3章 終戦へ。その2 谷川こずえ『クイーンウンディーネ』(上)
言うまでもなく、日本は島国だ。
島の定義によって数は変わるのだが、6800以上の島があるといわれている。
それだけの島々をカバーするのは『魔法庁』と『さわやか魔法少女事務局』の力をあわせても不可能だ。
その中で力を発揮したのが『クイーンウンディーネ』こと谷川こずえだ。
彼女は強力な水魔法を駆使して、東北、関東、中部の近海をたった1人で守っていた。
現在、23歳の彼女は『魔法庁』を離れ、那覇から遠く離れた具志川島に1人で住んでいる。
具志川島は船をチャーターしないと渡航できない無人島だ。
住んでいる、といっても彼女がそこに滞在しているのは、年に数ヵ月だけのことらしい。
都内で働いては島に戻る、という生活を繰り返しているそうだ。
水着姿の谷川こずえは波打ち際で、今にも壊れそうな古い椅子に座り、海に足を浸しながら、煙草をくゆらせていた。
谷川 はしたない格好でごめんなさい。このままでインタビューを受けてもいいかしら?
――はい、かまいません。喫煙されるんですね。
谷川 吸うのはこの島に来た時だけね。普段は吸わないし、吸いたいって気持ちにもならないの。
……この煙草、私が作ったのよ。
――作ったというと?
谷川 この島はあっちこっちにタバコの草が自生してるいるのよ。その葉を摘んで乾燥させて作ったの。
洗練されてない野生の味がするし、香りも悪いんだけど、自分で作ったと思うと、不思議とおいしく感じるわ(笑)。
島の真ん中には、井戸があるし、海に潜ればエビなんかも簡単に取れるし、仕掛けを放り込んでおけば魚もとれるわ。もしよろしければ後からご馳走するけど……。
――是非、お願いします。
谷川 今日はここに泊まっていくわね?
――船長に夕方に来てもらうように伝えたので、それで帰ろうかと思っているのですが……。
谷川 ここ携帯つながるから、連絡して明日の昼に変更してもらいなさい。
遠慮しなくていいわ。
お客さん用のテントも用意してるし、一晩くらいならなんの不都合もないと思うわ。
1人なのは好きだけど、こうも1人が続くと誰かと話したくなるのよ。泊まっていってくれないなら、インタビューは断るわ。
――……わかりました。そうさせていただきます。
谷川 一応、言っておくけど、一緒に寝てとせがむほど人恋しくはなってないから、余計な気を遣う必要はないわ(笑)。
――ではインタビューを始めさせていただきます。どうして無人島で生活しているんですか?
谷川 誰にも邪魔されずに、ずっと海に足を浸していたかったの。それだけのことよ。北の海は冷たくて長時間そうしているわけにはいかないわ。冷たい海で骨まで凍っちゃうような思いをするのも素敵だけど、毎日そうなのは厳しいわ(笑)。
南の海なら、一日中パシャパシャしていてもダメージはないじゃない? だから沖縄にした。それだけの話よ。
――なぜ海に足を浸していたいんですか?
谷川 ……え? あー、それって凄く久しぶりな質問(笑)。
私を知っている人はそんな質問しないから。
──取材不足で申し訳ありません。
谷川 いえ、いいのよ。関係者でも知らいない人はいるし、自分から言って回っていることでもないから。
(谷川こずえは海水をはね上げるように両足を動かした)
谷川 私の魔力は海と繋がっているのよ。だから、体が海と接していると安心するわ。
──安心ですか。
谷川 携帯に充電のコードが刺さっているような安心感といえばいいのかしら?
私は特殊な魔法少女で、自分自身で魔力を産み出すんじゃなくて、海から受け取っているの。
だから海との繋がりを絶たれて、一週間もしたら私は魔法を使えなくなってしまうわ。
──だから『バルザイ戦争』の時、谷川さんは海の側でしか活動してなかったんですね。
谷川 そういうこと。
(物憂げにため息をつく)
谷川 もう23歳。受け取れる魔力が日に日に減っている。海との繋がりが断たれようとしている。
きっと、あと1年もたてば水面を歩くことさえできなくなって……2年もたてばほぼ普通の人ね。
完全に魔力を受け取れなくなるまでは……。
そうなってしまう前に、少しでも長く海を感じていたいの。
私には家族もいないし、大切な人だっていないから、魔力が消えた後もずっとここにいようかしらね~、なんて半分くらい真剣に考えているわ(笑)。
住むなら海の側がいいもの。今さら、山の中には住めないわ。
でも、こうやって1人になることを望んでいるのに、すぐに人恋しくなる性格だから無理だとは思うけど。
――失礼ですが、ご家族はおられないんですか?
谷川 いるけど絶縁状態。
──詳しく聞かせていただいても大丈夫ですか?
谷川 かまわないわ。
私の家は……言うのも恥ずかしいけど元華族の名家でね。
──華族ですか。
谷川 笑ってしまうでしょう? 今更、華族だってことを主張してること自体、冗談だもの。そもそも、今の若い人……というか、私達の親のさらに親の世代も華族の存在なんか意識したことないんじゃないかしら。廃止されてどれだけ経っているの? という話じゃない。
──そうですね。元華族だと主張している人を見ることはほぼないですね。
谷川 それに広い土地と古い屋敷だけが自慢の貧乏な華族だったらしいわ(笑)。
どうしてかはわからないけどプライドだけは継承してしまったようなのよね。
そこの娘が魔法少女になってしまった。それが、両親をはじめとした親戚のみなさんは気に入らなかったわけ。
活発な娘というだけでも困り者なのに、魔法少女……しかも戦闘系の魔法少女になってしまったら、眉をひそめるだけではすまないのよ。
そういうのは下賤な血の影響だって言い出すのだから、本当に困るわ。
――魔法少女が下賤ですか? 珍しい意見のような気がします。神々の高貴な血を継いでいる、なんて話は聞いたことありますけど。
谷川 江戸の頃に、傀儡女といって、巫女と娼婦を兼業する職業があったのを知らない?
そういう方々の血が流れているんじゃないかって話。
私としては、何代も前のご先祖に娼婦がいようといなかろうと、どうでもいいのだけど、家名だけで生活してる元華族には大問題だったみたいね。
滑稽な話だわ。
中庭の池の水面をスタスタ歩いてたら、怒っちゃって怒っちゃって、凄かったわね(苦笑)。
――ご両親の理解は得られなかった?
谷川 理解を得られた結果『魔法庁』で預かってもらう、という形で家を追い出されたわ。
それで、小学5年生から『なでしこ寮』で生活することになったの。それ以降、家に帰ったのは2回だけ。これから帰るつもりはないわ。私のせいで両親は離婚してしまったから、帰る家という感じがしないしね。
――谷川さんのせいで離婚とは?
谷川 どっちの家系のせいで魔法少女が生まれたんだ? というくだらない言い争い。父と母が出会うまでにどれだけの血が混じっているのか想像したことないのかしらね?
こんなの答えが出るわけないわ。
……この話はもういいでしょう? つまんないことよ(笑)。
話を変えて。
――『瑠璃色スピードスター』の瀬名さんと確執があった、という話を聞きました。
谷川 確執なんて(笑)。
そんなたいしたことではないわ。ただ気が合わなかっただけ。多分、自覚はないんだろうけど、瀬名さんって他人に干渉しちゃうタイプだから。
自分で言うのもなんだけど、私や紫堂さんは、自分がしたいようにしたいから、他人に強制もしないタイプ。
だから、みんなでがんばろうね! みたいなことを真顔で力強く言われると引いてしまうのよね(苦笑)。
でも、今になって思えば瀬名さんみたいな人が中心にいないと、集団としてうまく機能しなかったのかもしれないわ。
──集団として、ですか。
谷川 そう。誰かが先頭に立って無茶なことをしないと、士気って上がらないのよ。
瀬名さんって、日常的に肋骨とか折っていたものね。
──そうだったらしいですね。
谷川 今でも覚えてるのは、脇腹に手をやって「なんか腰を動かすたびにパコパコが音がするんですよね」と言って笑ってたことね。すぐに病室に連れて行ったわ。3本も折れてた。
どう考えても笑ってる場合じゃない。どっ、と疲労したわ。
彼女に感情移入したら、疲労で彼女より先に倒れるでしょうね(笑)。
見てるだけで気絶しそうになることを平気でするんだから……。
みんなのリーダーにはなれるけど、誰かの大切な人にはなれないわね。
魔力を失えば性格は変わるかもしれないけど……。
──瀬名さんは本当に無茶な性格なんですね。
谷川 結局、私や紫堂さんみたいなのはアウトローな脇役で、瀬名さんみたいなのが主人公。
……言っておくけど、瀬名さんのこと嫌いってわけではないわ。ただ……考え方が違っただけで。
彼女と友達にはなれないけど、尊敬はしているわよ。
私にはあんなことできないもの。自分にできないことをする相手を尊敬するのは普通のことだわ。