6、その頃僕は① 戦争には金がかかる
このお話はフィクションです。
くどいようですが、この世界では、という解釈でお願いいたします。
ニコラ視点で話が進みます。
首元の鍵をなんとなく手で玩んでいると、アレクが声を掛けてきた。
「ニコライ様、楽しそうですね。ユリア様の事でも考えていましたか。」
そうか、顔に出ていたか。
「まあね。あの子の事を考えると、面白くて仕方ないよ。顔が笑ってたかな。」
「面白くて?」
アレクが不思議そうな顔をするが、これは本当。ユリア、いやユーリィは本当に面白い。
僕にとって、実に都合のいい少年。使えそうだと思い、言いくるめて連れて帰ってきてみたら、思いの外気に入った。あの子のためにも早く館に帰ろう。
ここは我が国ルルシェンの防衛最前線、キヤ領クリム砦。
僕、ニコラ・マリヤ=グリンカは現在、キヤ領軍の指揮官として砦から眼下を見下ろしてるのだった。
そもそも騎馬民族に対するルルシェン国民の大半の認識は、間違っている。
フス族は、キヤの隣の草原で暮らす、騎馬民族のうちの一民族だ。彼らはこの次期、つまり冬に入り食べ物が少なくなる頃に毎年やってくる。
赤い飾り羽根のついた矢が、彼らの合図だ。
正直キヤもフスも、戦争したい訳ではない。人死には双方の損失だし、交易する方が余程儲かる。
だが、戦闘しない訳にもいかない。フスは他の騎馬民族につけ込まれないために武勇を示す必要があるし、キヤは中央政府(特に王家)に他民族に抵抗している事をアピールしなくてはならない。
この対騎馬民族戦のお陰で、南部を直轄地にしたいらしい王家も手を出せずにいる。キヤ軍は我が国最強とも言われている。良い効果も有るわけだ。
勿論戦いは本気でやる。相手に弱い所を見せれば、本当に略奪されるからだ。
殺さないように、且つ負けないように。
匙加減が本当に難しい。
だいたいオルド支配の頃だって、恐怖政治だった訳ではない。国の制度はそのままだったし、大陸が一国に統一されて、貿易が活発になったという側面すらある。
ともかく、フスはキヤにとって良き隣人とも言える。
彼らは戦闘後の物々交換で、貴重な軍馬や、更に南にある大国煌国の工芸品などを持ってきてくれるのだ。
キヤが商隊を組んでいるのも、この略奪という隠れ蓑を着た密貿易のためだったりする。
などと益体もないことを考えているうちに、フスの軍がやって来るのが見えた。
僕は声を張り上げる。
「敵襲だ!総員、配置に付け!」
「「「応!」」」
砦の階段を駆け降りて、愛馬にひらりとまたがる。僕の姿は、配下の者達には戦神の如くに映っているはずだ。
これでも一応、北の最終兵器と呼ばれた父イゴールの薫陶を受けている。兵法はイワン兄さんの横で覚えた。
フスが砦に到達。
自軍を鶴翼に展開。
さぁ来い、フスの戦士達。僕には幸運のお守りと、それをくれた太陽があるからね。
僕は細剣を握りしめた。
戦争の始まりだ。