ヴァンパイア・イン・ニンニク農家
――日野沢美乃里
俺が6歳の時に日本に来て、居候させて貰う事になった「日野沢家」の長女で、現在俺と同じ16歳。
小学校1年の頃から一緒に暮らしていれば、もう兄妹も同然の存在だ。
歳も同じなわけだから、双子の兄妹のような……なんとも距離感に困る間柄とも言える。
けれど、美乃里は闇属性な俺とは性格が正反対。明るくて元気なクラスの人気者。キラキラな笑顔が眩しい太陽の申し子みたいなヤツだ。
「ほらほら、朝だよ起きて!」
朝の太陽みたいな眩しい笑顔に思わず目を細める。
「おはよ……みのり」
「あー!? ジュージったらまた朝からエッチなビデオ見てる……!」
目ざとくテレビの画面に視線を向けて美乃里が叫ぶ。汚いモノでも見るような目つきで俺の布団と枕元のテッシュに、素早く視線を走らせる。サッと背筋に冷たいものがはしる。
「いや違ッ!? エッチじゃねーよ! 吸血鬼ものだよ!」
確かにDVDは見ていたけれど吸血鬼モノだ。けれどテレビの画面の中では、白黒の吸血紳士が『ウヒヒ』と舌なめずりをしながら、温泉に浸かる全裸の美女に忍び寄るシーンだった。
「ちょ!? 変態紳士てめぇ……!」
「ほんと男子ってやーね、私も気をつけないと。せ……性的な目で見られちゃう!」
ぎゅっと自分の肩を抱きしめる美乃里。
「アホか! だれがそんな目で見るかニンニク女!」
「何よ!? 私は臭くないもん!」
ぷっく! とモチのように膨れて、顔を赤くして怒る美乃里。
みのりは近づくと、女の子特有の「いい香り」ではなく「ニンニクの臭い」がする。
不思議なことにクラスメイトは誰も、ニンニク臭を感じていないらしい。どうやら俺だけが感じる「美乃里の臭」ということらしい。
考えてみると、実家がニンニク農家のせいなのか、幼少の頃からニンニクをお手玉代わりにして遊び、ニンニク料理を朝から晩まで食べて育ったのが美乃里だ。
三時のオヤツと言えばニンニクチップス。クリスマスになるとリース代わりに「ニンニクの輪」を飾る家ともなれば仕方ないだろうが……。
美乃里は明らかに血中のアリシン濃度が異常に高い。
俺はハーフとはいえ吸血族。ニンニクはかなり苦手なのだ。まぁ、食べても死んだりはしないけれど、ちょっと蕁麻疹が出る。
というわけで、美乃里とロマンスなど生まれるはずもない。
中学の頃は思春期特有の「心の迷い」で、可愛いな……。とか思ったこともある。
夏祭りの帰り道、夜空に花開く花火を見上げながら、つい手を握ってみたりしたこともあった。
けれど、ダメなのだ。
いつもその想いは、「ニンニク臭」の結界に阻まれる。
目を白黒させる俺を見て、少し悲しそうな美乃里の顔を思い出すと、胸がチクチクと痛む。だから……今のまま、兄妹みたいな、幼なじみみたいな距離でいい。
けれど、どうやら美乃里が発する「ニンニク臭フィールド(仮称)」は俺だけが感じる、結界のようなものらしい。きっと日本政府が送り込んだ改造人間、対ヴァンパイア戦闘用生物か何かかもしれないと勘ぐってみる。
しかも、俺が体質的にニンニク臭に人一倍敏感なだけで、クラスメイトは誰一人臭いと思っていないようなのだ。
『みのりちゃんが臭い? ジュージ! あんた失礼にも程があるよ!』
『最低! 死ねばいいのに!』
と、俺がフルボッコにされる始末……。
「ジュージ! 光を浴びて死になさい、灰になって!」
みのりが俺の布団をヒラリと跨いで飛んで、部屋の反対側に着地、遮光カーテンで閉ざされた窓の前で、軽くステップを踏む。
「ちょ! まて!」
それは一瞬の早業だった。俺の上をふわりと飛んだときスカートの中からパンツ……ではなく色気のないスパッツが見えた。
「くらえ太陽光線ーっ!」
みのりは実に楽しそうにカーテンに手をかけると、容赦なくシャーッとカーテンを開け放った。
「やめろぉあ! まだ日焼け止め塗ってな――」
シュワ! と日光を浴びる俺。露出した身体から白い煙が立ち上り、焼け付くような痛みに襲われる。
「ギャァア!? 死ぬ! 死ぬって!」
「薄皮一枚ぐらい平気でしょ、さ! 早く起きて」
「みのり……てめぇ!」
ハーフヴァンパイアなので、日焼け止めさえ塗れば真夏の直射日光も平気ではある。けれど光を浴びると煙は出るし、焼けただれた俺を見てクラスメイトがちょっとドン引きするぐらいだ。
「じゃ、朝ごはん出来てるから、来てね!」
しゅたっと、再び飛んで部屋の入口へ、ポニーテールを翻して跳ねるように部屋から出ていった。
「ったく……」
日焼け止めを塗ると、途端に皮膚は再生し元に戻った。とはいえ、こんなドタバタは俺の毎朝の日課みたいなものだ。
そして今日も昨日と同じ、平凡な一日が始まるはず……だった。
<つづく>
※不定期連載です!