3、カボチャパンツ
ニコラ母(推定)の問いに固まっていると、ニコラが俺の手を取り言った。
「母様、こちらが僕の婚約者、ユーリィです。あちらの彼女はユーリィのお姉さんでオルガさん。」
やっぱりニコラの母親か。
俺達が呆けていると、ニコラ母(確定)は、
「まぁ!なんて可愛らしいのかしら。さぁさぁ上がって頂戴。」
とぐいぐいと俺の手を引っ張って、屋敷の中へ連れ込んだ。
……可愛らしいって、俺の事じゃないよな?
屋敷に入ると、息つく暇もなく風呂に連行される。
風呂なんて金持ちの家にしか無いぞ。生まれてこの方入ったことが無い。いつも冷水で体を拭くだけだ。
去っていく下働きらしい年配女性にどうしたらいいのか尋ねると、懇切丁寧に説明してくれた。
服を脱いで、恐る恐るお湯に体をしずめる。
はぁ~。
あまりの気持ち良さに、思わず溜め息が漏れた。
さっぱりして風呂から上がったところで問題発生。
俺の着ていた服がない!
代わりに置いてあるのは、女物のドレス。下着もカボチャパンツ。『責任持って用意する』ってまさか……
「君の服は洗濯中だよ。」
「ギャー!入ってくるなー!」
いきなり登場したのは、俺の暫定婚約者、ニコラだった。慌てて布で体を隠す。
「君は、振舞いも乙女のようだね。」
お前はもっとデリカシーを持て。行動が母親にそっくりだな。
「そのドレス、後ろボタンだから一人で着れないだろ。パンツ履くまで反対向いてるから呼んで。」
女装は今更だ。我慢もしよう。だが下着まで女物ってのは、物凄く屈辱だ。
「もういいかい?」
「わーっ!まだだまだだまだだ。」
仕方がないので思い切ってカボチャパンツを履く。ぐいっとヘソまで引き上げた直後に、ニコラが振り返った。
「あーあ、そんなに真っ赤な顔して涙目で震えて。これじゃあ僕が、幼女に襲いかかる変態野郎みたいじゃないか。」
とか言いながらジロジロ見るな。思わずドレスを抱えて体を隠す。
「益々そんな気がしてきた。あ、公平を期すために僕も脱ごうか?」
ニコラはニヤニヤしながら自分のシャツのボタンを外し始めた。
「いいからさっさと支度をさせろ!」
思わず怒鳴ってしまった俺は悪くないと思う。
ひらひらしたドレスを着て俺謹製のカツラを被れば、可憐なご令嬢が一丁上がりだ。自分で言うのもなんだが、ニコラと並ぶと美男美女である。これで性別が逆なら、誰もが羨むカップルだろう。
俺のなけなしのプライドはズタズタである。そもそもなんでこいつこんなに背が高いんだ?
「背?まぁ女性にしては高いかもしれないね。外では上げ底靴を履いてるし。
ユーリィも、これから栄養を沢山摂れば、ぐんぐん大きくなるよ。ただそうなると、女装してもらうのは無理があるかなぁ。」
成る程、俺の身長は栄養不足に起因していたのか。まだ14歳だし、将来に期待だな。
「納得した?じゃあ両親に挨拶に行こうか。」
「まぁまぁまぁ、なんてお似合いの二人なんでしょう。」
ニコラに連れてこられた俺を見た途端、ニコラの母親が言った。この人自分の産んだ子供が女だって分かって言ってんだよな?
今度は俺もきちんと挨拶する。
「ユーリィといいます。姓は有りません。この度は、俺達姉弟を助けて下さってありがとうございます。」
「娘の奥さんですもの、当然よ。私、可愛い娘が本当に、本当に欲しかったの。この子はこんなでしょう?私の事は、本当の母親だと思ってね。」
美熟女が嬉しそうに言う。
隣のヒゲ親父がゆったりと口を開いた。
「ようこそ、ユーリィ君。娘にようやく好い人ができたと知って儂も嬉しいよ。儂はキヤ辺境伯イゴール=グリンカ。こちらは妻のタチアナだ。」
白銀の髪と髭、涼しげな目元。どうやらニコラは父親似のようだ。
俺は姓も無い庶民だと明かした。貴族が庶民と婚約するなど有り得ない。なのに何故彼らは俺を、娘の婚約者として受け入れるんだろうか。