現代ヴァンパイアは、もう吸わない
★最終回です!
◇
「いってきます!」
「いってきまーす!」
俺と美乃里は家を飛び出した。少し早足でニンニク畑の農道を進む。
まだ遅刻する時間ではないけれど、高校までの道のりは長い。歩いてバス停まで20分、さらにバスに揺られて20分もかかるからだ。
いつもの朝に、いつもの通学路――。
空は青く、太陽が憎たらしいほどに眩しい。
日焼け止めも塗ったし紫外線防止のコンタクトも装着した。
少しだけ変化のあった日々、ニンニク畑では忙しい収穫の時期も過ぎ、何本か残っているニンニクにはポツポツと白い小花が咲いている。
「……もう、夏なんだな」
「ん? 」
ポニーテールを揺らしながら、美乃里がくるりと振り返る。
朝から汗ばむような気温と、美乃里の制服が白い夏服に変わったことで、季節を感じる。
季節は、夏目前だ。
「いや、早いもんだなぁ……と思ってさ」
「そうね、あれからもう、3か月も経つんだね」
「あぁ……」
俺と美乃里は、帰ってきた。
恐るべき真・ヴァンパイア。闇の王ギアルゲィン伯爵の眷属が支配する世界、魑魅魍魎が、跳梁跋扈する魔境から生還できたのは奇跡みたいなものだ。
最強を誇るヴァンパイアの一族は、恐怖で多くの人々を支配していた。暴力で力で圧政を敷き、食料として人間の血を奪い苦しめていた。
けれど、正義のヴァンパイアこと、ヴァレンタイン伯爵の生まれ変わり……なんて呼ばれた俺が反抗したことで、人々もついに起ち上がった。
最初は戦って負けたり、死んだりの連続だった。それは苦しくて惨めな、失敗と敗北の繰り返しだった。
でも、あの異世界にヴァレンタイン伯爵が仕掛けた魔法には、大きな秘密があった。
――復元再開
時間と場所を、ある一定の条件まで巻き戻す魔法が仕掛けられていたんだ。
戻れるのは『六角陣』と呼ばれる陣地の「出来事」の最初まで。初めて戻った時は、俺達がヴァレンタイン伯爵の館に転移した「スタート」の部屋だった。
敵を倒し『六角陣』を奪い返すことで戻れるポイントも増えていく仕組みだ。
簡単に言えば、ゲームの「セーブポイント」と「ロード」機能のようなもの。
これに気がつくのに……まぁ結構苦労したけれど。
筋肉の化物みたいな闇騎士と対戦し、俺は死んだ。けれど3回目のループで何とか勝つことが出来た。
鍵は、野菜を食べる雑食性がもたらした、現代ヴァンパイア特有の力のおかげだった。俺はこの世界では吸血ではなく、現地の野菜を食べることで能力を増す体質だった。
血を吸うと能力アップかも……なんて密かに期待していたのに。吸血鬼としては、なんともトホホな能力だ。
けれどパワーアップし、レベルも上がった。そして俺の「治癒の能力」を攻撃力に転化することで、不死系の存在である闇騎士やヴァンパイア相手に、大ダメージを与えられることがわかった。
冷静に考えると、ゾンビ系の魔法に治癒魔法を食らわせるとダメージを与えられる……というのはゲームなんかじゃ定番だ。
俺の治癒スキルを攻撃力に転化、そして大ダメージを与えたところで、美乃里のニンニク臭ビームでとどめを刺す! という連携攻撃が見事に成功。『この俺を倒しても……あのお方が……!』と見事な捨て台詞を吐いて、闇騎士は消滅した。
何度も再戦する「泥仕合」だったけれど、お陰で戦いのコツはつかめた。その後に現れた刺客、『六角陣』の要石ことエリアボスには、トントン拍子で勝つことが出来た。
その後3ヶ月で、領地の半分を奪還することに成功。
赤かった『六角陣』の地図の半分は、今は俺達の領地である青に塗り変えられている。
それを可能としたのは、美乃里が持っていた能力に寄るところが大きい。転移門――つまり、俺達を異世界に吸い込んだ『魔鏡』までワープ出来るという能力だ。
――往来自在
最初の敗北でギアルゲイン伯爵の本拠地に連れて行かれ、かなり危ない目に遭った美乃里。けれど、持ち前のニンニク臭ビームを使って敵の本拠地で自爆テロ。大混乱に乗じて、脱出に成功し、そこで「脱出スキル」に気がついたのだという。
このスキルさえあれば、危なくなっても「離脱」できる。この力に最初に気がついていれば、拉致されても瞬時に帰ってこれたのにと、美乃里は悔やんでいる。
そのときに知り合った(?)3人の幹部、ギアルゲィン伯の変態息子三人衆の話は、聞いただけでも腹が立つ。3兄弟との決着はこれからだけど必ずぶっ飛ばしてやる。
「結局、わたしが居ないと、ジュージはダメなんだねぇ」
「うるさいな、そういう仕組なんだから仕方ないだろ」
更に、『魔鏡』にも秘密があった。
魔鏡は、俺の親父が託したものらしかった。理由はよくわからないけれど、美乃里と二人で手を繋がないと転移門が開かない。何故かはわからない。けれどそういう仕組だ。
向こうの世界から戻ってくるにも二人居ないと帰ってこれない。
一人では行くことも戻ることも出来ないのだ。
二人がいれば行き来は自由とも言える。
向こうの世界で戦い、好きなタイミングで戻ってくることが出来る。しかも、こちらの時間経過は向こうの100分の一程度。放課後の息抜き程度でもかなり攻略できる。
――二人でなければあの世界は救えない、か。
今もヴァレンタイン伯爵の館では、リールマインちゃんが俺たちの帰還を待っている。けれど、以前と違うのは孤独ではない、ということだろう。
ヴァレンタイン伯爵の領地として、敵から奪還した『六角陣』から、心強い仲間も増えた。共に戦ってくれる女騎士に、頼りないけれどいろいろな知恵のある魔法使い――。
彼らが屋敷に居て、今はリールマインちゃんと共にいる。
向こうの世界なら血を吸えるかも? という淡い期待はもう抱かないことにする。俺はギアルゲインたちとは違うのだ。
現代に生きるヴァンパイアである俺は、血なんて吸わなくても生きて行ける。こうして支えてくれる人と共に歩み、戦ってくれる友だちもいる。
一度立ち止まりニンニク畑を渡る風の香りを吸い込む。そして美乃里にむけてそっと拳をつきだすと、彼女も小さな拳を突き出して、コツンと合わせてきた。
「みのり! 学校から帰ったらまた攻略だ。今日は、シェイニヘイムの村を奪還するぞ!」
「もちろんよ。レベルも早く私に追い付くといいわね!」
「う、うるさいな、今日こそ追い付いて、超えてやるからな!」
「どうだか。期待してるよジュージ」
俺達は笑い合い、そして駆け出した。
眩しい朝日に目を細めつつ、見上げた空の向こう。真っ白な夏の雲が、遥か峰の上で大きく育ちつつあった。
< おしまい >
【作者よりのお知らせ】
応援いただき感謝です!
本作はここでおしまいです。
今年は仕事が大荒れで、予定より書く時間が取れず、期待していただいたような作品になりませんでした。進みが悪かったのですが、なんとか二人の行く未来を示すことは出来ました。
きっと、ジュージとみのり、そしてリールマインや新しい仲間たちは、やがて邪悪なヴァンパイアから世界を救うでしょう。
応援頂き感謝です!
また近いうちに新作でお会いしましょう!
(次は秘蔵の完結済み作品を公開します)
 




