて。保存というか放置って感じでしたけどね(笑)。
で、すっごい昔に、日本海戦争ってあったじゃないですか。その時にうちの学校の旧校舎を軍に貸してたんですよね。
そこの大きな地下室にズカウバは潜んでいたんです。
――ということは、軍の研究とズカウバは関わっている?
種村 ウリちゃんはそんなことを言ってましたね~。あ、ウリちゃんっていうのは、私を魔法少女に変身させた憎っきも可愛い、猪のぬいぐるみもどきの伝道師なんですけど。
ウリちゃんが言うには異世界とこっちをゲートでつなげようとした痕跡があるとかないとか……。
「魔界、天界、彼岸、ベビーユニバース、パラレル、他にも様々な名称で呼ばれる異世界についての研究は、異世界人との接触が頻繁に行なわれているのにもかかわらず、遅々として進んでいない。その一方で、国や軍や秘密組織などが、すでに多くの事実を掴んでいるという噂もある」
――種村さんがズカウバと遭遇したのは?
種村 ゾンビ化された友達に、おもしろいことがあるから旧校舎においでと言われて、な~んにも考えずにトコトコついて行ったんですよ。
で、旧校舎の奥の方の教室に連れ込まれて。そしたらもうショッキングな光景!
(両手を波の様に動かしながら)くねくねうねうねした長い触手が半分裸の女の子の体に絡み付いていて、きゃー、ですよ。
私も捕まりそうになったとこを、ウリちゃんが現れて~。ありがちな話なんですけど「『チェーンジエンジェル』と叫ぶりゅん」と言われたんですよ。
――それで変身したわけですね。
種村 エンジェリックピーチに変身しましたね~。
だけどひどいんですよ! 普通、魔法少女ってふわふわでひらひらな飾りのついたミニのワンピースだったり、チュチュだったりするじゃないですかー。
けど私の場合は、赤色のスクール水着(笑)。
しかも、下腹部に横線が入った旧式のスクール水着。
それなのに後ろがTバックで、襟元がセーラー服みたいになってて……ハッキリ言って狂ってると思うんですよ!
――過激な衣装ではありますね。
種村 過激を超えてるんですって!
狂気ですよ!
水着とセーラー服を組み合わせるなんて、言ってて疲れちゃいますよ(笑)。
しかもウリちゃんは「泉ちゃんが心の奥底でエッチだと思っていた姿に変身するりゅん」なんて言うんです。
ありえんって感じ。
うら若き乙女なのにスクール水着、Tバック、セーラー服をエッチだと思っていたなんてショックすぎて、もう。中年のおっさんかって(笑)。死にたい(笑)。
――どうして種村さんが選ばれた理由は?
種村 ウリちゃんが私を魔法少女に選んだ理由を聞いたことあるんですよ。そしたら「学内で一番、性エネルギーが強かったりゅん」だって言うんですよ!
マジありえんって感じッスよね?
確かに小学生の頃からノートにエッチな妄想を書いたりはしてましたけど、そのくらいみんなしてることじゃないですか~。しかも、あの時の私ってキスだってしたことなかったのに! それなのに学内で一番エッチとは何事か? って!
――ズカウバとの戦いはどのようなものだったのでしょうか?
種村 ん~と……。これは言ってもいいんですかね? 引きません?
――どのような話でも引きません。ただ、もし話しづらいようでしたら無理に話してもらう必要はありません。
種村 いえいえ~。昔のことですから平気ですってば。
ズカウバはなかなか姿を現さないので、基本的にはゾンビ化した生徒達を正気に戻す、という戦いですね。
その……触手で体内にゾンビジェルを注入するわけじゃないですか。だから解毒作用のあるエンジェルジェル、私はジェルジェルって呼んでましたけど、それをを同じ場所に入れてあげないといけないわけです。
――入れる、といっても種村さんは女性なわけですから……。
種村 そこでエンジェルパワー(爆笑)。
そういう時になると生えてくるんです。
そして私のエンジェルパワーが溜まると、そこからジェルジェルが放出されるわけです。
(過激な内容が続くため省略する)
――ズカウバからの妨害もあったんですか?
種村 そこ! それが大変なんですよ。
ズカウバは私のエンジェルパワーを無駄遣いさせるために、触手を使ったり、その……学校の先生とか用務員のおじさんとかを利用して…………。
――辛いようでしたら話していただかなくても。
種村 いや~、ちょっとアレですけど、今日は全部話す覚悟で来ちゃいましたから~。平気平気って感じで(笑)。
無理にされた女性がそのうち変になるなんて、お話の世界というかただの妄想。これは最初に言っておきたい!
犯罪は絶対に許しません!
それと、女の人の協力なしに女の人が調教されちゃうなんて、絶対にないと思う!
調教とか、そういうのって、ただのごっこ遊びですから!
だけど……その……わ、わ、私は……。そのゾンビジェルを入れられたこともあったりして……その……。ゾンビジェルを入れられた状態で……し、し、し、し、しちゃ、ちゃ、ちゃ、ちゃ、ちゃ、ちゃ、ちゃ、んっ。しちゃったりすると……。
――無理をしないでください。
種村 あはっ、あはははは、だからなんでもなんでもなんでもなんでもなんでもなんでもなんでもなんでもなんでもなんでもなんでもないですですってば(笑)。
ききききききききききききききき気持ちよくなっちゃったり、そそそそそそそういうの男性の夢ですよね。あはははっ、ゾンビジェルってマジ凄いって感じですよね~。
ひどい時なんか、朝礼で全校生徒が見てる見てる見てる見てる見てるの、ははははっ。あはははははははっ!
――もう話していただかなくても結構ですよ。
種村 凄かったんですから! 好きな男の子だっていたのに! キスだってまだだったのに! ねぇ? それなのにわかります? 身動きできない状態で、どんな気持ちかわかります? あはっ! わわわわわわ、わかるわけないですよね~。あはははははははっ!
――ジュースを飲んで、深呼吸しましょう。
種村 そ、そ、そうですね。んくっ(ジュースを飲む)。ごほっ、ごほっ、ごほっ! あっ、平気です、気管に入っちゃっただけで。……んっ、ふーっ、と、取り乱してスミマセン。
――話を変えましょう。ズカウバを倒した後の学校はどうなったんですか?
種村 えっと、ほら、名前は変わっちゃったけど国の何でしたっけ?
――『国立魔法研究センター』(『魔法庁』の前身)ですか?
種村 そう。それの研究チームが来て『エンジェリックピーチ』がいろいろしたから、学校が救われたんだってことはすぐにバレました。
私はそれで満足というか、もともと目立つのはそんなに好きなタイプじゃなかったから。他の魔法少女なら、正体は私でした~、なんて名乗り出れば、ちやほやしてもらったり、褒められたりもしたんでしょうけど……。
私の場合はそういうの無理ですね。
内容的に、ちょっとね。
今は一応『さわやか魔法事務局』に所属してはいるんですけど、顔や名前の露出はできる限り控えてますし。
――でも種村さんは誇るべきことをしたと思います。間違いなく学校を救いましたし『バルザイ戦争』の被害を抑えることにも成功したんです。僕はそれを賞賛しますし、心から尊敬します。感謝している人々も多いと思います。
種村 あはっ。そう言ってもらえると嬉しいですね~。インタビューが終わったらもっと褒めてくださいよ(笑)。
――はい。必ずそうさせていただきます。
種村 でもね、アレなんです! あんな酷い目にあったし、心の傷が凄く深いってことも自覚してるけど……。
だけどね、また誰かを助けることができるなら『エンジェリックピーチ』に変身する覚悟はちゃんとあるんです。
「今回、詳しく語ってはもらわなかったが彼女は『バルザイ戦争』の時にも幾度か変身したようである」
種村 もう26歳だから魔力はかなり落ちちゃってるけど、雰囲気的にあと2年は変身可能だと思う。
他の魔法少女に比べれば戦闘能力は落ちるけど……。
戦えるんです!
私だって愛と勇気と正義を信じる魔法少女だったんです!
それは誇りに思ってるんです。
心はちょっと病んじゃったけど、後悔なんか全然していないんです!
事件後、種村泉は在学中にリストカット、卒業後に睡眠薬の過剰摂取、と2度の自殺未遂を起こした。
現在、彼女は精神科に通院している。今回のインタビューはカウンセラーの許可と種村泉の強い希望により行なわれたものだ。
『魔法庁』は現役魔法少女の心のケアを熱心に行なっているが、元魔法少女の治療にはあまり積極的ではない。
『さわやか魔法少女事務局』で支援しているものの資金面などの問題で、全員には手が回っていないのが実情である。
『さわやか魔法少女事務局』から『エンジェリックピーチ』への年金は月に1万5千円である。
インタビュア/渡辺僚一