4章 兆し。その2 マツリ緑『(魔法少女名未定)』(下)
――どうしたの?
マツリ 悩んでたのがバカみたいじゃん。
あんなことされちゃって、こんなことされちゃって、それをみんなに見られちゃって……。
フェイク動画に振り回されるなんて、ガキっぽくて恥ずかしい。割と積極的に死にたい。
――でも触手系の化物とそういうことになる可能性はあるからね。ある程度の覚悟はしておいた方がいいかもしれないよ。
マツリ まっ、そうだよね。……ん~、やっぱりそういうことってあるのかな?
――昔は周囲の協力なく戦う魔法少女が多かったから、触手系の化物に捕まっちゃったりすることもあったらしいけど、今は組織で戦っているから可能性は低くなっていると思う。
マツリ 組織ってことは誰かが助けに来るってこと?
──そういうこと。それに性魔法を使えるなら、そういう行為の時、逆に触手系の化物を倒すことができるかもしれないわけだから、普通の魔法少女より安全度は高いかもしれないね。
マツリ ふ~ん。安全ね。……あいつらって、私みたいな歳の女の子にも興味持つわけ?
――彼らの興味は、スタイルや容姿じゃなくて魔力だろうから。
マツリ そっか~。んっ、納得した。
納得したついでに、聞きたいんだけどさ~。この力ってどう使えばいいの?
ハッキリ言って使い道にスゲー困る。
例えば、炎の魔法なら何かを焼き払ったり、水魔法なら水のない場所で水を出したりいろいろあるけど……。私のこれって……。
(彼女は僕の手に指をあてる)
――んっ?! ンンンッ!
マツリ こうやって気持よくするイタズラをするくらいにしか使えないんだけど……。なんなの、これ?
――そういうイタズラもしない方がいいと思うよ。
マツリ 性魔法とか(苦笑)。
私がこんな魔法を使える理由って何?
意味不明すぎだよ。わけわかんない。化物と戦うためだけに魔法少女っているわけじゃないよね?
魔法ってみんなの役に立つものじゃないのかな?
みんなの幸せのために私の力ってあるわけじゃないの?
――光魔法を操れるようになれば、治癒魔法や人に力を与える魔法を使えるようになるよ。
マツリ そうなのかもしんないけど~。
私が得意なのってきっと性魔法だよ? わかるんだもん!
5年生で性魔法ってどーすんの?
これでみんなを喜ばせるのは簡単なんだろうけどさ~。それってやっていいことなわけ?
――う~ん。
マツリ フウゾクジョーになればいいわけ?
――それは止めておいたほうがいいと思うけど……。
マツリ んじゃ、障害者の人達のための性のケアとか? ネットとかでいろいろ調べたんだ。そういうのとっても大切な仕事だって理解できた。
でもさ、そういう人だって魔法で気持よくさせられるのって変な気持だと思う。
だって人と人がふれあうから気持いいわけだよね?
こんな風に魔法で強引に気持ちよくされちゃったらさ、人間扱いしろって怒るんじゃない? 俺たちは機械じゃねー、って。
だったら、魔法である理由はないわけで、私がやる理由だってなくなるよね?
――そうかもしれないね。
マツリ それにそういうことって、好きな人とするから気持よかったりするわけでしょ?
じゃ、なに? キューキョクテキに言えば、私は全人類を好きになって、みんなに好きになってもらって、みんなを気持よくさせてあげればいいわけ?
──それは実現不能は理想だね。
マツリ そうだよね! 一夫一妻制なんだから。本当に好きな相手は1人じゃないとさ。
だいだいそんなやり方で世界征服をしたいわけじゃないし。
こういうことで私みたいな小学生が悩むってどうなの? 渡辺さん、代わりに考えてよ。可愛そうだと思わないわけ?
――そう言われてもね。
マツリ アメをもう一個あげるから考えてよ。お願いだからさ。助けてよ、マジでさ。
あ、自分でこれからゆっくり考えればいい系はナシね。
そんな答えになってない答えを求めて質問する人なんかいないに決まってるのに、大人って平気でそういう答えを返すよね?
なんなのあれ?
自分で考えることが大切なのだー、とかさ。そういう大人の言い方はキライ。
答えを求めてるわけであって、説教や考え方を聞きたいわけじゃないから!
――う~ん。
マツリ だいたいエッチなことなんかしたことのない私が考えたって限界あるよ~。無理だよ~。
エッチなことがどう気持ちいいのか知らないんだもん!
そういうことしたいって考えたこともないもん!
せーよく? せーよくとか、ないぜ~。
だれが私にこんな力をさずけたんだ! マジいい加減にしろぉ。
――結局は自分で考えるしかないことだと思う。
マツリ ……うが~。自分でとか言うなってお願いしたばかりなのに!
――だけどね、そんなに悩むことないと思うんだ。
マツリ なんで?
──だって、その時が来たらキミは自分の力で何ができるか判断できるはずだから。
マツリ 判断?
──困っている人と出会った時に、魔法少女である自分が何をすればいいのか、持っている力で何をすればいいのか、キミはきっとわかるはずだ。
マツリ ……そんなことを言ったってさ。性魔法でできることなんか限られてるよ。
――そうかもしれないけど、誰だって自分の持っている力で戦うしかないんだ。
キミは賢い女の子なんだろ?
だったら、その時はそれで戦うしかないんだ。
マツリ ……そうだね。わかる。わかるけど……。
──どう使えばいいのか、専門家に教わるべきだね。たぶん、性魔法以外の魔法も使えるはずだから。
マツリ はぁ~。もし私が無事にちゃんとした魔法少女になってさ、敵が現れたりなんかしたら……。
その時は渡辺さんさ、一緒に戦ってくんない?
ほら、魔法少女じゃなくったってできることはあるはずでしょ?
その時はガムあげるからさ。
――僕にできることは限られてるよ。だけど協力できることがあるなら協力はするよ。
「この時、僕には成りたての魔法少女の生涯を近くで取材できるかもしれない、という下心があった」
マツリ うん。まっ、渡辺さんにそう言ってもらっただけでヨシとしよう。
あとから私の住所と電話番号教えるから、渡辺さんから『魔法庁』とかに連絡して。
私が自分で魔法少女かも、なんて言うより渡辺さんが言った方がリアリティがあるし、話がスムーズだと思うから。
ほら、自分が魔法少女かもって勘違いする女の子は多いんでしょう?
そういう女の子だと勘違いされるのは嫌だし、渡辺さんが言うなら向こうも疑わないから話がスムーズでしょ?
――そうだね。僕から連絡しておこう。キミの連絡先も教えて。
マツリ うん。渡辺さんって結婚してないんでしょ?
──してないけど?
マツリ それじゃ、これから渡辺さんの家に行こう。この近くに住んでるんでしょ?
――どうして? うちに来るの?
マツリ 渡辺さんとエッチなことするから。
――ダメ。
マツリ うわ! 大人のくせにいきなり嘘をついた!
できるだけ協力するって言ったのに!
これだから大人はイヤだ!
資本主義の豚だ! なんだよ、これ、もう! させろよ!
――あのね。
マツリ ……共産主義の犬だった?
――政治の好みは関係ない。僕は小学生とそんなことする趣味はないから。
マツリ 本気でお願いしてるのに趣味とか! ふざけんなって感じ!
──ごめん。言い方が悪かった。
マツリ こっちは渡辺さんの趣味を気にする余裕なんかないんですけど! こっちは必死なんだけど! 冗談で言ってるわけじゃないんだから、真面目に聞いてよ!
――とにかくダメ。そういうのはいつか好きな人ができた時にしないとダメだよ。
マツリ そんなこと私だってわかってるって! でもさ~。私の場合は性魔法なわけだから、好きな人とちゃんとできるかわからないじゃん。それにそういうことの勉強だってしなきゃいけないんだし!
――だからって僕を選ぶ必要はないだろう。
マツリ 渡辺さんがいいな~。仲間って感じがするからあんまり抵抗がないんだよね。
――これからキミはもっと大勢の仲間と出会うよ。
マツリ それでも渡辺さんがいいと思ったら、渡辺さんね。わかった? ちゃんと覚えておいてね! わかってる? これも大人の責任の一つだよ、間違いなく!
――とにかく僕はそういう修行の相手にはなれないよ。他に適任者がいるから。
マツリ 最初のそういうのって、修行とかじゃなくて心の問題だと思うんだけど?
――それなら余計に安易に決めない方がいいだろう。そういうことはキミがもっといろんな人達と出会って経験を積んでから決めるべきことだよ。
マツリ はいはい、わかりました~。
んじゃ、練習で渡辺さんに性魔法をかけまくってみるならいい?
――それもダメ。
マツリ くそっ。渡辺さんがロリコンならよかったのに。
――そういう問題じゃない。
マツリ ……は~~。私ってこれからどうなっちゃうんだろう。ちゃんとした魔法少女になれるかな?
――きっと、なれるよ。
マツリ 大人はすぐそういうこと言う。どういう根拠があって言ってるわけ?
――キミは賢い女の子なんだろ。それならきっと大丈夫だよ。賢いっていうのは、強いってことだからね。
マツリ ん~、不安だぁ。でも、なるしかないってわかってるから。イヒヒ。ちゃんとなるよ、私。立派な魔法少女にさ。まー、だからこれからもよろしくね。
運命だと思って、私のこといろいろ助けてよ。
それに、これから何か起こりそうだしさ。
──何か起こりそう?
マツリ あれ? 渡辺さんは感じてないの?
──特に何も感じてはいないよ。僕は魔法を使えないんだから。
マツリ ふ~ん? それってなんか変だと思うんだけど……。
──質問があるんだけどいいかな?
マツリ 小学生がエッチなことをどこまで知ってるかって質問? まー、知っておかないとどこから教えたらいいか困るもんね?
私はこーいう運命を受け入れてるから、小学生レベルじゃないよ。ス、スワンピング!
──店内で大きな声を出さないように!
マツリ ピンクローター!
──だから、大きな声を出さない!
マツリ オスフレジオラグニアも知ってるよ!
──だから……ん?
マツリ 体臭が好きな人のこと。ラクタフィリアは母乳が好きな人で、クラストロフィリアは狭い場所で興奮する人で、ジェントロフィリアは老人に興奮する人。
──……凄いね。本当に勉強したんだ。
マツリ するよ。だって専門的な知識を求められると思うからさ。
血を見て興奮してる人に、あなたとはヘマトフィリアですね、って言ってあげたら少しは安心すると思うんだ。
何かわからない状態より、言葉にしてもらった方が安心するから。
性で悩んでる人がいると思うからさ……。魔法だけじゃなくて、知識の面でも役に立ちたいんだ。
──キミは本当に賢い女の子なんだね。
マツリ だから、渡辺さんも性の悩みを相談してくれていいよ。
──今のところはないかな。僕がしたい質問は、性についてじゃないんだ。キミの過去について。
マツリ 過去……二次性徴なら始まったばかりだけど? ……いや、疑わし気に見てるけど、始まってるから。始まってる感じはあるんだよね。そういう雰囲気はあるから!
──別に疑ってないよ……。昔、誰かに殺されかけたかけたことはない?
マツリ 殺されかけたこと?
──例えば、気づいたら後ろに女の人が立っていたとか、ナイフを持った女の子がいた、とか……。
マツリ 特にそういうのはないかな?
──それじゃ、死にそうな事故を起こしかけたことは? 自動車にひかれそうになったとか、大きな穴に落ちそうになったとか、そういうのもない?
マツリ う~ん。…………渡辺さんは死にそうになった経験を知りたいんだよね?
──そうだね。何かない?
マツリ 魔法少女になる女の子ってそういう経験をしてるの?
──そういうわけじゃないんだけど。そういう経験がある人もいるみたいだからね。
マツリ 死にそうになったことはないけど、死にたくなったことはあるかな?
──それは何か悲しいことが起こって?
マツリ そういうのじゃなくて、ただ人混みを歩いてたら急に悲しくなって……。
本当になんではわからないけど、死ななきゃいけないっておもったことはあった。それでビルの屋上まで行ったんだけど、なんとなく戻ってきた。
──それはいつ頃?
マツリ え~っと小学校に入る前だから6年前かな。
──それから、もう一度、同じような気持ちになったことはある?
マツリ ん~。それだけかな?
──その時に、ゴシックロリータな服を着た人と出会わなかった?
マツリ え~っと、どうだったかな? 小学校に入る前のことだから、そんなこと覚えてないよ。もしかしたらいたかもしれないけど、わかんない。
──そうだよね。
マツリ ……? もしかして、私って誰かに魔法で殺されそうになってたって話?
──……うん。まだわからないけど、もしかしたらそういう話かもしれない。
これから魔法少女になる女の子達への不安を減らすためにも、正しい情報を伝える広報活動が必要だろう。
特に性に関する知識は敏感な問題なだけに、どう伝えればいいかについての真摯な議論が待たれる。しかしどのようなフォローがあったとしても、これから魔法少女になろうとする少女達の不安を消すことはできないだろう。
インタビュア/渡辺僚一




