1章 バルザイ戦争前夜。その1 秋山朔美『サンシャイン・ピンク』
12年前の元化11年。北海道釧路市の中学校に通う秋山朔美は魔法少女隊『サンシャイン・スリー』の一員となった。
他のメンバーは正義感溢れるリーダー『サンシャイン・レッド』の澁澤すくね。頭脳明晰な『サンシャイン・イエロー』のニーナ・イヴァノヴナ・ツルゲーネフ。
彼女達は人の悪意を利用して化物を生み出すキシュと戦い、ニーナ・イヴァノヴナ・ツルゲーネフの命という代償を払って、それに勝利した。
現在、26歳の秋山朔美は、一部から極右政党といわれる『愛国日本党』で広報担当として働いている。
このインタビューは世田谷の『愛国日本党』本部ビル3階の応接室で行なわれた。
遅れて応接室に現れた秋山朔美は温和な顔をしていた。
トレードマークだった氷点下の眼差しは、この時に限って言うなら完全に消えていた。
秋山 私が『サンシャイン・スリー』の一員になったきっかけですか?
中学2年生の冬に失恋したんです。
多くの女の子がそうであるように、こんな世界なんか滅んでしまえばいい、なんてことを鬱々と思いました。
失恋くらいで世界の滅びを望むなんて、あまりにも自己中心的な願いですよね(苦笑)。
私が普通の女の子だったなら、何を思ったとしても問題なかったのでしょうけど……。
――しかし、普通の女の子ではなかった。
秋山 簡単に言ってしまえばそうですね。多くの魔法少女がそうであるように、私は魔力を豊富に持つ女の子でした。
もちろん、当時の私はそんな事実に少しも気づいていませんでした。ですけど、キシュがそれに気づいたんです。
捕らえられた私は、気づくと破壊行為に手を染めていたんです。
――キシュとはどのような魔物だったのですか?
秋山 キシュは普通の人には見えません。
魔力を持つ人には不定形のスライムのように見えます。能力はその人の望む力を与える、というものです。
当時の私は破壊を望んでいました。だから、さわるだけで物質を破壊する力を与えられたんです。
そして、力を与えられた人は、その力を使いたいという強い衝動も植えつけられます。
――具体的にどのような破壊活動を行ったのですか?
秋山 市内の公園に大きな木があったんです。それを粉々に砕きました。
その木の下で結ばれたカップルは幸せになれる、なんて噂があったものですから……。世界を壊すつもりだったのに、真っ先にそれを壊すなんて、おかしいですよね(苦笑)。
そこに現れたのが、喋るキタキツネのチュプとすくねちゃんとニーナちゃん……いえ、澁澤すくねさんと、ニーナ・イヴァノヴナさんでした。
――当時の呼び名で呼んでもらった方が、読者もわかりやすいと思うので。
秋山 ……わかりました。
細かい話は省きますが、すくねちゃんとニーナちゃんが変身して、私を倒しました。
すくねちゃんの剣と、ニーナちゃんの弓矢は肉体を傷つけずに悪意だけを攻撃するんです。だから私は無傷でした。
正気を取り戻した私は魔法少女になることを志願したんです。
――なぜ志願したんですか?
キシュという悪の存在を知ってしまったのに何もしないなんて、当時の私にはできなかった。
プライドの高い女の子でしたから(苦笑)。自分の心を誰かに操られたのが、凄く屈辱で……許せなかったんです。
それにすくねちゃんと ニーナちゃんと仲良くなれるって直感でわかったから。二人と同じ場所に立たないと、きっと後悔するって。
――志願したことを今はどう思っていますか?
秋山 答えづらい質問ですね。正直に言うと、すくねちゃんやニーナちゃんと出会わなければよかった、魔法少女なんかにならなければよかった、そう考えることもありました。
……ました、ではありませんね。その自問自答は続いていますから。
今も考えてます。しかも頻繁に(苦笑)。
でもやっぱり魔法少女になってよかったんだと思います。
――どうしてですか?
秋山 どうして……。それは私が死ぬまで考えないといけないことだと思います。
(長い沈黙。その後、曖昧な笑顔)
「サンシャイン・スリーの戦術は、集団で戦うタイプの魔法少女達の一つの完成系で、後の魔法少女達に大きな影響を与えた。イエローのニーナが弓矢で遠距離攻撃をする。隙をついてピンクの朔美が鞭で敵の動きを封じる。そして、レッドのすくねが剣でとどめを刺す、というものだ」
「鞭で縛り付けた敵を氷のように冷たい目で見つめる秋山朔美が『身動きできないってどんな気持ちかしら?』とつぶやく姿が偶然通りかかった地元テレビ局によって撮影され、話題になったのを覚えている人も多いだろう」
秋山 決め台詞というつもりはなかったし、あれを言ったのは一度きりだったのに広まってしまって(苦笑)。
すくねちゃんなんか毎回「勇気の力で悪を断つッ! サンシャインソードッ!」と叫んでいたんですけど全然話題にならなくてむくれてました(笑)。
――『サンシャイン・ピンク』に変身後、冷たい目をしていた理由は?
秋山 臆病な性格なんです。
それだけなんです。
動揺を見せるとそこに付け込まれますから、ポーカーフェイスでいようと思ったんです。
それがたまたまそういう顔だっただけで、みなさんが期待しているような深い意味はないんです。
――冷たい目に、マゾヒズムな感情を刺激された男性も多かったようですが。
秋山 知ってます(苦笑)。
変身後の私と普段の私はある意味別の存在ですから、どう思われてもあまり気になりませんでした。
ニーナちゃんは頭がいいですから、イメージ戦略を考えていたみたいですけど。パッケージに私の写真を使ったアイスを売ろう、と言い出した時はどうしようかと思いましたけどね(笑)。
……あと、その……私達のコスプレをした人達が登場するビデオが売られていると知った時はショックでしたね。
冗談ではなく気絶しかけました。今なら受け流せるかもしれませんけど、当時は中学生でしたから、人格形成に大きな影響を受けたかも(苦笑)。
――キシュとの最終決戦についてお聞きしてもいいですか?
(沈黙)
――話を変えましょうか?
秋山 いえ、その話をしなければインタビューの意味がないことは、理解しています。
(間)
秋山 その時のキシュは、吸収した人々の悪意で強大なものなっていました。
そのことは理解していました。
しかし、その力でキシュが自身の分身を生み出していることに、私達はまるで気づいていませんでした。
……後になって考えてみれば、キシュの行動範囲がある時期から飛躍的に広がっていたから、キシュが2体になっていることに気づいたっておかしくなかったんです。
でも、私達は気づきませんでした。
「弓のイエロー。鞭のピンク。剣のレッド。このコンビネーションにも弱点があった。イエローが他の二人から離れてしまうのだ。前方への攻撃力は絶大だが、背後からの攻撃にはひどく脆い陣形だったのだ」
秋山 2体のキシュを倒した時……。ニーナちゃんは雪の中に倒れていました。
胸に穴が開いていて、うつろな目で空を見上げていて……。雪が赤く染まっていて……その赤色が凄く……鮮やかで、今も目蓋の裏に焼きついています。
私もすくねちゃんも奇跡を期待していました。
だって、戦闘中に死んだ魔法少女は、蘇るものじゃないですか。だけど、キタキツネのチュプが言ったんです。奇跡は起きないって。イエローは死んだんだって。
(長い沈黙)
秋山 こういう仕事に興味を持つ元魔法少女は多いんですよ。
――こういう仕事というのは、広報の仕事という意味でしょうか?
秋山 政治に興味を持つ、という意味です。
別に被害者ぶるつもりはないけどいったい自分は何のために、誰のために戦ったのだろう、と疑問に思うことが多いんです。
私達はニーナちゃんを失っていますから、余計に考えてしまうのかもしれませんね。
ニーナちゃんの命と引き換えるほど価値のあるものを私達は守ったのだろうか? そう考えてしまうんです。
「この頃、日本各地で複数の悪の集団が暗躍していた。いわゆる『黒魔術大感染期』である。これらの悪の集団は『ネクロノミコン騎士団』の尖兵であったことがわかっている」
――『サンシャイン・スリー』の活躍がなければ『ネクロノミコン騎士団』の活動はより激しいものになっただろうと言われています。
秋山 だからといって、 ニーナちゃんが死んでいいということにはなりませんよね?
――その死に大きな意味があったと思います。
秋山 それはわかっています!
こんなこと言うのはいけないことだと承知していますが……。
見知らぬ人がどれだけ死ぬことになったとしても、私はニーナちゃんに生きていて欲しかった。
世の中の人々がいなくなってしまったとしても、私達3人が生きているならそれでよかった。
3人で仲良く生活できるなら他のことなんて……。
――今の発言は削除しますか? 批判されることがあるかもしれません。
秋山 いえ、これはきっと命が尽きるまで、変わらない気持ちですから、そのまま掲載してください。
ただ、これは私の気持であってすくねちゃんとニーナちゃんは、こんなひどいことは思っていないはずです。
(間)
秋山 ニーナちゃんが守ろうとしたものが、幸せや平和だってことくらいわかってます。
それなら、その幸せや平和ってなんなんだろうって。具体的にどういうことなんだろうって、そういうことをいつも考えるんです。
――『愛国日本党』の思想や活動が、ニーナさんの守ろうとしたものに近いと?
秋山 そうは思いません。私達の党には外国人を排斥する思想が含まれていますから、ロシア系だったニーナちゃんが党を支持するとは思えません。
ただ……。私達が守ったのは、釧路市であり、北海道であり、日本という国だと思うのです。
日本という国を大切に思う気持ち。それを大事にしたいんです。私は想像力をそれ以上遠くへ飛ばすことができないんです。
「現在、政治結社や政党に深く関わっている魔法少女と元魔法少女は11名。ちなみに世界最大の民間魔法少女組織である『さわやか魔法少女事務局』の把握している日本の魔法少女と元魔法少女の総数は465名である」
――『サンシャイン・レッド』の澁澤すくねさんとは、今でもお会いされているんですか?
秋山 『バルザイ戦争』が終わってからは、一度会ったきりです。
――失礼な質問かもしれませんが、澁澤すくねさんと何かあったのですか?
秋山 ……すくねちゃんの職業をご存知ですか? 札幌の孤児院で働いています。立派な仕事だと思うのですが……。
そこの上部組織が『世界共産党』なんです。ご存知かと思いますが、私達の党と激しく対立しています。だから、表立って会うわけにはいかないんです。
それにすくねちゃんとは、政治的なことで激しく口論をしたことがあって。……だけど、今は……すくねちゃんって凄いなって思うんです。
――どういったところが?
秋山 私が守ろうと思うのは、日本という枠なんです。
だけど、すくねちゃんの枠って全世界。
全世界なんて大きすぎて、何をしたらいいのか私には想像できませんし、現実的な考え方ではありません。
あんな誇大妄想じみた考えで、誰かが救われるなんて思えない。なんでそんなことも理解できないんだろう。
(沈黙)
秋山 すくねちゃんの考え方は間違っていると断言できます。……それでも、すくねちゃんはそれを真剣に考えているんです。さすが私達のリーダーだなって、嬉しくなっちゃうんですよね。
私の言っていることをどうして理解しようとしないの? という怒りが一線を超えると、尊敬の念が沸いてくるというか……。
だからその、繰り返しになってしまいますけど、すくねちゃんは凄い(笑)。
もうわかりあえないのかもしれないけど、でも凄いんです。
――喋るキタキツネのチュプは最終決戦後どうなったのでしょうか?
秋山 チュプは他の動物に寄生する憑依型の伝道師でしたから、すべてが終わった後、寄生していたキツネを残して、自分の世界に帰ってしまいました。
うふふ。おもしろいんですよ。実家に帰るとチュプそっくりのキタキツネが私に近づいてくるんです。
チュプが憑依していたキツネの子孫なんだと思います。そういうのって……なんていうか、胸がキュッとしますよね。
インタビュー後、秋山朔美は『愛国日本党』のパンフレットや党首の著作をお土産としてくれた。
愛国心を訴えるそれらの活字から、元魔法少女の苦悩を見てしまうのは僕の考えすぎなのだろう。
ただ間違いなく言えるのは、そこが今の彼女にとって安住の地ということだ。
一部には彼女が洗脳されているという声もあるが、僕は違うと思う。真剣に考えた結果、彼女はこの政党に協力することを選んだに違いない。
インタビュア/渡辺僚一