3章 終戦へ。その4 澁澤すくね『サンシャイン・レッド』(上)
札幌市と小樽市の境に銭函という地域がある。
文承の頃、ニシンが大量に取れて、どの漁師の家にも銭の入った箱があったことから、銭函という名がついたともいわれている。
現在では札幌市のベッドタウンとして栄え、人口増加を続けている。昔ながらの漁師町と新興住宅地の両面を持つ地域だ。
魔法少女隊『サンシャイン・スリー』の一員『サンシャイン・レッド』だった澁澤すくねは現在26歳。銭函の児童養護施設『ナナカマド園』で児童指導員として働いている。
『サンシャイン・ピンク』の秋山朔美に1章でインタビューをしているので繰り返しになるが『サンシャイン・スリー』について再び説明しておいた方がいいだろう。
魔法少女隊『サンシャイン・スリー』は『黒魔術大感染期』(ブラックマジックパンデミック)に活躍した魔法少女隊である。
メンバーは正義感溢れるリーダー『サンシャイン・レッド』の澁澤すくね。常に冷静沈着な『サンシャイン・ピンク』の秋山朔美。頭脳明晰な『サンシャイン・イエロー』のニーナ・イヴァノヴナ・ツルゲーネフの3人である。
彼女達は人の悪意を利用して化物を生み出すキシュと戦い、ニーナ・イヴァノヴナ・ツルゲーネフの命という代償を払って、それに勝利した。
『サンシャイン・レッド』と『サンシャイン・ピンク』の2人はその後に発生した『バルザイ戦争』にも関わっていくことになる。
澁澤すくねへのインタビューは、札幌市内のジンギスカン店で行われた。
澁澤 明日、仕事は休みなので、ゆっくりやっていいですか?
──はい。それはもちろん、澁澤さんのペースで。
澁澤 私、野菜も肉もちょっと焦げたくらいが好きなんです。大勢で食べるとじっくり焦がす時間がないじゃないですか。焦げる前に食べろって言われたりして。私としては、いやいや焦がしてるんだよ、って(笑)。
それに羊肉の油を吸った野菜が好きなんですよね。
あっ、生中いいですか?
──はい、どうぞ。
澁澤 渡辺さんも飲みますよね?
(手を上げて店員に向かって)
澁澤 生中を2つお願いします。
──このお店が好きなんですか?
澁澤 好きですね。お肉も好きなんですけど、玉ねぎがちゃんと輪切りなのがいいですね。
──玉ねぎの切り方にこだわりがあるんですか?
澁澤 短冊や乱切りだと違うな、って思うんですよ。そういう切り方をしている店には行かない(笑)。
──どうしてそういうこだわりが生まれたんでしょうか?
澁澤 子供の頃から、家族とか友達とするジンギスカンの玉ねぎって輪切りだったから、それ以外はなんか違うな、って思っちゃうんですよね。
私って頭が悪いから、そういう思い込みが強いんですよ(笑)。
──釧路で『サンシャイン・スリー』として活躍されていた時もジンギスカンを食べていたんですか?
澁澤 一部の道民ってジンギスカンを食べる機会を逃したくないって思ってますから。私もその一部の道民でして(笑)。お花見にジンギスカンで、遠足でジンギスカンで、海岸でジンギスカン。キャンプでジンギスカン。学園祭の打ち上げはジンギスカン。体育祭が終わったらやっぱりジンギスカン(笑)。
──そんなに食べるんですか?
澁澤 まー、全部のイベントで出てくるわけじゃないですけど、ジンギスカンの登場率はかなり高いですね(笑)。
でも、3人だけでしたことはなかったかも。他の友達がいたり、家族がいたり……。
そっか。3だけで食べたことなかったのか。3人ともジンギスカンは大好きだったんですけどね。
澁澤 あっ、生中が来ましたね。それじゃ、乾杯。
──今日はよろしくお願いします。就職先に児童養護施設を選ばれたのは何か理由があるんですか?
澁澤 みなさんそういうとこで、深読みみたいのをされるんですけど(笑)。そういうのは別になくて、ただの就職ですよ。まー、あえて言うなら子供が好きだからかな。
──学校や保育園などの先生ではなく、児童養護施を選んだのに理由があるのでは?
澁澤 本当にたまたまって感じなんですよね。んー……あえて言うなら、学校の先生と比較して濃密な付き合いがあるからかな? そっちの方が私に向いているような気がして。本当にそのくらいの話であって……。
私の人格と、児童養護施で働いてることにそんなに繋がりはないと思うんですよ。
元魔法少女が恵まれない子供達の力に、みたいな感じで美談っぽく話す人がいるんですけど、困っちゃうんですよね。ただのご縁があった就職先ですから。それだけなんです。
──わかりました。では、話を変えます。
澁澤 あの……。朔美ちゃんにインタビューしたんですよね? それなのにどうして私のインタビューが必要なんですか? 話せる内容はあんまり変わらない気がするんですけど……。
──秋山朔美さんには『黒魔術大感染期』(ブラックマジックパンデミック)の頃の魔法少女について質問させていただきました。澁澤さんには、『黒魔術大感染期』(ブラックマジックパンデミック)から『バルザイ戦争』までの話をお聞きしたいんです。
澁澤 そういうことなら、朔美ちゃんに聞くこともできたんじゃありませんか?
──秋山さんは『バルザイ戦争』の中期頃から、あまり活躍されてませんよね。
澁澤 あっ。……そっか。そうでしたね。
途中から、朔美ちゃんは離脱しちゃったから……。
──最初から最後までを主力として前線で過ごした魔法少女は、澁澤さんだけだと思うんです。
澁澤 そうですかね? 『パリット』の川原敏江さんは?
──川原敏江さんは、小池亜季さんの追跡をずっと続けていたので、全体を通して主力だったわけではないですよね。場面、場面で重要な活躍はされていますけど、継続性がないというか。
「『大槻ゆんインタビュー』で『パリット』の顛末についてふれている。捕捉すると、川原敏江は『バルザイ戦争』の期間の多くを神出鬼没な小池亜季を追跡し、撃退することについやしていた」
「最終的に青森県の恐山で、小池亜季は川原敏江に倒されることになる。川原敏江の『バルザイ戦争』とは小池亜季との戦争だったに違いない」
澁澤 言われてみればそうかもしれないですね。
──インタビューでは秋山さんに聞かなかったのですが、秋山さんが途中で離脱した理由は何だったのでしょうか?
澁澤 それは、その……。
朔美ちゃんは私なんかよりずっと頭がよかったんですよ。
──勉強ができたということですか?
澁澤 勉強もそうだけど。それだけじゃなくて、賢い、っていうんですかね。
確かに『バルザイ戦争』に最初期から参加していて、最後の『スルー ザ ゲート オブ ザ シルバーキー作戦』まで前線で戦っていたのは私だけかもしれないです。
でも、それは私が優れていたからというより……。ん~、むしろ逆なんですよね(笑)。
──逆ですか。
澁澤 頭が悪くないと、そういうことするのは無理なんじゃないかなって思うんです。
(澁澤は苦笑してから、ビールを大きく傾ける)
──どういう意味でしょうか? 順を追って説明していただくことはできますか?
澁澤 あっ、はい。やってみます(笑)。
ん~と……頭が良ければ、いつか戦えなくなると思うんです。
戦いですから、不幸なことって絶対に起こるんです。それはもう間違いなく。そして不幸と向き合った時、戦えなくなるのは自然なことなんです。
──自然ですか。
澁澤 自然です。不幸は心を弱らせますから。弱った心で戦うのは無理です。
朔美ちゃんは、どうしてニーナちゃんが死んだんだろう、ってずっと悩んでいたんです。
残酷なことを言ってしまえば、戦ったからですよね。
戦えばそういうこともある。
それだけのことで、理由なんかないんです。
──理由がないんですか?
澁澤 ないんだと思います。
理由があったら困ります。
だって、もしそうだとしたら何かと引き換えにニーナちゃんが死んだってことになりますよね。
(澁澤はビールを飲み干し、追加を注文する)
澁澤 そういう風に考えたら、ニーナちゃんの死は他の何かと代えることができたって、ことになりませんか?
私は代えられないと思うんです。
──それが、愛や平和や勇気やでも?
澁澤 でも、です。
──インタビューさせていただいた時、秋山さんは今もニーナさんが死んだ理由を考えているようでした。
澁澤 うん。だから、朔美ちゃんは頭がいいんですよ。頭がよくないと考え続けられないから。
私は……もう悩めないのかもしれない。
だから私にとってニーナちゃんの死は、戦っていれば誰かが死ぬこともある、というそれだけのことなんです。
(ビールジョッキを大きく傾ける)
澁澤 繰り返しですけど、朔美ちゃんが戦えなくなったのは、真剣にニーナちゃんが死んだ意味を考え続けていたからなんです。
つまり戦いに、意味があるのか? ってことを考えていたんですよ。
そんなことを続けてたら、戦えるわけないんです。
──意味を求めたら戦えなくなる?
澁澤 そうだと思います。スミマセン、焼酎いいですか?
──はい。好きに頼んでいただいて結構です。
(澁澤は注文してから羊肉には強い酒が合う、という話を15分ほどした)
澁澤 えっと、何の話でしたっけ?
──意味を求めたら戦えなくなる、という話ですね。
澁澤 あっ、はい。
でも、機械じゃないんだから、戦うことに意味は欲しいですよ。
みんな笑顔を守るため、とかそういうレベルでいいから。
でもそこを突き詰めて考えると戦えなくなる。
どこかで思考を止めないと。
頭がいいと、そこのバランスを取れなくなっちゃうと思うんですよね。
──意味がないと戦えないけど、意味を突き詰めると戦えなくなる、ということでしょうか?
澁澤 私はそうだと思います。突き詰めた所で戦えるのって、本当に心が強い人か、異常者。
『瑠璃色スピードスター』の瀬名さんはそういう人だったと思う。彼女は心が強くて異常者な、凄すぎる人(笑)。
──『バルザイ戦争』が始まった時、澁澤さんはどのような活動をされていたんですか?
澁澤 『魔法庁』の最初のエースって私と朔美ちゃんだったんです。一番頼りにされていたと思う。だから、日本のいろんな場所に派遣されて、各地の魔法少女を助けて回っていました。
すぐに『マジックプリンセス』の紫堂炯子さんが出てきて、彼女がエースになりましたけどね。
──その時はどんなお気持ちでした?
澁澤 気持ち? んと、それはエースの座を奪われて嫉妬したとか、楽になって安心したとか、そういうことですか?
──はい、そういうことです。
澁澤 ん~。……どうなんだろう?
(焼酎をロックで飲みながら考え込む)
澁澤 朔美ちゃんは良くも悪くも紫堂さんに刺激されていたと思いますよ。
自分ももっと前に出て、もっと活躍したいって言ってましたから。
やっぱりニーナちゃんなんですよ。
朔美ちゃんはニーナちゃんが死んだ分、がんばらないといけない、と思っていたんだと思います。
──澁澤さんは、そうは思わなかった?
澁澤 思わなかった、というより、思いたかった、ですね。あはは……当時のこと思い返すのはやっぱり厳しいな。
──申し訳ありません。
澁澤 いえ、いいんですよ。こういう話をすることになるってわかっていてインタビューを受けてるんですから。
ニーナちゃんのために、って思いたかったのに、思えない自分にずっと違和感があったんですよね。
自分が凄く冷酷な人間に思えて。
そういう気持ちをずっと抱えて私は戦ってました。




