2章 バルザイ戦争開戦。その3 真樹沢湖『双影の巫女』(下)
――どういうきっかけで魔法少女を指導するようになったんですか?
真樹 んーと……。中学1年生の時やから、6年前か。『バルザイ戦争』の始まる1年前やね。
近畿圏には神道系魔法少女の集まりがあるんや。適当に喋って、お茶飲んだり、未成年に酒飲ませて喜んだりするような、よくある会。
みんな巫女さんやから、昔からの伝統で非処女は参加でけへん決まりになっとるんやけど、相当に怪しいのもおったな(笑)。
んで、中1いうたら生意気な時期やろ? その人がどれだけの魔力を持って、どんな特性を持ってるか一目でわかるもんやから「その修行の仕方は間違っとるで」「そんなことしても無意味やん」とか言うてしまうわけや。
──そういう具体的なことまでわかってしまうんですか?
真樹 だいたいのとこはね。……生意気なガキやったと自分でも思うけど、これ以上は太くなりようのない魔法神経を全身に張り巡らせてる人が、魔法神経を太くする修行をしてもしゃーないし、火魔法の特性しかない人が水魔法の修行してもどうしようもないやろ?
──そこから修行を手伝うようになった?
真樹 そう簡単には、ならないならない(笑)。
指摘すると「意味のない修行なんかないんや」と反論されんねん。それも一理あるんやけどね。
精神力や体力と魔力は別のものやから、心と体を鍛えるって意味ではどんな修行だって意味あるやろうし。
でも、中1やもん。納得でけへん(笑)。
ウチにまかせてくれたらもっと効率のいい修行させたるで、と言ってしまうわけや。で、その話が『魔法庁』の二宮さんに届いてしまって「『魔法庁』の魔法少女を預かってくれないか」って電話がかかってきたんや。
中1が指導者になるなんて普通ありえへんやん。でも、こっちだって意地になってたからな。
「やるからすぐ連れて来いや、アホぉ。ぎったぎったにしたるわ」言うてな(笑)。
修行に来る相手をぎったぎったにしてどうすんねん(笑)。
――最初に来たのは誰だったんですか?
真樹 『ブックマスターキタ』の菊地キタちゃんや。えらいもんをよこしおったなぁ! と二宮さんを怒鳴りつけたくなったわ。というか電話でぎゃんぎゃん怒鳴りつけたけどな(笑)。
『ブックマスターキタ』は魔法少女の中でも変わったタイプやねん。普通の魔法少女って、変身する時や高等魔法を使う時に呪文の詠唱をするけどな、彼女はそれ以上。
どんな魔法を使う時も魔道書を読み上げなあかんねん。例えばライターくらいの火を指先から出す程度でも詠唱が必要なんや。めっちゃ変り種や。
「『ブックマスターキタ』は魔道書を読むことによって魔法を発動させる魔法少女である。魔道書の種類によって使える魔法を変化させられるのが強みであり、詠唱に時間がかかるのが弱みであった。『バルザイ戦争』では後方支援の中心となって活躍した。『ネクロノミコン騎士団』の命名者としても知られる」
真樹 しかも、読む魔道書によって体内の魔法神経の位置まで変わるんや。そんなんどんな修行させて、何をどう伸ばせばええのか悩んでまうやん。しかも向こうは中2やから年上で、頑固さん。毎日が大衝突祭りや(笑)。
「死ね」「おまえが死ね」ってよう言い合ったわ。「菊地の鬼畜めッ」言うてな(笑)。
――彼女の修行はうまくいったんですか?
真樹 なんとかな~。結局、向こうも1人で茨城から大阪の山奥まで来て、向上せずに帰られへんかったんやろ。
それに怒鳴りあいながらも、少しずつだけどわかりあえたしな。いや~、ほんまぎょうさん喧嘩したわ~。
──例えばどのようなことで?
滝行ってあるやろ。白装束で冷たい滝の下に立って精神を鍛えるんや。アレをさせるのが大変でな~。まず、白い服は濡れて透けるから恥ずかしい、とか言い出してな。それだけで大喧嘩や(笑)。
結局は白いワンピースの水着を買いに行ったんやけどな。そしたら直前になって、こんなことやって何の意味があるのか、とごねよんねん。透けるとかどうでもええから、真っ先にその質問をしろや、って話しやろ(笑)。
話して聞かせればわかってくれるんやろうけど、ウチも中1やから理路整然と話されへんやん? 結局は「黙ってやったらええねん、アホ」と怒鳴ることになってしまうわけや。
――なかなかうまくは行かなかった?
真樹 修行の成果が出てくると、こっちの指導に従ってくれるようになったけどな。
キタちゃんの特性って前線では役にたたんやろ? 詠唱しているうちに、ばっかばっか攻撃されてまうし、防御魔法を展開させるのにも詠唱が必要やからな。
キタちゃんが戦闘で役に立つとしたら、敵の攻撃を仲間に完全に防いでもらった状態か、超遠距離からの攻撃魔法ってことになるやろ。だから、詠唱が長くなってもかまわへんから、戦局を一撃で変えられるパワーと、遠くの敵を攻撃できる正確性の2つを徹底的に鍛えたわ。
――瀬名さんからも聞いたんですが、真樹さんは魔力の向上だけではなく、作戦まで一緒に考えるんですね。
真樹 そらそうや。どういう目標で、どういう作戦で使えるか、ってことを考えへんで修行したって無意味やろ?
だから基礎的な魔力の修行をさせる間に、彼女には何ができるんやろな~、ってことを一生懸命考えるんや。
今になって考えればキタちゃんを送り込んできたのは二宮さんのテストなんやろうな。キタちゃんで成功したなら、他の魔法少女でもうまくいくやろうって。
――教えやすい魔法、教えづらい魔法というのはあるんですか?
真樹 ……教えやすい魔法っちゅうのはないわ。それぞれに大変やし、魔法少女によって特性も微妙に違うからな。
ただ、教えづらい魔法はあるな~。
――それは?
真樹 ズバリ言って性魔法や。
──倫理的な問題から?
真樹 そうじゃない。例えば攻撃魔法の効果を見るには、そこら辺の石や木に魔法を打ち込むだけで充分やん。
動く標的を狙うにはウチがボールでも石でも投げればええだけやし、具現化魔法で化物を作るっちゅう手段もあるな。
ただなぁ……ここまで話してええのかわからんけど、性魔法は絶対に相手が必要や。
1人で……その、なんや、そういうの頑張っても意味ないやろ? そういうことを1人で訓練して、そのなんや……エッチなことが上手になりました~、なんてこと絶対にないやろ? 同じことや。
――わかります
真樹 まぁ、だから……まぁ、その、まぁ、ウチが相手するしかないやろ? まぁ、だからほんまに大変やねん。女同士やし。
修行やからな。普通のそういうのとは意味合いがちゃうからええねんけどな。まぁ、正直に言うと、ええねんけどな、と言うほどには割り切れてないよ(笑)。
毎回、自分を犠牲にしないといけないわけやからな。
いや~、懐かしいな。最初に教えたのは、やっぱりキタちゃんや。もうわけわからんことになってな~。それから数日、指導しづらくてまいったわ(笑)。
あっ、これは言うとかなあかんな。修行が大変なわりに、性魔法ってあんま使い道がないねん。
――そうなんですか?
真樹 魔法少女の魔力を吸い取るために、触手でいろいろしてくる化物がおるやん。
だけどそういうのに対して、性魔法で真正面から対抗する必要はないねん。向こうがそういうことをする前に攻撃魔法を叩き込めばいいだけの話やからね。
――言われてみればそうですね。
真樹 でもな、使い道はあんまないけど、どんな魔法少女でもある程度は使えるべきやと思うよ。
――それはどうしてですか?
真樹 拳銃って戦場やとあんま役に立たへんやろ? 射程も正確性も発射速度も戦場で使われる他の銃に劣るやん。だけど拳銃は使われ続けてる。なんでかっていうたら護身用や。
――性魔法は護身用として意味がある?
真樹 そういうことや。いろいろあってそういう化物に捕まえられた時、魔力を吸い取られんようにするために必要やと思う。
こっちの抵抗が1秒長ければ、味方が助けにくるまでの時間を1秒稼げるわけやん。もっとも光魔法の特性がまったくない魔法少女には教えても無駄やけどね。
――性魔法は光魔法が必要なんですか?
真樹 光やね。闇でも使えるけどそっちは教える必要ないと思ってるんや。なんでかっていうたら、吸い取る方の性魔法やから。仲間に分け与えるならともかく、仲間のを吸い取るっちゅうのは……倫理的にダメやろ。
ウチは使えるけど、なるべく教えへんようにしてる。
そうそう光魔法っていえば『パリット』の川原敏江さんに会ったことあるけど、彼女は凄かったな。あれほど光魔法に特化した魔法神経は見たことないで。性魔法は使えへんみたいやったけど、教えたら凄いことになるで、きっと。
――『バルザイ戦争』の時にここで修行していたのは誰ですか?
真樹 あん時は陰陽師の福井美恵子さんがずっとおって。梅雨が始まる頃まで中国エリアのエースになる『龍華の爪』の楠冬実がおって……。んで『瑠璃色スピードスター』の瀬名るいが2週間くらいおって……。『マギマギミリミリ』の乙ひらくと乙なつみがこれも同じく2週間くらいおったな。あの姉妹もなかなか扱いに困る娘さんやったな~。
――『子姉神社』が『ネクロノミコン騎士団』に襲われることはなかったんですか?
真樹 6回あったけど、飛んで火にいる夏の虫やったわ。いろんな魔法少女に修行で作らせた結界がウチにもようわからんほど複雑に張られとったからな。攻勢結界も多いし。神社の敷地内まで入れたのは一匹だけやったで。
――そこまで入ってきたというのは相当に強いモノだったんじゃないですか?
真樹 『バイアグーナ』ちゅう巨大な芋虫みたいな化物でな。ぶよぶよした体で攻勢結界を全部弾いてな。
まぁ、防御結界はまだまだあったから、ウチが手を出さんでもどうとでもなったんやけど、実戦経験がなさ過ぎるっちゅうのは教官としてアレやから、やらせてもらったわ。ウチな、意外と強いねんで。疑っとるやろ?(笑)
――いえ、そんなことはありません。
真樹 オールラウンダーやからな。相手の弱点を見つけたらしまいや。応用の幅が半端やないからね。
――前線に出ようとは、思わなかったんですか?
真樹 それなー。……正直に言うとな。『ブックマスターキタ』が通用しないようなことがあったら、ウチも前線に出ようと思ってたんや。
――それは友情のようなものからですか?
真樹 それもあるけどな……。それが一番の理由やとは思うけど……。キタちゃんはウチの自信作やねん。
それが敗れるようなことがあったら責任をとらなあかんと思ってたし。キタちゃんの運用には、さっきも言ったように他の魔法少女のサポートが必要なんや。
キタちゃんが負けるということはサポートができてない。イコール人手不足っちゅうことや。だからその時はうちが前線でエース張る覚悟あったんやで。……出ずにすんでほんまよかったわ。
だって誰かが魔法少女の面倒を見なあかんやろ? 補給役がおらんかったら戦争なんか続けられへんからな。
――聞きづらいことなんですが、育てた魔法少女を前線に送ることに躊躇いはありませんでしたか?
真樹 ようそんなこと聞くな~。そらね~……。躊躇いは……ないわ。ないって言うとかんとしめしがつかんやん(笑)。
死んだ魔法少女もおんねん。
ウチが鍛えんかったら前線に立つ必要もなかったやろうな~とは思うわ。
『バルザイ戦争』は本当に戦争やったもんな。……本当のことは答えられへんね。その質問には永遠に答えられへんよ。
『バルザイ戦争』で死亡した魔法少女6名のうち3名が彼女の元で修行している。明記しておかねばならないのは彼女の指導がなければより多くの死亡者が出ていたに違いない、ということだ。