3章 終戦へ。その1 菊地キタ『ブックマスターキタ』(下)
――そういった感情のもつれで魔法少女同士の連携がうまくいかない、ということもあったんですか?
菊地 何回かはあったと思うッスけど。
だけど……瀬名さんは本当に命がけで戦ってたッスからね。
出動するたびに打撲、骨折。
肋骨や鎖骨なんかの細くて折れやすい骨なんかは、戦闘のたびに折っていたような気がするッス(苦笑)。
それは大げさだとしても、合計で10回くらい折ってると思うッスよ。
バケツで血をかぶったみたいになって戻ってくることもあったな~。額とか切れちゃうと、それほど傷が深くなくても血がドバッと出ちゃうことってあるんッスよね。
「キタさ~ん。今日は手のひらを治してくれません?」と差し出した手のひらに大きな穴が開いてるなんてこともあったッス。
確かに傷は治癒魔法で治るけど……。
瀬名さんは痛覚を遮断する魔法は使えないから、意識を失って当然なくらい痛かったはずなんッス。
──それでも平気な顔をしていた?
菊池 平気そうにしてましたね(苦笑)。
しかも、瀬名さんみたいな風魔法の持ち主って、全身で空気の流れを感じる必要があるから、普通の人より痛みとかに敏感なはずなんッス。
……そういう姿を見せ付けられたら、反発するのがバカバカしくなっちゃうッス。命がけで戦ってるっていうのは、物凄い説得力ッスからね。
ああいう特殊な存在がいないと、戦争はできないって二宮さんはおもってたんじゃないかな?
――『マジックプリンセス』の紫堂さんが怪我で一時期休養していたのに、瀬名さんはどうして休養せずにすんだんですか?
菊地 紫堂さんが休養してたのって怪我が原因じゃないッスから。
――そうなんですか?
菊地 紫堂さんや二宮さんにインタビューしたんッスよね? 暴力がどうしたこうしたって言ってませんでした?
――言っていました。
菊地 それが原因。
あの時の紫堂さんって厳密な意味での魔法少女じゃなかったから。うちらの隠語では『悪堕ち』っていうんッスけどね。
――あくおち?
菊地 そう『悪堕ち』。例えば、『ブラックウイッチ』はこっちを裏切って『ネクロノミコン騎士団』に行っちゃったッしょ?
そういうのも悪堕ちだし、紫堂さんみたいに破壊衝動に捕らわれて自我をなくすのも悪堕ち。『大阪ドーム事件』後の紫堂さんは大変だったんッス。
『アウラニイス』を全部倒したら今度は、大阪ドームの破壊を始めちゃって。各方面から引き返してきてもらった関西の巫女さん連合が総出で大阪ドームの外に多重防御結界を張り巡らせたッスよ。確か120層の結界という信じられないことをやったんッスけど92層まで破壊されたんッスよ。
そこで体力と魔力が尽きて、紫堂さんは気絶。
はっきり言って異常ですよ。単体でなら『ネクロノミコン騎士団』のどんな化物より強いッスね。
――すぐに元に戻ったんですか?
菊地 正気には戻ったけど、破壊衝動にかなり苦しんでいたみたいッスね。カウンセリングでどうにかなるレベルじゃなくて、押さえ込むために、魔法治療、薬物治療が必要だったんッス。
その影響で紫堂さんの内臓って今も結構、ボロボロのはずッスよ。
――そうだったんですか。
菊地 悪堕ちしてなければ肩の傷は治せたんッスけど……。
悪堕ちしている状態だと、治癒に必要な光魔法がうまく作用しないんッスよね。だから、えぐれたままになっちゃってるんッスよ。
――話を変えます。『魔法庁』が終戦に向けての活動を開始した頃の話を聞きたいのですが、そもそもどうして2月から攻勢に出よう、という判断が出たんですか?
菊地 まず『ネクロノミコン騎士団』の使ってた次元に裂け目を作る方法がわかって、うち(『魔法庁』)で再現実験が成功したこと。つまりこっちから『ネクロノミコン騎士団』のいる世界を攻撃することが可能になったんッス。
そして原因は不明なんッスけど1月後半から明らかに『ネクロノミコン騎士団』の攻勢が弱まったこと。1月後半に何かが起きて『ネクロノミコン騎士団』は勢力の2割~3割を失っていることがわかったんッス。
――何が起きたんですか?
菊地 うち(『魔法庁』)じゃいくら調べても把握できなかったッスね。けど『ネクロノミコン騎士団』にダメージを与える何かが起きたのは間違いないんッス。
──1月の後半ですか。……その頃に具現化魔法を使う、天草の『星空少女昴』が幸せの具現化させようとした、という話を聞きました。
菊池 ん? なんッスか、その話は? 聞いたことないですね。
──真樹沢湖さんが一番、魔力を持っている魔法少女だと言っていましたから、何か関係があるかもと思ったのですが。
菊池 それ、詳しくきかせてくれません?
──ではインタビューが終わった後に。『ネクロノミコン騎士団』が勢力を失っていった時、偽装とは考えなかったんですか?
菊地 当然、それは考えたッス。だけど向こうの指揮官レベルがどんどん前線に出てきて倒されていく事件が頻発して。
『パリット』の川原敏江さんが小池亜季さんを倒したのも『サンシャイン・レッド』が『ロイガー』を倒したのもこの頃ですね。
『龍華の爪』が『クティーラ』を倒したりとか『クイーンウンディーネ』が『カドゥルー』を倒したり。
──その時に戦況が大きく動いた?
菊池 動きましたね。罠にしては『ネクロノミコン騎士団』の被害があまりに大きすぎるんッスよ。
指揮官を護衛する化物の数も明らかに減っていたし。攻勢に出るなら今しかない、というのが全員の判断ッスね。
――その時、菊地さんが活躍したそうですね。
菊地 活躍ってほどのことは(笑)。
各エリアのエース級を集めて、敵の本拠地に殴り込みをかけるって作戦だったんッスよ。名づけて『スルー ザ ゲート オブ ザ シルバーキー作戦』。
その陽動として、巨大な次元の裂け目を作って、そこから一気にみんなで突入するぞ、というふりをすることになったんッスよ。
場所は周囲への影響と、不測の事態への対応を考慮して、横須賀沖にある無人島の猿島。
──陽動というには大掛かりな作戦だったそうですね。
菊池 そうですね。本気だぞ、って見せる必要があったから。
猿島は島なので当然、周囲が海。だから、護衛の魔法少女の中で一番戦闘力のある『クイーンウンディーネ』の谷川こずえさんの力も最大限に発揮できるし。
とにかく『ネクロノミコン騎士団』をびびらすには、巨大な裂け目であればあるほどいいってことになって。
で、そんな巨大な裂け目を作れる魔法を発動できるのは、たまたま私だけだったということッス。あれは私にとっても最長の詠唱。なんと詠唱時間は3日3晩(笑)。
――それはかなり大変だったんじゃありませんか?
菊地 詠唱は途中で止められないし、こっちの魔法が歪んじゃうから、他の魔法少女から補助系魔法のサポートは受けれらないんッスよ。
二宮さんから、大人用オムツを渡されて「がんばれ」と言われた時は、慄然としたッスね。マジッスか? と(笑)。
このセクハラ野郎は本気でそんな無茶をやらせるつもりなのかって(笑)。
――でも、やりきったんですよね。
菊地 大人用オムツ着用でやりましたね~(笑)。
栄養液を点滴して、眠気覚ましと精神集中のために、法律ギリギリな興奮剤……というかアウトなのを定期的に注射しながらやりきったッスよ。
発動した時は自分でもビックリするくらいの効果だったッス。直径1キロに渡る次元の裂け目をつくってやったッスからね。その後のことは、発動のショックで即気絶したから覚えてないッスね。使用した魔道書は162冊ッスよ。これはギネスに登録できないッスかね?(笑)。
……こんなこと言うのは悔しいけど、沢湖とやった月を見る修行がなかったらあんな長時間の詠唱はできなかったかもしれないッスね。ちょっとは感謝した方がいいのかもしんないッスね。
――それが『バルザイ戦争』での最後の活動ですか?
菊地 そうッスね。まぁ、基本裏方の仕事が多かったら、地獄のような事務作業はずっと続くし、それは今も終わってないんッスけどね。この魔道書の山(笑)。
後々の魔法少女達が使いやすいように整理するのが、私の死ぬまでの仕事になるんじゃないッスかね。
――『バルザイ戦争』が菊地さんに与えた影響ってどういうものですか?
菊地 ……そうッスね。あー……。そういうのはいつか自分で本に書くッス。結局、私って本ッスからね。
現在魔法庁が所蔵している魔道本の数は2万5千冊に及ぶ。それに対して、その整理をしているのは基本的に菊地キタと他5名である。彼女がいうように、一生の仕事になるだろう。
自分の仕事を見つけ出した彼女は幸せな魔法少女なのかもしれない。
インタビュア/渡辺僚一