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サキュバス族のリールマインと、あたらしい主(あるじ)様


(あるじ)さま! ヴァレンタインさま……!」


 女の子はそう叫ぶと、手に持っていた洗濯物の籠をドサリと足元に落とした。そして駆け出すと俺にダイブ――。ぎゅっと抱きついてきた。


「わっ!? ちょっ……! えっ……!?」


 俺の横では美乃里(みのり)が、突然の出来事に唖然としている。いや驚いてるのは俺の方だ。異世界に来て、気がつけば謎の館。そこで初めてであった女の子に抱きつかれているのだから。


「嬉しい! あるじさまー! いったい何処に行っていたのですか……!? マインは寂しかったんですよ!」

「え、えぇ!? 人違い……じゃない?」


 腰に回された細い腕からは嬉しさと、もう離さないという必死な気持ちが伝わってくる。俺の腹にすりすりと顔を擦り付けるので、くすぐったい。眼下で赤ぶどう色のツインテールがさらさらと揺れる。なんだか甘いブドウのような香りもするし、温かい体温や、腕の柔らかさにさえ戸惑ってしまう。

 っていうか、女の子の頼りなげな細さの首とか、生え際の襟足とか。つい目が向いてしまうのは、思春期真っ盛りの高校生男子としての(サガ)なのか、ヴァンパイアとしての(サガ)なのか……。


 いやいやダメだ。この子は幼女の範疇だ。ロリ吸血はマジで犯罪、絶対ダメだ。


 ブルブルッと首を振ると、美乃里(みのり)がジトッとした視線を俺に向けていた。


「なっ……」

「……ジュージ、その子、知り合い……なの?」


 美乃里(みのり)が静かに横から声をかけてくる。


「いや、それが……知らない子だよ」

「でも(あるじ)さまって言ってるし、ジュージがご主人様ってこと?」

「違うって言ってるだろ。そんななわけあるか」


「マインはずっと忘れてなんていませんよ……! ずっとずっと待ってたんですから……」

 どうやら本当に再会を喜んでいるようだけれど、残念ながら知り合いではない。


「あ、あのさ……ごめん。人違いじゃないか? 俺はジュージ。確かに父方の姓はヴァレンタインだけど……」


 俺は、女の子の両肩に手を置いてそっと引き剥がす。ようやく女の子は気がついてくれたようで、「人違い……?」と零す。はっとして腕を離し、俺の顔をじーっと見上げる。


 卵型の丸みを帯びた輪郭に、大きな紫紺(しこん)色の瞳。何故か魅入られるような瞳にドキリとする。

 美少女という言葉がピッタリの、本当に可愛い女の子だ。唇がなんだか子供のくせに色っぽい。


 あれ……? 俺ってロリ属性だっけ? と一抹の不安が湧いてくる。


 その子は俺の顔を暫く見つめると、一言。


「……違う」


 しゅんと肩を落とした様子で腕を解き、身を離した。


 二歩下がって距離を取る。エプロンと黒いゴシック風の衣装は、安物のコスプレ衣装などではなくしっかりとした生地の本物感のあるものだ。

 この子の服装や「(あるじ)」という呼び方から考えて、お屋敷の子供というよりは、メイドさんなのだろうか。

 と、いうことは他にも人がいるかもしれない。

 けれど、俺はここで大切なことに気がついた。人種も民族も定かではない異世界の女の子と、普通に「言葉」を交わしている。日本語が言語とは考えにくい。よくある設定では、何か魔法のような力で翻訳されていたりするはずだけれど、まぁそれは詮索しても始まらない。

 これは大きな進展であり重要な情報だ。空を翼竜(ワイバーン)が飛ぶ異世界に来た挙句、言葉が通じないレベルからのスタートだと、何かと苦労しそうだものな。


「ジュージの故国にいたイトコとかハトコとか、そういうのでもないの?」

「知らないよ。俺は向こうに居た頃はまだ6歳だし。それに……ここは異世界だぞ?」

「そうだよね……」


 納得した様子の美乃里(みのり)。ここでいう「()」とは、つまり俺の出身国。


 東欧の小国、シュツルバルト王国のことだ。今は軍事政権になっているけれど、その前は王様が統治する王政だった。歴史を感じさせる中世ヨーロッパな街並みは静かで落ち着いていて、とても美しい国だった記憶がある。

 (シュツルバルト)を出た当時、俺はまだ6歳。当然、知り合いのはずもない。だって、この子はどうみても10歳かそこらなのだから。


「あ……あの! 突然ごめんな。べ、別に俺たちは怪しいもんじゃないんだ! えへへ!」

「ジュージ、怪しいよ」

「じゃぁ、みのりが説明してくれよ……」


「私だって説明できないもん!」


 そりゃそうだ。

 目の前の女の子は目をぱちくりとさせながら、俺と美乃里(みのり)を交互に見る。

 不法侵入と分かれば、普通はここで大声を出されて警察……は居なそうだから、衛兵とかに突き出されかねない。何はともあれコミュニケーションだ。


「あ、改めて挨拶するけれど、俺はジュージ。姓はヴァレンタイン。んで、こっちが……」

「ひのさわみのりです。はじめまして」

 丁寧に笑顔で常識的な挨拶をする美乃里(みのり)


「ジュージさまに、みのりさま……」


「で、その……ここはいったい何処なのか教えてほしいんだ。信じてもらえるかわからないけれど、俺たちは、あの鏡から出てきたらしいんだ」


 部屋の反対側にある大きな鏡を指差す。


 苦手な笑顔を作り、必死で身振り手振りを交えて話していると、意外にも女の子は受け入れてくれたのか、強張っていた表情を緩めた。


「鏡……! それなら……むしろ理解(・・)できます。(あるじ)様の残した言葉にありましたから。あ、申し遅れましたがわたしは……リールマイン。(あるじ)様……このハーデルン・ベルウッド・ヴァレンタイン公爵様のお屋敷で、住み込みで働かせて頂いているメイドです。今はお洗濯の最中で……一人しか居ないから、大変なんです。あ、子供に見えます? でもいちおう11歳なんですよ? それにこれでもサキュバス族なんです」


 話しているうちに調子が出てきたのか、後半は思いっきり早口に。意外とおしゃべりな女の子らしい。


「住み込みメイド! 凄い、可愛い……!」


 瞳を輝かせる美乃里(みのり)。ヨダレを垂らさんばかりだが、妙に興奮してしまうのは俺も同じだ。だがここで怖がらせてはいけない。

 ここは右も左も分からない異世界。現代世界から来た高校生代表として、上手くコミュニケーションをとらねば、即バッドエンドもあり得るのだ。


「確かに本物メイドは凄いけどさ、違う! ツッコミどころは他にあるだろ!?」


「え?」

 きょとんとする美乃里(みのり)


「今、一人暮らしとか、サキュバス族とか言ってたじゃん」

「サキュ……淫魔! あのファンタジーなエロ種族!? 実在するの!?」

「そりゃ空をドラゴンが飛んでるんだし……俺だってヴァンパイアだし」


 その言葉に、リールマインは瞳を大きくした。


「ジュージさまも、やっぱりヴァンパイア族なのですね! じゃぁやっぱり、言い伝えの通り……新しい(あるじ)さまなんですよね!?」


「いったい……どういうこと?」


<つづく>


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