3章 終戦へ。その1 菊地キタ『ブックマスターキタ』(上)
沖縄県には省庁や企業の施設が多い。
その多くがバックアップセンターだ。
なぜ沖縄に作られることとなったのか?
その理由は、関東で震災が起きた場合、沖縄であれば同時に被災する可能性が低く、また大地震が起こる可能性も他県に比べて低いとされているからだ。
そして『魔法庁』の『魔道図書保管施設』も那覇にある。
『魔道図書保管施設』は古今東西の魔法関係の書物を収集、保管する国内最大の施設である。
『魔道図書保管施設』で、主任司書官として働いている魔法少女が『ブックマスターキタ』こと菊地キタである。彼女は『バルザイ戦争』の時、後方支援の中心人物であった。
インタビューは80畳ほどの空間に、びっしりと本棚が並んだ第一保管室で行なわれた。
菊地 ぎあっ!
「僕が部屋に入った瞬間、菊地キタは崩れてきた本の山の下敷きになった」
――だっ、大丈夫ですか?
菊地 だっ、大丈夫、大丈夫ッス。
――今、助けますから。
菊地 あ、気をつけて。今、渡辺さんが踏んでる本850万だから。
――ええっ?
菊地 そして、右手に持ってる魔道書は全ページ人間の皮。
――ええっ?!
菊地 こんなもんを作るなんて、ほんとセンス疑うッス。
――そっ、そうですね。
菊地 ね~?
人間の皮だとインクのノリが悪くて長期保存に向かないなんて常識なのに。
そもそも人間の皮ってペラペラで扱いづらいのに、なんでこういうことするかな……。
──そこが問題なんですか?
菊池 え? 他に何か問題が?
──いえ、あの……。なんでもないです。
菊池 皮を使いたいなら、せめて羊の皮にしてくれればいいのに。
まー、どうせデジタルでも保存しますけど、本には本のよさがありますからね。
(菊池キタは30分ほどかけて、崩れた希少本の山を本棚に戻した)
菊地 手伝わせちゃって申し訳ないッス。
――いえいえ。それにしても凄い数の本ですね。どうして沖縄で魔道書を保存してるんですか? 普通はバックアップ用のデーターを保存するために、沖縄を選ぶと思うんですが。
菊地 あー、予算の問題ッス。本当はこの建物も『多目的魔法研究センター』に作る予定だったんッスよ。
でも、他にもいろいろ作らなきゃいけない施設があって『魔道図書保管施設』は先送りになってたんッス。
そんな時に、各省庁のバックアップセンターを合同で沖縄に作るって話が持ち上がって。金がかかるからおまえら個別に作るな! まとめろ! って国の偉い人が言い出したらしいんですよ。
本当はデジタル情報を保存する場所なんッスけど、アナログ情報だって情報じゃん、情報だよね? 情報じゃないの? 違うッスか? と無理矢理ねじ込んで作ってもらったというわけです。
――それまでは『多目的魔法研究センター』で働いていたわけですよね。沖縄への転勤に寂しさとかはありませんでしたか?
菊地 私は本さえあれば孤独に耐えられるタイプッスから。
それに茨城からついてきてくれたスタッフもいるッス。
地元の魔法少女達とも交流があるから、寂しいっていうのはないッスね~。繁華街も近いし。渡辺さんも今日の夜は松山に行くといいよ。
――松山というのが繁華街なんですか?
菊地 うん。うちの男性スタッフが、関東より安くて過激な店が多いって話してるの聞いたことあるッスよ~(笑)。
――いや、そういう店にはあまり興味がないので。
菊地 あー、そういうタイプ? それにしては女の子にばっかりインタビューしてるみたいッスね。
――下心があってしているわけじゃないですから。
菊地 本当かなぁ(笑)。まっ、それならそれでいいッスけど。沢湖にもインタビューしたんッスよね? あいつ、私の悪口を言ってたッしょ?
――いえ、悪口というほどのことは。頑固な性格だとは言ってましたけど。
菊地 が、頑固?! 私より沢湖の方が超頑固だから!
意味があるとは思えない、って私が言ってるのに12時間もぶっ通しで、月の欠けている部分を見つけ続ける修行をさせられたんッスよ。
――今『魔法庁』から『子姉神社』(ねあねじんじゃ)に出向いてる望月さんも同じ修行をさせられていましたよ。
菊地 あれって効果あるんッスかね? ただの精神修行じゃないの? って私は思うんッスけどね。他に何か言ってました?
――菊地さんが傷つくようなことがあったら自分が前線に立つつもりだった、と言っていました。
菊地 ふ~ん。別に……何を思われていても別にいいけど……。あの性悪女は、どういうつもりでそういうこと言ったんッスか?
――そんなことは菊地さんが自分で聞いてください(笑)。そういうのは2人にしかわからないことなんじゃないですか?
菊地 ……まぁ。……まぁ、そうなんッスけどね。そうだけど……。ん~。まぁ、よくわかんないけどいいや(笑)。
――そろそろ本題に入らせていただきます。菊地さんは基本的に後方支援に当たっていたと聞いています。
菊地 そうッスね。前線に出ることもあったけど、基本的には後方待機。
沢湖から聞いたかもしれないけど、私は前線に立つのに不向きな戦闘系魔法少女ッスからね。
――具体的に、どんなことをしていたんですか?
菊地 まず魔法少女の心と体のケア。私は魔道書の内容次第でどんな魔法少女にもなれるから、治癒魔法は沢山使ったッスね。
私の魔法は詠唱時間が長いので1秒を争うなんて時は使えないけど、そうじゃなければ応用範囲は広いッスからね。
あとは、カウンセラーにも話せなかったことを私が聞いてあげたり。魔法少女同士じゃないと理解しあえないことって結構あるんッスよね。
例えば、魔力が低下している時や、魔力が満ちすぎている時って『魔法痛』が発生するんッスよ。
「魔法痛とは魔法少女だけに見られる特殊な症例だ。肩の先にある存在しない部位が痛むのだという。つまり、目にも見えないし、さわることもできない架空の部位に痛みを感じるらしいのだ」
「当然、患部を揉むことも冷やすことも暖めることもできない。腕や足を失った人が、失った部位に痛みを感じる幻肢痛との類似性が指摘される。もともと魔法少女には天使の羽のようなモノがあったのではないかという説もある」
菊地 生理痛の辛さをどんなに語っても、男の人にはピンと来ないッしょ? それと一緒で『魔法痛』も魔法少女じゃないと理解してあげられないから。
――後ろから支えていたということですが、当時の魔法少女の人間関係はどういう感じだったんでしょうか?
菊地 基本的には良好だったッスね。
魔法少女って明るくて元気な娘さんが多いから、陰湿ないじめとかは皆無だったと思うッス。
かといって、問題がなかったわけじゃないけど……。
特に扱いに困ったのが『瑠璃色スピードスター』。
――何か問題を起こしたんですか?
菊地 問題……というほどのことじゃないんッスけどね。
前の関東エリアのエースだった紫堂さんってひょうひょうとしてたし、ゼスで人を率いた経験もあったから、それぞれの意見になるべく干渉しない知恵があったんッスよね。
自分のできることをやろうね、ってスタイル。
でも『瑠璃色スピードスター』の瀬名さんって責任感が人一倍強い上に、天然さんだから「みんなの笑顔のために全力でがんばる!」と魔法少女全員が考えていると思い込んじゃってて……。
自分ができる以上のことをやろうとするのが、当然って考えちゃうんですよ。
――そう思わない魔法少女に反発した?
菊地 そういうことッスね。
瀬名さんはがんばっていない魔法少女を見るだけで、裏切られたような気持ちになって、落ち込んじゃう純真で面倒で扱いに困る女の子だったんッスよ。
そんな瀬名さんに共感する魔法少女もいれば、反発する魔法少女もいるわけで。
ギクシャクした空気が漂ったこともありましたね。そしてまた、二宮さんが鬼畜だから瀬名さんを煽る煽る。
――どうしてそんなことを?
菊地 エースの紫堂さんが戦闘不能になったから、瀬名さんにエースの自覚を持たせるためッスよ。
「周りがダメならおまえががんばるしかないんだ」ってよく言ってたッスね。小学生の女の子にそんな重荷を乗っけれるんだから、二宮さんはかなりの人格破綻者ッスよ。
一生懸命な瀬名さんが痛々しくて見てられなかったッスもん。
――瀬名さん以外にエースになれる人はいなかった?
菊地 ……いなかったッスね。だからかわいそうだけどしょうがなかった。
酷いことしてるな、と思ったけど……。私にはそれを止める覚悟はなかッスね。だから、まー……。私は二宮さんの共犯者みたいなとこもあって……。
──共犯者?
菊池 二宮さんが煽ったり叱ったりした分だけ、私が無理しないようにたしなめたり、優しくしたりしたから。私がいなければ頑張れなかった部分ってあるとおもうんッスよね。
結局それって、瀬名さんが追い詰められても耐えられるようにそうしていたわけで……。
自分って汚いな、って思う(苦笑)。
──当時の状況を考えればそうするしかなかったのかしれません。
菊池 今、ちょうど沖縄にいる『クイーンウンディーネ』の谷川こずえさんなんか、露骨に反発しちゃって。
谷川さんって、魔力も才能も瀬名さんと同じレベルだけど、海や川の近くじゃないと最大限に力を発揮できないんッスよ。
そう都合よく『ネクロノミコン騎士団』が海上に現れてくれるわけないッスからね。そういう歯痒さもあって、瀬名さんに文句を言っていたと思うんッス。