襲来、闇騎士・マハートクラゥ
「ギアルゲィン伯爵の手下が来たんですよっ!」
「マインちゃん……」
リールマインちゃんが青ざめた様子で俺の腕を揺らした。その必死な様子に、ただ事ではない事を理解する。
「こんな小さな女の子を怯えさせるなんて、ロクでもない奴らみたいね」
「しかも、この闇モードは何だよ!? ヤバイ予感しかしないぞ」
美乃里と俺は、窓に駆け寄った。
庭先から周囲を取り巻く森、その一部分が突然の暗闇で覆われている。黒いガスのような霧が、周囲を飲み込むように忍び寄ってくる感じだ。
だけど逆に、少し離れた場所にある村の教会の屋根や、更に遠く離れた山並みは、そのまま昼間の明るさに見える。つまり、一部分だけが暗くなっているのだ。
「このお屋敷の周辺だけが暗くなってるんじゃないの!?」
「そうみたいだな、夜にライトを点して明るくする、その逆版みたいだ」
「――闇ランタン、やつらの魔法です」
リールマインちゃんは怯えたように言うと、ぎゅっと腕にすがりついてきた。身体が柔らかくて温かくて、こんな時だと言うのにドキリとする。これはサキュバス族だから……というより、単に俺が女の子慣れしてないだけのような。
「闇ランタン……!?」
「某ひみつ道具みたいに、明るい場所を暗くしちゃうヤツね!」
「……瞬速の理解力だな」
「へへっ!」
嬉しそうに笑う美乃里だが、謎のアイテム名に「魔法」という言葉。ここは、紛うことなき「異世界ファンタジー」な場所であるとハッキリした。俺たちが居た世界の常識は通じない、ということだ。
いや、むしろゲームや小説ではお馴染みの世界観に近い、ということか。
「みのりは平気なの?」
「ドキドキするけど、まだ許容範囲」
流石の美乃里も、軽口を叩きつつも緊張の色を浮かべているのが分かる。
と、お屋敷の庭先、屋敷を囲む石塀の向こうの小道に、動くものが見えた。それは黄色いランプの明かりだった。それが提灯行列のように二列に並んで、こちらに向けて進んでくる。
「来た! って……あれが闇ランタン!」
「暗闇は、あれの仕業ってわけね」
それは、驚くべきことに「一本脚のランタン」だった。長さ2メートルぐらいの細い支柱の上に、ランタンがぶら下がっている構造。信じられないことに、それがぴょんぴょんと跳ねながら、明かりを揺らして近づいてくる。
ランタン部分はガラス製で、装飾の施された幌に覆われている。中心部には、赤ともオレンジ色とも言えない不気味な鬼火が揺れていた。そこから発せられる光は黄色だが、その周囲には猛烈な煤煙のように「闇」が撒き散らされている。
「あれがお客様か……」
二列になった闇ランタンの間から、巨大な黒い馬に跨った紳士が現れた。
馬自体も不気味な黒いオーラのような霧をまとっているけれど、その上に乗る男が、ヤバさの根源らしかった。
青白い顔に、太い眉。七三分けにした黒髪は短く切りそろえられている。酷薄そうに歪んだ唇に、鋭く赤く光る眼光。
しかし、目を見張ったのはその身体だ。
太い首筋に盛り上がった肩の筋肉、分厚い胸板。それを、貴族が着るような品のいい貴族服に無理やり押し込んでいる……という感じなのだ。
身の丈はニメートル位あるんじゃなかろうか。
とにかく、普段の生活であんなのが道を歩いてきたら、全力で逃げる。
そういうレベルの危険な存在感を放っている。
「ヤバイだろあれ!」
「筋肉のオバケじゃん!?」
一瞬、視線がこっちに向けられた気がして、思わず窓枠から身を隠す。
「あれは……闇騎士・マハートクラゥ! ギアルゲィン伯爵から闇騎士の称号と力を与えられた、眷属なのです」
リールマインちゃんはそうつぶやくと、俺の腕を離し、素早く駆け出した。
「ちょっ、何処へ!?」
「ジュージさま、ミノリさまと隠れていてください! わたしが追い返してきます……!」
そう叫ぶと大きなドアを開けて飛び出していった。
「隠れてろって言われても……」
「ジュージ! 何してるの、追いかけなきゃ! あの子一人じゃ危ないわよ!」
美乃里の言葉に俺は一瞬の躊躇いを覚える。そして部屋の隅にある大きな鏡に視線を向ける。
今なら、もしかして、あの鏡に触れれば、二人で元の世界に戻れるんじゃないだろうか?
そもそも、この世界に来たのは「事故」のようなものだ。
何も危険を冒さなくてもいいはずだ。元の世界に戻れば、まだ学校も一時限目の遅刻だけで済むはずだ。
「な、あぁ、みのり。あの鏡を使えば、戻れるんじゃないか?」
「戻る……? あの子を置いて!? どうみてもヤバイ奴を出迎えに行ったのよ!?」
俺に顔を寄せてまくしたてる美乃里だけど、俺は現実路線。だって現代っ子だし、危ない目には遭いたくない。
「な、なんなら、元の世界から警察とか自衛隊とか! そういう人達を連れてくるって手もあるわけで……」
「はぁ!?」
と、その時。
「――ンンンンンフフッフ! 出て来るがいいぃいドゥフ! 逆賊! ヴァレンタイン卿! そこに隠れているのは分かっているッフ!」
外から声が響いた。甲高くて不快な語尾の、実に挑発的な声だった。
「……ほら、ジュージ、呼ばれてるわよ」
「いやいや!? 違う! 人違いだから!? ここの主様のことだろ!?」
「ジュ、ジュージさま……逃げ……」
『イーッ!』
『イーッ!』
『イーッ!』
ツインテールの少女が、闇ランタンたちに囲まれて、痛めつけられていた。飛び跳ねてはリールマインちゃんの小さな体に蹴りを入れている。
「え、えぇええ!? いきなりひどい目に!?」
交渉とか何もなしかよ!
「ジュージ!」
「あぁ……もう!」
俺は叫ぶと同時に駆け出していた。そしてドアに手をかけて、廊下へと飛び出す。
これは間違いなく、遭遇・戦闘……って、流れだ。アニメとかじゃお馴染みだけど、現実的に誰かと戦うなんて冗談じゃない。そもそも、あんなヤバそうな筋肉ダルマみたいな相手と戦ったら、パワーで粉砕されて死んじゃうパターンだろ普通。
――でも、ほっとけるかよ!
脚は勝手に動いていた。広い屋敷の廊下を、何故か迷わずに駆け抜けた。突き当りを右に曲がり、肖像画が掲げられた階段を駆け下りて、そして広い一階のホール走り抜け、両開きの扉に手をかけた。
「ジュージ! わたしも!」
「ばっ! 何で来たんだよ!?」
「二人で一緒っていったでしょ」
後ろからは美乃里が追いかけて来た。あの部屋で待てというべきだっただろうか。一瞬の後悔はあったけれど、俺は頷くと、両開きの玄関ドアを押し開けた。
重い扉を勢い良く開けて、両脚でしっかりと地面を踏みつける。
そこはあの闇騎士と魔法の闇ランタンたちが待つ、戦場だった。
「待て……! その子を……離せ!」
叫んでいた。ベッタベタなヒーローみたいな、セリフを。
「……ジュージさま!?」
地面にうずくまっていたリールマインちゃんが、ハッとして振り返った。ばし、ばしと蹴りつける闇ランタンの攻撃が止む。
その可愛らしい顔には痣ができていて、目には涙。
「……マインちゃん!」
許さない……! あんな女の子に暴力を!
「ホゥ……?」
闇騎士・マハートクラゥとかいう大男が、赤く染まった眼球を向ける。ギュィンとレーザービームでも発射されたかのような音がして、同時にゴゴゴ、ズズズ……と闇全体が動いたような気がした。
「う……!?」
それだけのことで思わず怯みそうになる。
と――その時。
★------ステータス------★
ジュージ・ヴァレンタイン
種族
ハーフ・ヴァンパイア 16歳♂
階級
・レベル1
属性
・菜食生活
・普通生活
特技
・急速回復
HP 58/58
★----------------------★
キュポン、と半透明のウィンドゥが視界の隅に浮かび上がった。
「え!? なにこれ……目の前に……ステータスが!?」
「見える、私にも……!」
<つづく>