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3章 終戦へ。その4 澁澤すくね『サンシャイン・レッド』(下)

──『大阪ドーム事件』で紫堂さんが戦線を離脱して、すぐに『瑠璃色スピードスター』の瀬名さんがエースになりました。その時はどう思いました?


澁澤 エースの座を争うつもりは全然なくて……。

 いや、完全になかったとは言いませんけど、そういう気持ちはあまりなかった。

 当時の私が考えていたことって……えっと。


(沈黙)


澁澤 …………誰も死ななければいいなって思ってました。

 瀬名さんが先頭に立ってくれて、『双影の巫女』の真樹さんと『ブックマスター』の菊池さんが後方でがんばってくれて……。

 その中で、死んでしまう魔法少女を減らすために、何をすればいいのかな? って考えました。

 私にできることって前線で戦いながら、同時に戦い方を後輩達に教えることだと思ったんですよ。それで全体的にレベルアップすればいいなって。

 だから、その……。

 私のこと優しくて親切なお姉さん、みたいに思ってくれている後輩は多いと思うんです(苦笑)。


──その口調だと、ご自身ではそうじゃないと思っている?


澁澤 うん、違います。

 私はただ死なれるのが嫌だっただけなんです。自分の為にやっていただけなんです。

 ……スミマセン、レモンサワーを頼みますね。


(店員に向かって手を上げる)


澁澤 えっと……。

 ニーナちゃんのために戦い続けてるんだって、考えることもあって……。


(沈黙してから、早口になる)


澁澤 それを真剣に考えてしまったら全世界を憎んでしまいそうな気がしてでも、それでもいいかな? という気持ちがあって。愛も勇気も平和も、みんなの幸せだって、どうでもよく感じられて、そういう自分の気持ちを抑えるために、後輩の魔法少女達を指導していたというか……。

 これ以上、誰かが死んだら自分がもたないなって、あー! もう! 私は何を言ってるんだろう!

 あの……ハッキリ言います。


(レモンサワーを飲み干してから、グラスを見つめたまま長い沈黙)


澁澤 私、悪堕ちしたかったんです。


──したかった?


澁澤 したかったです。でも、できなかった。


──どうして悪堕ちしたかったんですか?


澁澤 自分が欲しかったんです。


──どういう意味でしょうか?


澁澤 紫堂さんみたいになりたかった。自分のことを暴力だって言えるような魔法少女になりたかったんです。

 朔美ちゃんは悪堕ちしたわけじゃないけど、動けなくなるほどニーナちゃんのことで悩んでた。

 ……うらやましかった。


──それがうらやましかったんですか?


澁澤 『スルー ザ ゲート オブ ザ シルバーキー作戦』で私は『マギマギミリミリ』の盾になって死のうと思ったんです。


──そんなことを考えてたんですか?


澁澤 そこまで自分を追い込めば悪堕ちできるかなって。いや、あの……うん。

『マギマギミリミリ』を最深部まで届けたいって気持ちはありましたよ。その気持ちはちゃんとあった。

 それがあの時の最良の判断でしたから。だからできる限り時間稼ぎをしよう、とは思ってました。

 その一方で、殺しちゃってくれないかな、と考えていて。

 こういうこと考えていれば、悪堕ちできるんじゃないかな、という期待もあって。


──でも、そうはならなかった?


澁澤 うん。あそこで私はもっと滅茶苦茶にされるんじゃないかと期待してたんだけど、ダメでしたね。

 私って自分が思っているより強かったみたいで、正気のまま生き残っちゃいました(笑)。

『大阪ドーム事件』での紫堂さんの戦い方が記憶にあったので、その戦い方を参考にできたんですよね。

 紫堂さんも私も武器は剣だから。

 あの時の記憶がなければ、悪堕ちできてたかも(笑)。


──澁澤さんは終戦まで悪堕ちせずに戦い続けましたけど、そのことに後悔がある?


澁澤 悪堕ちしなかったことを後悔してるのかっていえば、してないですね。

 う~ん……。ただ、なんで堕ちなかったんだろうな? とは思います。結局、私はからっぽだったのかな?

 悪堕ちに必要な何かが私にはなかったんじゃないかな?


──悪堕ちに必要なものって何だと思いますか?


澁澤 …………気持ちの量じゃないかな?


──量ですか。


澁澤 うん。そうだと思う。そっちに行けるだけの気持ちの量がないと無理だと思う。

 例えると、私達、魔法少女って細い橋の上を歩いているんです。

 バランスを崩しても普通は元に戻れる。だけど気持ちの量が多いとバランスを崩した時、元に戻れずにそのまま落ちてしまう。


(氷だけが残ったグラスを真っすぐに見つめる)


澁澤 ……私は空虚だから落ちなかったと思う? もし落ちても浮いちゃう(笑)。

 魔法少女ってみんな結構、ギリギリの所を歩いてるんじゃないかな。


──そうでしょうか?


澁澤 だって、私達が信じている愛や勇気や平和なんて、すぐに崩れてしまうし。そもそも実体なんかない。

 凄い平和な世界だとしたって、個人レベルまで降りていけば、それぞれの生活では平和じゃない時だってある。

 悪に支配された凄く乱れた世界だとしたって、きっと愛や勇気はある。むしろ、そういう時の方が強く輝くかもしれない。

 だから、どういう愛や勇気を信じて、どういうレベルの平和を守ればいいのか……私にはわかんない。


──確かに明確な定義のある話ではないですね。


澁澤 あの~。私達が反乱を起こしたらどうします?


──反乱、ですか?


澁澤 二宮さんなら考えてるんじゃないかな?

 もしかしたら、その対処法も。

 私達がこの世界を悪とみなして、みんなに襲い掛かるとか……そういうことって絶対に起きないことではないですよね?


──絶対に起こらないと僕は思います。


澁澤 起こらないと私も思います。

 でも、その……悪堕ちってそういうことなのかもしれない。

 私はニーナちゃんを殺したキシュを恨んでいるのと同時に、ニーナちゃんが死ななきゃいけなかったこの世界を憎んでいるのかもしれない。


──今までのお話を聞いていると、最初の話と違ってきませんか? 澁澤さんはニーナさんのことをずっと考えていたんじゃありませんか?


澁澤 ……そうですね。うん。考えてたのかもしれない。

 考えてないと思い込もうとしていたけど、本当は考えていたのかもしれない。


──澁澤さんの活躍で、世界の平和が守られたのは間違いのない事実ですし、他の魔法少女達の命を救ったのも事実だと思います。


澁澤 うん。でも、それは……。その……。

 だから? って話ではあるんですよね。


──守られた我々や、澁澤さんが手助けした魔法少女達にとっては、だから? で済ませられる話じゃありませんよ。


澁澤 そうなのかもしれないけど……。でも、難しいな。

 そういうこととニーナちゃんの死を結び付けたくないんですよね。

 私は死を美化したくないのかな?

 でも、なんでしたくないんだろう?

 別に美化したっていいですよね?


──いいと思います。


澁澤 でもしたくないんですよね。

 あははは。自分でも全然理由がわかんない。結局、バカなんですよ、私。

 ……あの朔美ちゃんはインタビューでニーナちゃんのことなんか言ってました?


──ニーナさんが守ろうとした幸せや平和が具体的に何を意味するのかいつも考えてる、と言ってました。


澁澤 そっか……。やっぱり、朔美ちゃんはまだそういうこと考えてるんだ。

 本当に偉いなって思うんです。

 彼女には考え続ける力があるんですよ。ほんと、尊敬します。


──秋山さんは、全世界の幸せを考えている澁澤さんを尊敬すると言ってました。


澁澤 全世界の幸せ? あははは、朔美ちゃんは私がそんなこと考えると思ってるんだ(笑)。


──考えてないんですか?


澁澤 どうなんだろう? ……多分、考えてるんですよ、私。

 あんな戦争を経験したから、そういう所から考えないと前に進めない気がするんですよね。何が幸せなのか……。

 何が……え? あ……。


(急に呆然として一点を見つめる)


──どうしました?


澁澤 あっ、そうか。そういうことなんだ。


──何かわかったんですか?


澁澤 自分の死も他人の死も幸せじゃないって私は思っていて……。

 ちょっと、待ってください。

 ニーナちゃんの死を美化したくないって気持ちがあって、だから、その……。

 それを幸せと引き換えにするのが嫌だったんです。

 だから、私は悪堕ちしなかったんです、きっと。


──どういう意味でしょうか?


澁澤 そっか。だからか……。

 ああっ、そっか。私はニーナちゃんに守られてたんだ。そっか……。ギリギリの所で私を守ってたのはニーナちゃんだったんだ。


──ニーナさんが守っていた?


澁澤 うん。ニーナちゃんの死を見て、死を美化することに嫌悪感が産まれたんだと思う。

 えっと、その……これから私が言うことって、残酷な結果論でしかないし、自分勝手な理屈だってわかってます。

 だけど、その……。言いたくないな。言わないほうがいいかも。


──言わなくても大丈夫ですよ。


澁澤 言いたくないけど、言いたいんです! 聞いてください!


──はい。


澁澤 悪堕ちって、きっと死を美化する行為なんです。


──そうなんですか?


澁澤 私の想像ですけどね(苦笑)。

 どうしようもない世界を破壊してしまえ、という衝動ですから。死を積み重ねて新しい世界を作ろうって考えですから。

 だから、新しい世界の礎として、死は美化される。

 だけど私はニーナちゃんの死を見て、死を美化することに嫌悪感があったから……。

 だから、どんな状態になっても悪堕ちできなかったんです。

 死を美化しない。私が最後まで思っていたことって、そういうことで。

 だから!

 つまり!

 その!

 ニーナちゃんが私を守っていてくれたんだ!

 それって、ニーナちゃんが私の中にいるってことですよ!


(突然、立ち上がり、携帯を取り出す)


澁澤 私、ずっと朔美ちゃんと連絡を取ってなかったんですけど……。喧嘩中で……。

 でも、このことをどうしても今すぐ朔美ちゃん伝えたくて……。

 ごめんなさい。しばらくの間、店の外に行ってもいいですか?


──インタビューはこれで充分です。僕のことは気にしないでください。


澁澤 えっと、その……今日はありがとうございました!


(頭を下げると、澁澤は店を飛び出していった)


 明るく元気な性格だといわれていた澁澤すくねも、己の悪堕ちを願う程の大きな悩みを抱えていた。


 魔法少女達は精神的に追い詰められた状態であの戦争を戦っていたのだろう。

 彼女達の心のケアをどのようにするのかは、大きな課題として残り続けている。


 また、彼女達の戦う理由を、守られている側である我々がしっかりと定義し提出する必要があるのではないだろうか?


 守られる側が、責任と覚悟を持って守られる理由を提示しないのは、怠慢としかいいようがない。


 我々は、守られる理由、まで魔法少女に守ってもらわなくてはいけないのだろうか?

 僕はそうではないと思う。


 インタビュア/渡辺僚一

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― 新着の感想 ―
真理を知りたければ賢者か酔っ払いに聞けと先人は言ったが、この回はとてもいい話だった。
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