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2章 バルザイ戦争開戦。その4 竹内ヨーコ『ラケットさん』

 今から55年前の光文41年。ごく普通の少女だった12歳の竹内ヨーコは魔法の国からもたらされた、魔法のラケットを手に入れた。


 魔法少女『ラケットさん』となった彼女は、魔法で周囲の人々に日常的なささやかな幸せをもたらした。

 彼女はリアルタイムでメディアに取り上げられた最初の魔法少女であると同時に、まだ魔法少女が牧歌的だった時代を象徴する存在でもある。


 そんな彼女が『バルザイ戦争』の開戦とともに彼女は再び脚光を浴びることになった。


 現在、67歳になる竹内ヨーコは末期癌に侵されている。


 そのためインタビューは東京都港区の聖ヨハネ病院の個室で行なわれた。少女時代の面影を残した彼女の血色はそれほど悪いものではなかった。僕の感想を察したのか、弱り始めたばかりなのだと微笑みながら言った。


――本題に入る前にお聞きしたいのですが、大槻ゆんを知っていますか?


竹内 ええ、知っていますわ。

『魔法庁特別収容所』に収監されている方ですわよね?


――そうです。彼女が竹内さんの持っていたラケットは奇跡に近い万能のアイテムではなく、強力な結界魔法を瞬時に発動するアイテムだったのではないか? と言っています。


竹内 ……それは私にもわかりません。私が活動していた頃、魔法はただの魔法でしかなく、今のように分類されていたわけではありませんから、考えたこともありませんわ。


――彼女はラケットの影響が残っている『魔法庁特別収容所』で、後々に奇跡が起こるのではないか? と言っています。それがどのような奇跡なのか、想像することはできますか?


竹内 ……残念ながら、私には判断しかねますわね。

 ラケットはあの火事を消した時に跡形もなく溶けてなくなってしまいました。もう私の手から完全に離れたものですし。私はもうお婆ちゃんだから、少女だった頃のことをちゃんとは覚えてませんから。


――大槻ゆんの言う奇跡にまったく心当たりはない?


竹内 54年も前の話ですもの。あれから私は一度も魔法を使っていないのですよ。心当たりがあったとしても忘れていますわ。

 ……ただ、そうですわね。その奇跡はもしかして渡辺さんに関係するものなのではないかしら?


──それはないと思います。


竹内 渡辺さんはそういうのに巻き込まれそうな雰囲気を持っていますよ。これからの人生、お気をつけください(笑)。


(この時、僕は多くの人々から似たような忠告を受けていた)


――忠告ありがとうございます。話を変えますが、どうして現役の魔法少女達から治癒魔法を受けないんですか?


竹内 魔法少女の力をもってしても癌の劇的な改善は不可能ですから。そもそも、魔法少女達の治癒魔法は外科的な力である場合がほとんどで、内科的な力を持つ人っていないでしょう?

 もしいたとしたって断ります。だって、そういう魔法少女が治すべき病人は他にも沢山いるでしょう? 私みたいな治る見込みのないおばあちゃんの治療に費やす時間があるなら、休んでもらっていた方がまだましだと思いますの。


「どうやら彼女は死を受け入れる覚悟をしているようだった。穏やかな口調や表情からもそれは容易に感じられた」


――今日は『バルザイ戦争』での『さわやか魔法少女事務局』の活動についてお話をうかがいたいのですが。『バルザイ戦争』の時に『さわやか魔法少女事務局』の特別事務局長に就任されたのはどうしてですか?


竹内 私はただの元魔法少女で、ラケットを失ってからは魔法を使うことさえできないお婆ちゃんだけど、自分がどういう目で見られているかは自覚していましたわ。

『元祖魔法少女』『始まりの魔法使い』『奇跡の魔法少女』他にもいろいろありましたわね。

 その名前とイメージを今こそ使わなくてはならないと思ったんですの。


――それは具体的にどういう意味ですか?


竹内 『魔法庁』は国の組織ですから、象徴たる指導者がいなくてもなんとか回ると思いますわ。私もお会いしたことありますけど、二宮慶一郎さんや浅田瑞人さんなんかはカリスマ性はないけどしっかりとした人達でしたからね。二宮さんは官僚として悪い意味で出来すぎな方だと思いますけど(笑)。

 ですけど『さわやか魔法少女事務局』は民間の組織ですから、非常事態にみんなをまとめるには、象徴たる存在が必要なのです。


――それになろうと思ったわけですね。


竹内 私がトップに立つなら誰も文句は言わないでしょう? だって最初の魔法少女なんですから(笑)。

 ただ、私は一度も戦闘をしたことありませんし、この通りただのお婆ちゃんなので、カリスマ性だってありませんよ。でもね。私は知ってるんです。状況が人を変えるものだって。カリスマ性がないなら、それを身につければいいだけのことなんです。


――思ったからといって身につくものなんでしょうか?


竹内 こう言ってしまうと騙していたみたいで申し訳ないのだけど、私の仕草や服装や喋り方をちゃんと計算してチェックしてくださる方々がおりましたの。

 選挙で政治家の服装や喋り方をコーディネートする方がいるのはご存知ですよね? そういう方々にお願いしたの。だから、私はそれに従うだけでよかったわ。


――ということは実務的な作業には関わっていなかったんですか?


竹内 『バルザイ戦争』の最初のうちはそうだったわね。だけど、中頃からは関わるようになったわ。

 単純に人手不足だったから。それに私が直接話した方が、納得してもらえることって多かったの。

 不満があったとしても、私が言うならしょうがない、私の命令なら仕方がない、という感じで納得してもらえるの。ただのお婆ちゃんなのに申し訳なかったわ。


――『バルザイ戦争』で『魔法庁』の活躍が多く語られる一方で『さわやか魔法少女事務局』の活躍はあまり知られていないように思いますが。


竹内 そうですわね。『魔法庁』は悪の組織に対抗するために、戦闘系の魔法少女を国が集めたもので『さわやか魔法少女事務局』は元魔法少女と魔法少女による相互援助組織ですから。

 加盟者は非戦闘系、私達は日常系と呼んでいますが、そういった戦闘に向かない魔法少女が中心ですので、華々しい活躍はできませんでした。ですけど、影で『魔法庁』をしっかりと支えていたんですよ。


――具体的にはどのような活動を行なっていたんですか?


竹内 異世界のモノが次元の壁を破ってこちらに来るのを探知するMWⅠL(多世界探知機)という便利な機械がありますね。

 ですけど高価で扱いが難しいため、大都市圏にしか配備されていません。私達はその隙間をカバーしたんです。魔法少女は早くて20歳、遅くて30歳までには魔力がほぼ失われてしまうのはご存知ですよね?


「人によってばらつきがあり、死ぬまで一定レベルの魔力を有する人もいるが、ほとんどの場合は竹内ヨーコの言うとおりである」


竹内 ですけど完全に魔力が失われるわけではないのです。

 魔物が次元の壁を抜ける時の衝撃は大きなものですから、元魔法少女でも、よくないものが近づいている、という程度のことはわかりますの。


――つまり、魔物の探知や偵察を行なっていたわけですね。


竹内 『さわやか魔法少女事務局』の加盟者は全国に散らばっていますからね。日本全国をカバーするための組織作りと、その情報を『魔法庁』に伝達するためのルート作り、それが私のおもな仕事でしたわ。


――『魔法庁』と一本化するわけにはいかなかったんですか?


竹内 それは無理です。

 もしかしたら、こういう言い方をするのは失礼なのかもしれないけど『魔法庁』は右翼的でしょう? そして『さわやか魔法少女事務局』は左翼的ですわ。

 右翼だの左翼だの、そんなレッテル張りをしている場合ではないと重々承知していたのですけど、やはり国に不信感を抱く元魔法少女や魔法少女は多いのです。そして、そういう不信感を抱かせるだけのことを国はしてきた、という面もありますわ。


「国は魔法少女の活動を抑制しようとしたことが何度もある。詳しくは『魔法ニ関スル法律ノ問題』(新進出版/本宮次郎)や『光ロックウェル事件始末書』(芥ノ森出版/吉田秀一)などの書籍を参照してもらいたい」


竹内 これも騙していたみたいで申し訳ないのだけど、結果が同じだとしても『魔法庁』からの命令で動いてくれなかった元魔法少女や魔法少女達でも、私からのお願い、という形だと快く活動に参加してくれましたの。


――被害も大きかったと聞きますが。


竹内 ……ええ。2名の魔法少女が亡くなられましたし、怪我をされた方はたくさん。

 亡くなられた2人のことを思うと……。

 こんなの無責任で、とっても失礼な言い方だとはわかっていますけど、末期癌だと知った時に安心しましたの。


――安心、ですか?


竹内 だって、死ねばもう悩まずにすむでしょう?

 苦しくて、たまらないんです。

 だから、末期癌だってわかってほっとしているんです。これから肉体的に苦しむでしょう? それが何の贖罪にもならないってわかっているのですけど……。でも、そうなる自分を想うと安心するのです。

 自分だけ楽になろうとするなんていけないわね。


(間)


竹内 これは私からの最後のメッセージです。『さわやか魔法少女事務局』を責めないでください。

『魔法庁』との連携を推し進めたのは私なのですから。


「『魔法庁』との連携は『さわやか魔法少女事務局』の独立性を損なう国に媚びる行為だと批判されることがある」


――そのことはしっかり明記させていただきますが……。このような質問をしていいのかわかりませんが……。未来の魔法少女達に伝えたいことはありませんか?


竹内 そうですわね……。

 謝りたいことなら幾つかありますけど、伝えたいことは何もありません。


──何も?


竹内 何も。私みたいなちょっと偉い人のメッセージなんて、彼女達の邪魔になるだけですもの。

 それに魔法少女達はみんな真っ直ぐな人達ですから、何があっても自分の力で立ち直れると思いますの。



「竹内ヨーコの余命は半年だという。彼女の人生が幸せだったのかどうか、ここで論ずる必要はないし、また彼女の生涯を振り返るのも本作の趣旨ではない」


「ただ、55年前に活躍した魔法少女が死んでいこうとしている事実を各々で考える必要はあるだろう。『さわやか魔法少女事務局』から、彼女へのこれ以上の取材やインタビューは自粛して欲しいと伝えられた。おそらくこれが竹内ヨーコへの最後のインタビューになるだろう」


 インタビュア/渡辺僚一

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