幼馴染に57回つっこまれると死ぬらしい
視界の隅に映ったのは、半透明のウィンドゥだった。それにはゲーム画面などでお馴染みの、体力値(HP)やスペックが表示されている。
とはいえ、俺たちはこれぐらいの事で驚きはしない。むしろ慣れ親しんだ感じがする。何よりもここは異世界なのだから、表示されるそれなりの理由なり仕掛けがあるのだろう。
「ってか、俺のステータスは何だよ。レベル1って最弱じゃん……」
驚きよりもガッカリ感がすごい。こういう場合、レベル99でカウンターストップしてるとか、チートボーナス的なものを期待していたのに……。
「だれでも最初はレベル1。いきなり最強なんてあるわけないじゃない」
「……ごもっともです」
「でも、ジュージのスキル、ゴチャゴチャ沢山書いてあるじゃん?」
「うん、でもこれって……」
★------ステータス------★
ジュージ・ヴァレンタイン
種族
ハーフ・ヴァンパイア 16歳♂
階級
・レベル1
属性
・菜食生活
・普通生活
特技
・急速回復
HP 58/58
★----------------------★
属性は普段暮らしている生活習慣そのもので特筆すべき物じゃない。ハーフ・ヴァンパイアな俺にとって「菜食生活」は確かに「特殊な属性」かもしれないけれど、弱点がゼロになった……ぐらいのものだ。
特技を見ると必殺技に、「急速回復」とある。
「これはもしかして使える?」
元々傷の治りは少し早かった。とはいえ、例えばカッターナイフで切った傷が数秒で治るわけじゃない。普通の人なら3日かかって治るところが、1日で済むぐらいのレベルなのだ。
戦闘で1ターンで回復、だと使い勝手は良さそうだけど、実際のところ使い物にはならない気がする。
「ちなみに、私のも見える? 私はジュージのが見えているわよ」
言われて、美乃里に視線を向けてみる。
「あ……! ホントだ、みのりのも見える」
「ねっ!」
★------ステータス------★
日野沢・美乃里
種族
人間 16歳♀
階級
・レベル1
属性
・普通生活
特技
・大蒜倉庫
HP 87/87
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「なんで俺より、みのりの方が体力あるんだよ」
「えー? だって好き嫌いしないで何でも食べるもん」
「くそ、小学生みたいな理屈だな」
「陸上部で鍛えてるしー!」
納得いかないけれど、暗い部屋が好きな俺と違って、元気さが取り柄のような女子だからな。そこはしょうがない。
「それと、特技の『大蒜倉庫』ってなんだよ。ニンニク倉庫って、おま、大蒜農家だからか?」
思わず吹き出しそうになる。ダッセェ。
「なんかヤダ!? 可愛くない……」
「可愛いかどうかが基準なのかよ」
「女の子にとってそこが大事なの!」
そういうものか。戦いの役に立つのだろうか? ニンニクの弾丸を発射するとか……だと吸血鬼相手には効きそうだけど。
「毎日ニンニクばっかり食ってるから、全身にそのエキスが詰まってるんだろ。汗とか体液でヴァンパイアを倒す……とか?」
正直、そんなスキルを持つ幼馴染は嫌だ。
「やめてよ! そんな説明書いてないじゃん!? ばかジュージ!」
「痛てて!」
顔を赤くした美乃里が、バチンと俺の肩を叩くと体力が1減った。
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ジュージ・ヴァレンタイン
…
HP 57/58
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「お、おい、減った!? 体力減ったから!」
「え、嘘……! あと57回叩くと死んじゃうの!? きゃはは、弱ッ」
「おい、黙れよ!?」
弱い……弱すぎるぞ俺。幼馴染の暴力ツッコミも連続で叩き込まれると死ぬ、というのは大発見。いや、最悪の気分だけど。
「――ぬぅわぁにぃおぉ……! ゴチャゴチャやっとるかぁあああああ!?」
ドウッ! と、もの凄い怒号と共に、爆風のような闇が吹き荒れた。その爆心地は、筋肉ダルマこと、闇騎士・マハートクラゥだ。
巨大な黒馬の鐙から地表へ足をつけると、地響きさえ聞こえてくるようだ。
「うわ!?」
「きゃ!?」
「ジュージさまっ!」
そうだった。
俺と美乃里は今、このヴァレンタイン邸に侵入してきた敵と対峙中。サキュバス族だというこのお屋敷の住み込みメイド、リールマインちゃんを助けに来たのだ。
暗黒の霧は四方八方を侵食し、領域を広げていた。『闇ランタン』とかいう魔法のランプばら撒く煤煙が、屋敷の庭先を灰色と黒の空間へと変容させてゆく。
「マインちゃん、こっち!」
幸い、俺と美乃里のドツキ漫才(?)に、『闇ランタン』軍団が気を取られている隙きに、リールマインちゃんは素早く逃げ出す事が出来た。
『闇ランタン』は、あの筋肉ダルマの忠実な下僕か、ゴーレムのようなものだろう。『イーッ!?』と悔しそうに音を鳴らしているが、リールマインちゃんを見失い、一本足で跳び跳ねながら同じ場所をぐるぐる回っている。
小悪魔みたいな黒ゴスロリ風衣装のリールマインちゃんを、美乃里が抱きとめる。顔や腕に痣があって痛々しい。
「大丈夫!? 痛い……?」
「へ、平気です。それより、逃げてくださいジュージさま、みのりさま」
「マインちゃんを置いて行ける訳無いだろ……。それより傷が……」
――そうだ!
俺ははっと閃いた。さっきのスキル、使えないだろうか? 手をマインちゃんの顔にかざして囁いてみる。
「……急速回復」
気合を込めると、キュィインと青白い光が手から放たれて、みるみる傷と痣を消してゆく。
「おぉ! なんか出た!?」
「ジュージ……! すごいじゃないの! そういうスキルなのね!」
「ジュージさま、いけません!」
傷が消えるのと同時に、リールマインちゃんがハッとして俺の手を握り、止めた。軽い疲労感がある。
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ジュージ・ヴァレンタイン
…
HP 53/58
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「……う?」
「ジュージの体力がまた減ったわ!?」
「つまり、これって傷の回復の対価として、自分の生命力を分け与えた……ってことか」
MPが無いから、魔法が使えないのかと思っていたけれど、どうやら違う。
俺の場合は、生命を分け与えることで、相手を回復させる「ヒーラー」としての力があるようだ。
――戦闘向きじゃないってことか……。
思わず乾いた笑いが浮かんだところで、耳障りな声が響く。
「少年ンン……! 君はもしかして……ヴァレンタイン公爵の後継者ですかァン?」
ブシュァアア……と一言ごとに恐ろしい闘気めいた闇の気配が漏れてくる。周囲は薄闇に陰り、まるで『結界』の中に閉じ込められたみたいだ。
「し、知らねーよ! 迷い込んだだけだからな」
「ほぅ……?」
少々ビビリながら、なんとか言葉を返す。互いの距離はまだ12メートルほど離れている。ズカズカと近づいてこないのは、何かを警戒しているからだろうか。
「だぁが! その顔、気配……! 間違いなく憎むべき裏切り者、ヴァレンタイン公爵と血縁があると見ましたよン? そもそも……! この狩り尽くした筈の領地で、久しぶりの獲物……! いえ、献上品になりそうな処女の血の匂いに誘われて、出向いてみたのですがぁああああン……ンフフ!」
魔眼めいた視線を、美乃里に向けるのがわかった。
「やだ、気持ち悪い」
「これは……さらなる褒美を貰えるチャンス到来ではありませんかぁン?」
ンッフフフと不気味に肩を揺らす大男。処女の血……? 美乃里とリールマインちゃん? どっちにしても冗談じゃない。
「うるさい変態、帰れよ! ここはお前の土地じゃないだろう!?」
俺はいま虚勢を張って声を出し、言葉をかわすのが精一杯だ。正直足が震え始めている。けれど、女の子二人がいる手前、鼻水と涙を流して逃げるわけにもいかない。
「確かに……わが領地ではありませんが、この領地の契約の『要』は君のようです。つまり……土地の主である君を殺せば、我が領地となるわけですが、ねぇン?」
凄まじく冷たい殺気と野心に満ちた邪眼が、ギラギラとこちらに向けられるのがわかった。
「……まじッスか」
<つづく>




