4章 兆し。その1 『ブラックウイッチ』須藤玲子(下)
――なぜ復讐のために『ネクロノミコン騎士団』は日本を狙ったんです?
須藤 魔法少女の多い地域を知っているか?
――日本とイギリス。フィリピン、インドネシア、イタリアのシチリア、マダガスカル、そういった地域に多いと言われていますが。
須藤 そうだ。どれも島国だ。
これが何を意味するかわかるか?
大陸を追われ、島々に移り住んだ我々の安住の地だった。
貪欲なおまえらはそこにまで攻め込んで、俺達の先祖を殺したんだ!
――その話が本当だとするなら、魔法を使える人々がやすやすと我々の先祖に敗れるとは思えないのですが。
須藤 ……ッ。
ファック!
ファック!
ファックユー!
──…………。
須藤 お、俺達は愛と勇気と正義の存在だ!
きっ、キサマらはそれを逆手にとって! キサマらはッ!
キサマらはッ!
――……つまり騙まし討ちをされたと。
須藤 そうだ!
それに俺達はおまえらに比べて繁殖能力が低かった。その先にあるのは数の暴力。それだけだ。
このファック野郎どもが!
ファックザワールド!(世界をぶっ壊してやる!)
――待ってください。それが本当の話だとしたら、なぜ彼女達は仇敵の守護者となっているんです?
須藤 ふんっ。隣人を愛せよだよ。
あんたらは俺らの祖先を殺すのは得意だったが、異世界のモノに対しては無力だった。
だから俺らに頼ったのさ。
今じゃ数は減ってるし、血も薄まっているが、世界中のあっちこっちに魔女村やら巫女村やがあるだろ。それはあんたらを許した連中が集団移住したなごりさ。
――その話を疑うつもりはあません。しかし、疑問です。何世代も前の先祖の恨みを理由に戦えるものなのですか? それほどまでに怒りとは持続するものなのでしょうか?
須藤 持続? 理由? はっ! はははははははっ! ファック!
キサマは根本的に勘違いしてるぞ!
俺達が抱えている痛みは、昨日受けた痛みと同質だぜ。
──昨日、受けた痛み?どういう意味でしょうか?
須藤 真樹沢湖あたりはもう気づいてるはずだぜ。あいつは、敏感だし特殊な魔法神経を持っているからな。
確信を抱くまでには至ってないかもしれんが……くふふふっ。。
気の弱い女だからな。完全に把握しているのに気づかないふりをしているのかもしれないぜ。
――真樹さんが気づいているとはどういう意味ですか?
須藤 だらか言ったろ。魔法神経が違うんだよ。
普通は魔法神経は体の内側に収まっている。しかし『悪堕ち』する魔法少女の魔法神経は外へも伸びている。
――外へ? それはどこかにつながっているんですか?
須藤 キサマらが知っている言葉でいえば、アカシックレコードだ。
──アカシックレコード? 実在するんですか?
須藤 ファック! 俺は触れたんだ。ふざけんじゃねーよ! 俺の話を信じないって言うつもりなのか!
「アカシックレコードとは、人類の活動情報が全て記録されているとされる存在である。予知や残留思念を読み取る能力を持つ魔法少女はアカシックレコードに接触しているのではないかという考え方もある。ただ、概念のみの存在であり、実在はしないというのが定説である」
──しかし、その……。アカシックレコードにふれたということは、自分の運命も全て知ることができるということですよね? 須藤さんはここに収容されることになるのを収容される前から知っていた、ということですか?
須藤 自分の運命なんか知るかよ!
アカシックレコードの全てにアクセスできるわけではないんだ。
アクセスできるのは、過去の血の記憶だ。
つまりそれは、ホモ・サピエンスに滅ぼされ、同化された、先祖達の恨みと復讐の願いにアクセスしたということだ!
――しかし、それが戦う理由になりますか? 過去の恨みのために……関係ないと言えば語幣があるかもしれませんが、そのためにあなた達が人類に恨みを持つ必要はないと思いますが。
須藤 ファック!
アクセスしたことのない奴に、あの怨嗟の声がわかってたまるか!
幾世代もにも渡って積み重ねられた怨嗟の声を、一度に浴びせかられ、それに共感するしかない気持ちを想像できるのか?!
何も知らない奴がわかったようなことを言うな!
ファック!
ぶっ殺すぞ!
──新鮮な状態で保存された、数世代の恨みに触れてしまった、ということですか?
須藤 新鮮な状態で保存って、俺達は野菜じゃないんだぞ!
――『ネクロノミコン騎士団』に、あなたのような悪堕ちした魔法少女は何名いたのですか?
須藤 はっ! 知るわけないだろうが! ファック!
――だいたいの数でもいいのですが。
須藤 見当もつかないぜ。
やっぱりファッキン理解してないようだ。
本当におまえらはファックだな!
俺達の活動方法はあんたらとまったく違うんだ。
──違う?
須藤 ……そうだな。例えるなら俺達は群れを作る昆虫に似ているんだ。
──昆虫?
須藤 下等生物だとファッキンバカにしたか? 蹴り潰すぞ!
──バカにしたつもりはありません。ただ意外な言葉に驚いただけです。
須藤 俺達には誰かの命令があるわけじゃない。
誰かが指揮するわけでもない。
ただ、わかるんだ。
自分が今、何をするべきなのか。今、どこを攻撃すればいいのか。どの次元の裂け目を破壊すればいいのか。
どこで死ねばいいのかまでな。
――しかし、魔法少女の指揮によって化物は動いていました。
須藤 俺達は昆虫だからな。
どうしても行動に一定のパターンができる。
そうなったら、あっさりと裏をかかれるだろ?
だからせめて末端でのパターンを変えるために、俺達が化物を指揮していたんだ。
「須藤玲子が言うように『ネクロノミコン騎士団』の活動にはある一定のパターンがあった。特定の場所に特定の攻撃を仕掛けることが多かったのだ。戦術的には多様性があったが、戦略的な多様性はあまりなかったといわれている」
――では、全てを総括するリーダー的な存在はいなかった?
須藤 いたよ。『闇の守人』五代真美。それがリーダーの名前だ。『マギマギミリミリ』に心臓をぶち抜かれた魔法少女がいただろうが。あいつがリーダーだ。
──五代真美さんですか。聞いたことがありません。
須藤 あの女は表に出てないからな。
――でも、昆虫の群れにリーダーはいないんじゃないですか?
須藤 女王アリや女王バチはいるだろうが。
──しかし、女王アリや女王バチは排卵し続けるのが役割であって、人間のリーダーのように集団を指揮するわけではありませんよね?
須藤 だから、それでいいんだよ。それが五代の役割だったんだ。
──文字通りに解釈していいんですか? 彼女が1人で全ての化物を異世界から召還していた、と。
須藤 そういうことだ。産み出したのは化物だけじゃないぞ。あの異世界を作ったのも五代真美だ。
くふふふふっ、ファック。
五代は自分がどうすればいいのか最初っから知っていたぜ。
本当は人間的な意味でのリーダーなんか存在しないのに、そう振舞う必要があるってな。
――振舞う必要?
須藤 そうだ。五代が倒されれば、あんたらは全てが終わったと勘違いするだろう?
実際、五代がいなければ異世界からあんなに大量の魔物を召還したりできないから『ネクロノミコン騎士団』としての活動は終わったんだが……。
だけどな。ふふふふふっ。あははははははっ!
――もしかして、まだ終わっていないんですか?
須藤 終わっていないか、だって? 愚問だぜ、ファック野郎!
逆に聞くが魔法による闘争が始まってから今まで、完全な終わりが訪れたことがあったか?
――また新たな敵が現れると?
須藤 ファックだぜ! こっちから質問したいんだが、現れなかったことがあったのかよ?
俺達はおまえらに安眠を与えたりしないぜ!
ファック! ファック! ファック!
……ファッキン面白いことを一つ教えてやろうか? 渡辺さんは知ってるかな?
『バルザイ戦争』の時に俺が何人殺したかさ。
「『ブラックウイッチ』は人の心を操る魔法を得意としていたが、それよりも得意な魔法があった。最も得意なのは結界魔法である。自分の周囲に結界を張ったまま移動できる。それが彼女の最大の特長である。元化14年の8月には気配を断ったまま『魔法庁』に乗り込み『瑠璃色スピードスター』と死闘を演じたことがある」
――何人殺したのかは須藤さんしか知らないのではありませんか?
須藤 15人から先は数えるのをやめちまったからな。
ふふふふっ、俺は気配を完全に断てるからな。暗殺は大得意なんだ。
いいか、よく聞け、俺が殺したのは全員魔法少女だ。
――ちょっと待ってください。『バルザイ戦争』で戦死した魔法少女は6名だと言われていますが。
須藤 正確に言うならそうだろうな。
ふふふふふっ。あっはははっ!
ファック!
俺が殺したのは魔法少女になる前の少女だ! 俺はな『双影の巫女』よりも他人の魔法神経がよく見えるんだよ。
つまりだ。『伝道師』が訪れる前に、まだ神経のつながっていない、未来の魔法少女を殺して回ってたんだよ!
それが俺の最大の仕事だったのさ!
それが俺の目的だったのさ!
『バルザイ戦争』に勝つも負けるもどうでもいい!
未来の魔法少女を殺せればそれでよかったんだ!
――どうしてそんなことを?
須藤 魔法少女が魔力を保ってられるのは30歳前までだろうが。
魔力の全盛期は人によってばらつきがあるが13~17歳だ。いいか、あれから5年がたった。
──まさか、そういうことなんですか?
須藤 そういうことだぜ、渡辺さん!
今、全盛期の魔法少女は何人いるかな~。
あの糞ファックな『瑠璃色スピードスター』だってもう下り坂に入っているはずだぜ! あいつはこれからドンドン落ちていく一方だ!
『マジカルプリンセス』は戦い上手なだけで、魔力は半減してる頃だろ。
あの時の主力で魔力を保ってるのは何人いるんだ? なぁ?
これから全盛期を向かえるのは『マギマギミリミリ』くらいなもんだろうが!
ふふん、本当にその程度だ。
――そういう状況を産み出すために少女達を殺していたというんですか?
須藤 ファック! ザマーミロだ!
俺が未来の魔法少女殺しをするためのカムフラージュとして行われたのが『バルザイ戦争』なんだよ!
──それは本当の話なんですか?
須藤 『マジカルプリンセス』が死にかけながら、化物300体を倒したことと、地方都市の普通の女の子が死んだことのどっちが話題になると思う?
どっちが重要視されると思う? あっははははは!
『魔法庁』はそろそろ異変に気づいてるはずだぜ!
魔法少女として目覚める奴が少ないな~、どうしてだろうな~ってな! ファック! ザマーミロだ!
──つまり本番はこれからだと?
須藤 今度こそ、皆殺しだ! あっははははははははっ!
どうだ? 俺を殴りたくなっただろう?
わかっただろうが!
──何がですか?
須藤 俺のような魔法少女は、いたぶられて、いたぶられて、いたぶられて、もう殺してくれ! と懇願するような目に何年も遭わせてから、殺すべきだろう。
はははははっ!
それなのに慰み者にもならずに俺は生きてるぞ!
そんなのどう考えたっておかしいだろうが! こんな生ぬるい状況には我慢できないぜ! エーッ、オラッ!
渡辺さんがやってくれていいんだぜ!
おまえが代表して、俺が泣いて許しを請うくらいボロボロにしてみせろよ!
内臓を口から吐き出すくらい、腹を殴ってくれていいんだぜ!
使い物にならないくらい股間を蹴り上げてくれたっていいんだ!
――安心しました。
須藤 ……ッ!
安心だと!
ファック!
おまえらが蹂躙される時間は近づいてるんだ!
なのに何が安心だ!
――いえ、そういうことではなく、須藤さんが罪の意識を感じていることにです。
須藤 罪の意識 バカなことを……。
――『カドゥルー』を知っていますか?
須藤 谷川こずえにぶっ殺されたファッキン間抜けだ。それがなんだ?
――彼女は自分から死を望んで、笑顔で倒されたそうです。
須藤 ファック!
だから! それがなんだって聞いてるんだよ!
――須藤さんは痛めつけてもらうことで、罪の意識が和らぐのを期待しているんですよね?
須藤 あああぁぁ? なんだと、コラァ! ふざけるな! そんなんじゃねーよ! ただの性癖だ、オラッ! ファックユー! ファックオフ!(出ていけ!)
――その気持ちがあれば『悪堕ち』から元の魔法少女に戻ることだってできるのではありませんか?
須藤 そ、そんなわけがあるか!
あれだけ人を殺した俺が今更、普通の魔法少女に戻るなんて、そんなこと、できるわけがあるか!
だいたい俺は間違ったことをしたなどとは思っちゃいないんだぜ、オラ!
この血に流れる怨嗟の声に従ったまでだ、ファック!
――もし本当にその通りなら、そんなに痛めつけられることを望むとは思えません。
須藤 ふふふっ、そんなことを言うからには……。
あっははははははははは!
言葉に責任を持つんだな、渡辺さん!
おまえが、おまえが俺を救ってくれるんだろうな? あん?
俺に尽くして一生を終える覚悟があるってことなんだろうな!
――残念ながら僕にはそのような力などありません。
須藤 少女を更生させるのに魔法なんか必要ないだろが、ファック野郎!
ふふふふふふっ、俺を請け負う覚悟もないくせに勝手なことを言うな!
――もし僕が請け負うと言ったら、それを受け入れてくれるんですか?
須藤 まさか!
そんなもんを受け入れるほど俺は腑抜けでも間抜けでもないぜ!
――ですよね。だから僕にはできません。
須藤 ……ッ! 帰れ! インタビューは終わりだ。
ファックオフ!
ファックオフ!
――わかりました。
須藤 ……二度と来るな。
――わかりました。
須藤 ……ッ!
……ッ!
……ッ!
おい!
くっ……。……うううっ! ……わ、忘れ物をしていってもいいんだぞ。
――それって、どういうことですか?
須藤 自分で考えろ!
彼女の言ったことのどこからどこまでが事実だったのか、僕には今もわからない。終始演技をしていたように思えたからだ。もしかしたら、彼女の発言に真実は一つも含まれていないのかもしれない。
ただ『悪堕ち』した魔法少女達がアカシックレコードとつながっている、という話は重要な発言として記録されるべきだろう。そのような魔法少女をどう扱うのか、今後の難しい課題となるかもしれない。
インタビュア/渡辺僚一




