7、その頃僕は②僕の太陽
『貴君はまた腕を上げたな。』
フスの汗、ギヨロがフス語で話し掛けてきた。
『お陰様で。貴方に誉められるのは光栄だよ。』
僕もフス語で返す。
兵士達は片付けや負傷者の手当に忙しい。
戦闘が終われば、戦場はたちまちバザールに変わる。あぁ、商人達のなんと逞しい事よ。
『しかし細剣など、普通対多数戦には使えんだろう。大したものだな。是非我が配下に欲しいものだ。ルルシェン王が羨ましい。』
『僕は膂力が無いからね。ギヨロ汗のような大太刀や大弓は使えないよ。』
『女の身でありながら、そこまでの戦士とはな。イゴールさえ許せば正妃にするものを。』
ギヨロは僕を女だと見抜いた、最初の人だ。武勇を尊ぶフス族には女戦士も存在し、女性の地位はルルシェンより高い。
ギヨロの口振りだと、フスの人達はどうも僕を普通に女性だと認識しているようだ。
『それが、ギヨロ汗の奥さんにはなれなくなっちゃったよ。実は婚約したんだ。』
『おぉ、それは目出度い!我が妻にできぬのは残念だが。にしても相手は如何な屈強な戦士か。貴君を妻とする程だ。相見えるのが楽しみだな。』
屈強な戦士どころか、可憐な美少年ですけどね。
ルルシェンは北国だけあって、太陽への憧れが強い。一方で雪や氷は脅威である。
僕の容姿はよく『氷のよう』と形容される。整ってはいるが、冷たい。正直あんまり好きじゃない。
ユーリィは、太陽みたいだ。陽光のような金髪に、大地の実りを思わせる榛色の瞳。そしてなにより、あの生へのエネルギー。
あの太陽を手元に置きたい、と最近は思っている。
ユーリィは、自身の少女じみた容姿がコンプレックスなようで、からかうとすぐ怒る。だけどあの子、言動も考え方も、なんだか乙女チックなんだよなぁ。指摘したら益々怒り出しそうで、ワクワクしてしまうよ。
「程々にしてあげて下さい。」
とアレクは言うけど、僕、面白い事は、放っておけない性格なんだ。
左手で鍵を玩ぶ。なんだか落ち着く。これを返してしまうと、手元が寂しくなるだろうな。
この鍵を預けてくれた時のユーリィも、面白い程可憐だった。上目遣いで、僕のシャツを握りながらモジモジして、涙目で。僕が本物の男なら、戦争なんて放って、寝室に連れ込んでいただろう。
こうやって世の女達は平和に貢献しているんだな。
「ニコライ様も見習って下さいよ。」
これもアレクの言。
アレクは女の子大好きなエセ紳士だけど、僕には厳しくユーリィに甘い。あいつ知ってるくせに、完全に僕を男扱いしている。
アレクはイワン兄さんの乳兄弟なんだけど、僕は7歳まで彼を実の兄だと思ってた。イワン兄さんが出奔した時の、アレクの荒れっぷりは凄かったな。
僕とギヨロも監視のため、市を見て回る。
この交易で得たキヤ商人達の収入の一部は、キヤ領に納税される。戦争には兎角金がかかる。
フス族はフス語、キヤ商人はルルシェン語。会話が通じてない筈なのに、なんで商売が成り立ってるんだろう。商人って凄い。
「あ、これ何だろう。綺麗。」
思わず自国語が出た。
『貴君もやはり女だな。これは東方ワ国の『櫛』だ。髪をとかしたり髪飾りにしたりするらしい。』
ギヨロはルルシェン語が話せる。僕の方に秘密が多いため、敢えてフス語で話してくれているのだ。
ワ国は確か、ルルシェン王家が代々征服したがってた島国だったか。煌国とはまた違った風に美しい工芸品だ。半月型の艶やかな逸品。
『よし買おう。』
『ふむ、我も3つ頂こう。妻達の土産にするかな。』
ギヨロには既に奥さんが3人いる。
『それを着けて、屈強な婚約者殿に会いに行くのか。さぞや喜ばれよう。』
残念、その婚約者殿へのお土産にするんだよ。鍵のお礼にね。
ユーリィは怒るだろうな。今から楽しみだ。
巻き込んだからには、せめて彼が独り立ちするまでは面倒を見てやりたい。ユーリィは生方だから、性悪女に引っ掛かりそうで心配なんだ。
まぁ僕程、質の悪い女はそうそういないだろうけど。