幼なじみはニンニクの香り
『クハハ、崇高な吸血鬼の糧となれること、光栄に思うがいい!』
黒いマントに黒のシルクハット。実に怪しい格好の吸血鬼紳士が、獣のように大きく口を開けた。上唇の内側から鋭く伸びた二本の牙を光らせると、抱きかかえていた美女の喉元めがけガブリと噛みついた。
『キャアアアッ!?』
ジャジャーン♪ と、なんとも古めかしい悲劇的な音楽が流れると、吸血鬼の唇の端から黒い液体が流れ落ちた。
身体を仰け反らせ悲鳴を上げる美女。だが、魅了の魔力で催眠状態にされているのか瞳は虚ろ。
「ゴクリ。……俺も吸ってみたいな」
カーテンを閉めきった薄暗い部屋の中、唯一光を放つテレビの画面には映画が映っていた。今見ているのは百円レンタルの旧作DVD、『網走ヴァンパイア★美女の鮮血生搾り』のワンシーンだ。
ごきゅごきゅと喉を鳴らし血を飲みはじめる吸血鬼。その食事の光景を見ていると身体の芯が熱くなってくる。
黒い吸血紳士が美女の喉元から口を離すと、爽快な笑みを浮かべて口元を拭いさった。
『プハァ! 喉越しまろやかァ!』
余裕の高笑い。実にご満悦の様子だが、こっちの欲求不満は爆発寸前だ。美女の白い首筋の二つの穴から流れ出る赤い血のコントラストが、実に艶めかしい。
「くっそ変態吸血鬼め! 豪快に飲みやがってコンチキショー」
実は最近、菜食ヴァンパイアな俺も、ちょっとだけ「吸血」に興味がある。
現在16歳、県立高校に通う普通の男子高校生である俺は、もちろん吸血したことなんて一度もない。吸血童貞というやつだけれど、日本での平和な暮らしを守るため、吸血行為なんて考えないようにしているのだ。
家の周囲は見渡す限りの田んぼと畑、山に囲まれた田舎の村で暮らし始めて10年目になる。名産品のニンニク畑に囲まれて通学していたら、血を吸う気力さえ起こらない。
付け加えるならば、居候先の家はニンニク畑を営んでいる。家主のおじさんやおばさん、10年来の付き合いになる、幼なじみの美乃里には迷惑はかけられない。
けれど見るなと言われれば見たくなり、触るなと言われれば触れたくなる。飲むなと言われると飲みたくなるのも、性というものだろう。
だからこうして「吸血ビデヲ」という禁断のわいせつ物を見ては、欲望を発散することにしている。
いつか俺もあんな風に血を飲みたいな、なんて駄目なことを考えながら、布団の中で悶々としていると、時刻は朝の6時だ。
そろそろ今日も起き出して、学校に行かねばならない時間のようだ。
「ふぁ……そろそろ学校に行くか」
俺はモゾモゾと布団から身を起こし部屋を見回した。
六畳一間の畳の部屋に、テレビと学習机だけという至極シンプルな部屋。壁にぶら下げたハンガーには高校の制服であるブレザーと、赤いネクタイがぶら下がっている。
遮光カーテンで暗い部屋のなか、光っているのはテレビの映画。あの向こう側は忌々しい太陽が我が物顔で世界を支配しているのだろう。
と、その時。
「おっはよー、ジュージ! 朝だよっ」
ガラッ! と、いきなりノックも無しに部屋の「ふすま」が開けられた。プライベートなんてお構いなし。眩しい朝の光と共に元気な声が飛び込んできた。
「うぎゃ眩しい!?」
暗闇に慣れていた俺は思わず悲鳴を上げた。
遠慮もなしに開けられたふすまの向こうには、茶髪のロングヘアをポニーテールに結わえた少女が立っていた。
――日野沢美乃里
高校の制服に身を包み、スラリとした細身の彼女は、居候先の娘さん。
歳は俺と同じ16歳。
一つ屋根の下に居たら恋心の一つも芽生えそうだけれど、それは断じて無い。
幼なじみであり、すでに兄妹のような気の置けない存在だから……じゃない。
だってコイツ、全身からニンニク臭がするんだもん……。
<つづく>
★------ステータス------★
ジュージ・ヴァレンタイン
種族
ハーフ・ヴァンパイア 16歳♂
階級
・レベル1
属性
・菜食生活
・普通生活
特技
・急速回復
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