第一章 川之江市立南中学校
川之江市という場所を知ってるだろうか?今は合併して四国中央市という妙な名前になった愛媛県の極東に位置する空気の悪い町だ。この物語はその川之江市と呼ばれていたごく小さな地域で展開される。
高速道路を降りて右に曲がると一九二号線にぶつかる。近年そこから真っ直ぐに新しく道が出来た。が、その道は突如狭い裏道にぶつかって止まってしまっている。その何の為にあるのか意味不明な道の終点、そこに俺と幼なじみの家が建っている。
第一章 川之江市立南中学校
―1―
俺は死にかけていた。
気配だけがすぐ後ろに迫っている。夏場のおっさんのような湿った息が詰め襟の隙間に入ってきてかなり気持ち悪い。何度もぬかるみに滑りながら必死に校庭を走り、校舎を目指す。まだまだ寒い春であるにもかかわらず学ランの下は汗だくだ。
夜の十時。南中学校の校庭は真っ暗で、ほとんど何も見えなかった。しかし明るかったとしても俺には何も見えなかった。俺を追っているのは妖怪と呼ばれるモノの類。なんの力も無いただの高校生には何も見えない。
昼のうちにこっそり開けておいた一階の窓を飛び越す勢いで中に転がり入る。この時点で必死すぎて気づかなかったが、背中には無数の引っかき傷が出来ていた。そのいくつかはかなり深い。廊下を走り、階段を駆け上り、三階突き当たりの教室へ。ドアを勢い良く開けて中に入る。そこに、あいつがいる、
はずだった・・・。
―くそっ!ニーナどこいんだよ!!
声を出すのも苦しい。心の中で幼なじみの名を叫ぶ。
―2―
その日いきなりなんの前触れもなく高校の授業が昼までになった。ただの平日。帰宅部の俺はやる事も無く、昼に学校から帰ってきた。勉強をする気もなく暇な時間が出来たなぁ、ゲームでもするか。とやる気の無い事を考えながらチャリをこいでいたが、その計画は実行されなかった。玄関先に幼なじみが立っていた。南中学校のセーラー。長いストレートの黒髪ポニーテール。制服のスカートからすらっと伸びた足。幼なじみの名は、
一柳 二南。
子供の頃は家が近いからよく遊んでいたが、最近はそれほどでもない。子供の頃から美少女であったが、後々こりゃやばいな!ぐらいの美人になるだろうと思われるほどの横顔がそこにはあった。眉間の皺がドキッとするほど拍車をかけている。が、まだ中学二年なのだからまだまだ子供だ。かなりの膨れっ面。意志の強そうな瞳。
ふと、二南がこっちに気づいた。ポニーテールと胸の白いリボンが春風に舞う。そして、助かったとでも言いたげに顔をほころばせた。が一瞬でいらついた様な顔になって、言った。
「知加!幼なじみのよしみで手伝いなさい!」
と。後でわかった事だが正しくは、餌になれ。だった。ちなみに俺の名前は、大西 知加。
そこで二南の祖母が一柳家玄関から出てきて、場所は二南の家の広間に移る。二南の祖母が俺に昼を食べていけと言ったからだ。二南の家で昼を食べるのはいつぶりだろうか?と思いながら二南の祖母が出してくれたカレーを食べていると二南が本題をきりだした。
「私、二年前に一柳の当主になっていろいろ地味な仕事はこなしてきたんだけど、この前出来た家の前のバイパスのせいで困った事になってて、で、手伝わせられるような知り合いいないから、だから・・仕方なく・・・」
ぶつぶつとカレーを混ぜまくりながら言っていたが、俺はちょっと待て!と、さえぎった
「当主ってなんだよ!え、マジであの親とかが言ってる話本当なのか!?」
ちょっと説明すると、この地域では公然の秘密がある。一柳家が妖怪を町中に封じている、と。
市民皆が知っているが表立ってその話はしない。大規模に火災やら地崩れやらが起こった時にだけ、あぁ一柳家が動いているのだな、と家族近所で話すぐらいだ。それも最近では半信半疑で、本気で信じている市民はどれくらいいるのか疑問だ。俺も信じてなどいなかった。
そこで二南の祖母がごめんねぇと話に入っていた。
「バイパス工事ぐらいならなんとかなるかと思ったんだけど封印の一つがとけちゃってねぇ、お父さん(二南の祖父の事)が二南ちゃんと行くとか言ってたんだけども腰をこの前やっちゃってね。だから、ちーちゃんに頼んでみたら?って言ったんだけど、この子ったら頼むの嫌だとか言って。お父さんが治るまでだからきっとこれ一回きりだから。そんなにあの猫・・」
「おばーちゃん!それは!」
―・・・?
とそんなこんなで祖母、母親等と言い合って、渋々玄関先まで来ていた、ということらしい。
考えてみれば最近近所でおかしな事が多々あった。近くの和菓子屋や食べ物屋が軒並み荒らされた、南中の校庭が雨も降っていないのにぬかるんで一部底なし沼状態、一九二号線に亀裂がはしった、金生川が一部干上がった・・はいつもの事か、等等。それでも人為的な悪戯か地盤沈下かそのあたりだろうと皆思っていたのだ。
―それの原因が妖怪だったとは・・・。マジかよ。
で、秘密と共にこんなことも言われている。
一柳家に協力を頼まれたら断るな。
まぁ、本当に妖怪から町を守っているなら当然かもしれない。
「で、これは断れるのか?」
と一応聞いてみる。が、
「カレー・・食べたでしょ。」
「?それが?」
「これで幼なじみのよしみと、カレーのお礼と理由が二つも出来たんだから手伝いなさいよ!」
なにか吹っ切れたようだ。二南はカレーを一気にほおばっていた。
「い、いやこれっておまえが作ったんじゃないだ・・」
「うるさい!」
と、いうわけでってどういうわけかしらんが手伝う事に決定した。ついでにカレー付き米が飛んで来た。
「妖怪は南中の校庭の沼に潜んでいるから、おとりになって校舎に誘い込んで。狭い方がやりやすいから。その後は私がやるから帰っていい。」
「最後までいるよ。危ないだろ。」
とお兄ちゃんぶってみたが
「さっさと帰れ!」
ときた。頼んでおいて何がそんなにいやなんだ?
昼のうちに二人で南中に行き、段取りを決めた。二南は現在ここの生徒だし、俺も元生徒。かって知ったる母校だ。二南が言うには、昼は妖怪はほとんど動かないらしい。動かないうちに封印でもなんでもすればいいのでは?と言ったが、
「いや!」
だそうだ。いつからツンデレになったんだ。というかそれならいつデレがくるんだ。
「昔はもうちょいかわいかったとおもうんだけど?ニーナちゃん?」
と昔の呼び名でからかってみるも、・・・無視かよ。
―しかし、出来ない、ではなく嫌、というのはどういうことなんだ?
―3―
そして夜、追われて怪我して教室に転がり込んだ。そして逃げ場は無いのに二南はいない。妖怪に向き直るが姿は見えない。おっさん妖怪の熱気で窓が曇っている。と、後ろから強か殴られた。
―なんで味方を殴るんだよ・・・
と意識がきれる瞬間二南の背中が見えた。なぜか猫のしっぽみたいなものがはえていた。
私は後ろからグーで殴った。どうしても見られたくなかった。今のところ私は式神を一匹もっている。
猫の。
力は弱いし気まぐれだしいい所無し、だがいないよりはマシ、ということで使ってはいるがこの式を使う時どうしてもネコ耳としっぽがはえる。何の意味があるんだー!と叫びたくもなるがどうしようもないので今は放置。武器は猫とはなんの関係もない代々伝わる日本刀。といっても今は手ぶらに見えるだろう。腰を落として刀を抜く動作にうつる。すると手のひらからそれは現れる。
桜一文字。
かすかに赤い刃。その日本刀は私の血から出来ている。一柳家の血から血へ受け継がれている、対妖怪用の武器。それからの戦いはよく覚えていない。桜一文字が出てくれば体は勝手に動く。血によって。血に蓄えられた一族の経験。キモイおっさんのような妖怪がいやで目をつぶっていたとしても勝手にやってくれるからこっちはキャーキャー言っていれば何とかなる。いまのところ。
二南が戦っているのを眺めていた。中学生女子に殴られたところでそう長く倒れているわけはない。ネコ耳美少女が一人で踊っている。
―あ~こりゃぁはずかしい。
それでさっさと帰れだのなんだのと言っていたわけか。しかしこの剣舞は、綺麗だ。刀を振るうごとにポニーテールが躍動する。妖怪を足場にしているのか二南は床に足をつけずにずっと空中に浮いているように俺には見える。俺の幼なじみはこんなにもしなやかで綺麗なやつだったか?それよりもどうしてあんなにもいつも一緒にいたのに会わなくなったのか疑問だ。そう思っている間も一瞬たりと目が離せなかった。しかしネコ耳しっぽだしちらちらパンツも見えるしなので、この戦いを賞賛するよりは気絶していたことにして見なかった事にしてやろうと思った瞬間、妖怪に弾かれたのだろう。きゃっと言う少女特有の声と共にこっちに二南が吹っ飛んできた。とっさに立ち上がってうわぁぁとか言いながらなんとかキャッチ、出来たが背中を壁に打った。そのままずるずると二南を抱えたまま尻餅をつく。
「い、ってぇ・・」
「あ、え!起き・・」
二南が真っ赤になって両手で俺の胸を押して離れようとする。が、
「ネコ耳、か~わいい。」
とか場違いな声をかけてみた。しっぽを触りながら。あ、しっぽは二本なのかと思ったら
「ひゃっ・・つっ・・!」
二南がもっと真っ赤になって、ジタバタしだした。えっちょっとこれは!という所で邪魔が入った。そりゃそうだ。戦闘中だ。それにしても受け止めた二南の体はどこも華奢だった。こんな少女が妖怪と戦っている。突然、風が渦巻いた。二南を壁の方に押しやって、自分が盾になる。男なら当然女の子は庇う。妖怪だろうとなんだろうと。背中に激痛がはしった。カマイタチ的な攻撃か何かか。と思う間もなく、足首を掴まれる気配がして、体が中に浮いた。天井が近い。また、うわぁぁとか言う俺の間抜けな奇声で我に返った二南がこっちを睨んでいる。俺を睨んでいるのか、妖怪を睨んでいるのかどっちなんだろうな・・・とここまで危機が迫っていても見えないので実感がわかない。それに二南が負ける気がしない。悠長な事を考えている間に決着はついた。幾度か跳躍し、幾度か刀を振り回した後、刀に付いた血をはらうようにびゅっと刀を振る。するとその刀は桜の花びらになって漂ったのち、霧のように空中に消えた。二南は隅に隠しておいたジュラルミンの小箱を片手に持ち、何かつぶやいたと思ったら足首の気配が消えて俺は床に落ちた。もう体全てが痛い。と、二南が振り向いた。
一瞬、二南の顔に血しぶきが見えたがすぐに見えなくなった。妖怪を斬ったのか?それよりなんだ?無表情だ。二南だが、二南じゃない。
「ニーナ・・?」
はっと二南が気づいて駆け寄ってくる。
「おにーちゃん!だいじょう・・」
と、そこまでは昔のかわいいニーナだったが、とっさにおにーちゃんと呼んでしまったのが不本意なのかムッとして、
「大丈夫、じゃないみた・・」
と、俺の意識は遠のいた。
おにーちゃんと呼んでしまったのは不本意だった。とっさに昔の呼び方で呼んでしまった。でもそれ以上に知加の傷が酷かったから顔をしかめてしまった。制服が破れてその隙間から、背中にも腕にも無数の血の色が見えていた。私の家には傷を治す方法も伝わっている。でも、主に自分を治すための術だ。ちゃんと他人を治す事は出来るんだろうか?
―躊躇してる場合じゃない!
私は倒れた知加の背中に抱きついた。
―熱い。生きてる!でも・・
目を閉じて意識を集中する。
意識が戻ったら背中に重みを感じた。二南が背中にしがみついて眠っていた。寝顔は昔のままだ・・かわいいな・・・と二南の汗で額にはり付いた髪を直してやっていたら、ぱちっと目が見開いた!二南だが二南じゃないやつだ。
「おまえ誰だ?ニーナは?」
そいつが起き上がり、そして俺の首筋に噛み付いた!?
「え?な!ニ・・いっ・・」
歯は普通の人間の歯だった。牙でないだけマシなのかどうなのか力づくではがそうにもすごい力だし、殴ろうにも二南は殴れない。と、二南が気づいた。力一杯胸の辺りを押さえつけながら俺からはなれた。
「食べちゃだめ!!」
―4―
「いたたた。」
とりあえず一柳家に帰ってきた俺達は普通に二南祖母に消毒液をかけられた。一柳の術も万能ではないのか。が、軽い擦り傷位の痛さになっている。やはり二南に助けられたということだ。巻き込んだのは二南だが。
「って!その絆創膏を俺に貼るのかニーナ!」
見ると、二南の膝の上には国民的ネコ、世界的ネズミのファンシーなパッケージがのっていた。
「何か問題でも?私のおかげでこんな普通のカットバンでよくなったんだからね。ホントなら包帯でぐるぐるなんだから。私が助けたんだから、これからなんでも言うことききなさいよね!」
―なぜそうなる。巻き込まれたのはこっちなのに!
と文句を考えているうちに背中にべたべた貼りだす二南。明日は体育はないよな?こんなの着替え中に見られたりしたらどうなるか。明日の心配をしつつされるがままになっているといきなり首筋を二南の指がなぞった。
「ひゃ!?ななな」
二南が噛んだところだ。ちょっと思いついた事を言ってみよう。
「・・・ニーナに噛まれたって言いふらしちゃおうかな~。って!そんな怖い顔すんな!言わねーよ。」
言いふらされたくなければ、これから何でも言うこときけよ、と最期まで言えなかった。だから、あいつはなんなんだ?と質問することにした。
「あれは私の式。あんたの匂いにつられて食べようとしちゃったみたい。せっかく私の力で治癒したのに私の式があんた食べちゃったら意味無いよね・・」
「え?匂い?俺なんか臭う?」
まぁ汗もかいたし?
「あれ?知らない?あんたんちの家系、妖怪好みのいい匂いなんだよ。」
「え!それって危ないんじゃないか!?」
「だいじょうぶ。私が、守るから。」
―あとちょっとの間は・・・
「あ、じゃなかった!一柳家が守ってるから!と、隣に住んでるのも大西家をまも、守るためだし!あわ、あわわ」
なんだかあわてだした。わたわたしつつ何かまくしたてている。一番おいしそうなのは俺、なので家族はとりあえず安心とか。でも今回の事件で他の妖怪にも匂いが知られたとかで俺を狙ってくる妖怪も現れるかもしれないとか物騒な事も。
―そんな俺の体質を知りつつ巻き込んだばーちゃんもなかなか腹黒いんじゃ・・・。でもまぁ
「そっか、ありがとな。ニーナ」
「べ、べつに・・一柳家の仕事でしかたなくなんだからね!べ、べつにあんたの・・ごにょごにょ」
あ、デレた?うつむいた二南の表情は見えなかった。
と、玄関の引き戸を豪快に開ける音がしてタッタッタっと足音が近づいてきた。廊下ですべりながら現れたのは、
「おっと、おにぃちゃん!帰って来たよ!」